(第三者視点)
クーストスの街の近郊、レンオアム大森林の南端に位置する外周付近。鎧をまとった騎士達と巫女たちが陣を張るその場所に、突然4人の姿が出現した。といっても周囲の者達に驚きの色はない。彼らがやってくる事はすでに連絡がされていたので。
「お待ちしていました」
「案内を」
出現を待っていたであろう集団の中で先頭にたっていた男が駆けた声に、銀色の髪に菫色の瞳をした女性──アキラがそう返す。
「──我々が先導します。こちらです」
男は一度頷いてからそう返すと、森の方へと駆けだす。ついで男と一緒に立っていた騎士2人と巫女も続いた。そしてその彼らに続けてアキラとグウェン、二人と一緒にやってきたとてつもなく豊かな胸を持つ黒髪の女性も森へと飛び込んだ。最後に彼らをここまで連れてきた魔術士の男性も追随する。総勢8人が森の中へ飛び込んだ。
森の中とはいえ、この辺りはまだそれほど森の密度も濃くないし、足場も平坦だ。なのでさほど苦労することなく樹々の間を走り抜けていく。
時間がないことは案内役の彼らにも伝わっている。そして通信で事前に情報の連携は受けていた。だから全員が余計な会話をせず、ただ落伍者が出ないように合わせた上での全力で道を急ぐ。
その集団の真ん中付近、守られるようなポジションでトウドウ サエ……元居た世界の文字で記せば藤堂 冴と記す名を持つ女は、全力で走りつつも今の自身の姿に違和感を感じていた。
──彼女は日本からこの世界にやってきて、恐らくは自身がこちらの世界へやってきただろう役目を果たしたその後も、結局元の世界に戻る事はなかった。
それは戻る方法がないというのも当然の如くあったが、そもそもこちらの世界にあまりに心霊に対する技術が存在しなかった事から自分はこの世界にこそ必要だと考えたから、ろくに帰る手段も探さずに早々にこの世界に骨を埋める覚悟を決めたのである。向こうの世界は冴と同格とはいわないまでも後に続くような術士は何人もいたから、自身の存在は必須なわけではなかった。だが、こちらの世界には必須だった。ただそれだけの話である。友人や親族に会えなくなることは寂しくはあったが、自身の力を活かせるのがどちらかと考えた時、決断に躊躇う事はしなかった。
そうして30年程この世界で過ごして病で命を落としたはずだった。だけど今自分はここにいる。しかも体は亡くなる前の年老い病で衰弱したものではなく、20代半ばの力の強さとしては全盛期、ゼノギアと丁度戦った頃のものだった。意識と体のアンバランスを感じるが、思うようには動く。
体は何らかの力で再構築され、そこに冴の魂がねじ込まれた形だろうか。
冴が元居た世界では、冴のように生前の意識を保ったままの存在が産まれるケースはいくつかある。一つは死の間際に強い残念を残していた場合。生前強い霊力を持っているほど可能性は高くなるから冴であれば充分ありうるが、冴は死の間際に大きな残念を抱えていた記憶はないのでこれはないと考える。そもそもこちらのケースの場合は残念の理由であった事柄に囚われた思考にしかならず、今のように何かを分析するような思考をすることはない。
もう一つは儀式等によって魂の固定が行われているケース。通常はこういった場合固定の為の物品があるものだが、少なくとも今冴が感じる限りそういったものの存在はない。だがこちらだろう、とは思う。
生前そういった儀式を行った記憶はないため、他の誰かが行ったのだろう……当時、そういった儀式を行えるような人材に心当たりはなかったが……そして恐らく自分の魂はその儀式を受け入れたのだ。
残念を得ていなかった自身が何故受け入れたかは明確にはわからないが……今の状況の予見でも聞いたのかもしれない。
そしてもう一つの違和感は今冴が持つ知識だ。冴の意識はほんの数分前、自身と同じ姿の女の前で突如覚醒した。それは間違いないにも関わらず、今この場で起こっている状況、サエをここに案内してきたアキラとグウェンの事、そして冴を呼び出したカズサという少女の知識はある。
まぁ、こちらに関しては冴にはなんとなく予測がついていた。
恐らく、あの女性が呼び出した時に冴に対して伝えたかった情報がそのままこちらに受け渡されているのだと思う。きっと今の冴とあの女性はなんらかの魂のつながりがある。その繋がりを通じて知識が分け与えたのだろう。
「──止まってください」
そんな感じで冴が丁度今の状況の自己分析を終えたあたりで前方に強い力を感じ、冴はそう周囲を走る面々にをかけつつ自身の足を止めた。
古い記憶にあるものとは少々違いはあるものの、覚えのある感覚だった。彼女の感覚でいえば数十年ぶり、実際には500年以上ぶりに感じるその感覚は、間違いなくゼノギアであった。
冴は現在自身の力を大部分に隠蔽しているため、ゼノギアは冴の存在には気づかずにこちらの方にまっすぐ向かっている。放っておいてもあと少しすれば接敵する。
で、あれば今のうちにやっておくべきことがある。
まず最初に、同行者達に触れ力を付与していく。"雪椿"を使えばまとめて付与できるがそれほどの人数でもないし、直接触れて付与した方がより強力な力を付与できる。更にアキラを除いた面子に対しては武器にも力を通して置く。
「撃ち漏らしがあれば、よろしくお願いします」
感じる限り、ゼノギアが率いている部隊は数十はいるだろう。一応別の対策も入れるが、背後には人が多く住む町がある、念には念を入れた方がいいだろう。叩くのはゼノギアが優先で、場合によっては他の雑兵は無視する必要があるかもしれない。同行者達にそう伝えてから、更に別の対策を実施する。
両手を左右に広げ、その先から糸を伸ばすように広げていく。一気にやることもできるが、それだと感づかれるからまだ少し早い。近づいてくる力を感じつつも、大きな円を描くように森の中に力を広げてゆく。
そうして、ついに力の主達が視界の中に姿を現した。
先程の戦場にいたような大型のアンデッドは存在しない。狼や犬のようなものとトカゲのようなものが大多数で、人型はその群れの中央にいる黄色いボロボロのローブを纏った一体だけだ。
「ここまでくれば充分でしょう。──"山査子"」
ひっそりと力を通していたラインを通じて、術式を発動する。"山査子"はいわば周囲に結界を張る術だ。本来は心霊の標的となっている人物等を護るためのものだが、今回は彼らを閉じ込める檻として発動した。絶対的に封鎖できるようなものではないが、ゼノギア以外ならそう簡単に突破できるようなものではない。
「──久しぶりですね、ゼノギア」
そう、言葉を告げる。力に乗せて。隠していた力をさらけ出すのと同時に。
それに対する反応は劇的だった。群れて進んでいたアンデット達は動きを止め、その中心にいる黄色のローブは勢いよく視線を冴の方に向ける。
「馬鹿な、何故貴様がここにいる!? 貴様は西側の街にいたハズだ!」
そもそも西で戦っていたのは冴と別人なのだが、それをわざわざ説明する必要はないだろう。今この発言で重要なのはゼノギアはあの西側の街に冴が存在すると認識し(カズサが"能力の召喚"のテストを行ったのを何らかの方法で見ていたのだろう)、わざわざ主力をそちら側で陽動として使ってまで冴との衝突を避けたということだ。
その理由は、冴にとっては一目瞭然だった。だから彼女はゼノギアの問いには答えず、別の事を口にする。
「ゼノギア。貴方随分力を落としましたね?」