(第三者視点)
「ぐっ……」
冴の掛けた声に言葉を詰まらせた辺り、ゼノギアも自覚しているのだろう。
彼女が以前戦ったゼノギアは、傲慢なまでに自身の塊だったというのに見る影もない。
(これなら、私ではなくあの子でも充分だったわね)
あの子、カズサの行使できる能力は当時の冴の5~7割程度ではないかと思う。それに対しゼノギアは全盛期の半分も力を取り戻していないだろう。全盛期の冴なら問題なく処理できるレベルで、カズサであっても問題はなさそうだ。
尤も、ゼノギアが全盛期の力を取り戻していたとしても今の冴なら何の問題もなかったろうが。
今の冴の力自体はゼノギアの全盛期のもの。あの当時冴とゼノギアの力は拮抗しており、勝利も紙一重のものではあった。──その結果が、ゼノギアを完全に滅ぼしていないという失態に繋がっていたのだろう。そう気づいたのはつい先ほどではあるが。
そう、力だけなら全盛期のゼノギアと同等。だが今その体に宿っている意識はそれから数十年の経験を積んだものだ。歳を経る毎に冴の霊力は弱くなってはいたが、その分経験を積む事によりその技術は研ぎ澄まされて行った。そしてその技術は今この体に引き継がれている。若い肉体に宿る力と、時を経て研ぎ澄まされた技術。その二つが合わさった今の状態は間違いなく過去最高だった。
(確か、私が存在するには彼女の力を消費しているのでしたね。だったらなるべく早く片付けましょう)
今ゼノギアが存在するのは過去の自分の失態。そして今回、力の差に油断して取りこぼすなどという失態を更に重ねる事は許されない。せっかく過去の失態を拭う為の機会が与えられたのだから、ここは確実に役目を遂行する。
先程展開した"山査子"に、いくつかの霊体が引っかかっている感覚がある。やはりこちらに来ているアンデッドに"山査子"を突破する力はない。まぁ突破されたところで、こちらにもいくらか対霊術を使える人間はいるのだから問題はないだろう。
(私はとにかくゼノギアを滅ぼせばいい)
必要な事は、過去の自分の後始末をすることだ。
「ふんっ!」
ふと、ゼノギアの力が強くなった。同時、ゴーストと狼のようなアンデッドが宙と地からこちらへと襲い掛かっている。冴は"山査子"による結界の内側にいるから、彼女を護る壁はない。だが、
「"鳳仙花"」
冴が小さく手を振り、力を放つ──それだけで、放たれ、弾けた力がそれらのアンデッドを貫き、ゴーストは消失し、地を走る獣は勢いよく地面につんのめって動かなくなる。
その姿を一瞥しゼノギアに視線を戻した冴は、すぐに違和感を感じる。
ゼノギアの存在感が薄くなっている……いや、
(抜け殻)
力の一部を切り離し、自身の形を残しただけの偽物。
力を落としたとはいえさすがに死霊の王だ。力の差を感じ取り即座に撤退の判断をしたらしい。それは時間制限がある今の冴を相手にするなら最善の判断だ。ゼノギアなら山査子も突破できるだろう。
勿論冴に逃がす気など毛頭ない。すぐにゼノギアの本体を捕捉しなおして術を行使しなおす。
「"鉄線"」
「くっ!?」
地面から伸びる不可視のツルが、ゼノギアの本体を捉える。霊力で組み上げられた束縛は、霊体のゼノギアを拘束して逃がさない。
「さようなら、ゼノギア。……今度はその魂の欠片も残さずこの世界から消し去ってあげる」
"竜舌蘭"のような術では、力の破片が周囲に散り、奴がまた残る可能性がある。だったら、多少時間がかかっても完全に全てを消し去る方法をとる。冴があのカズサという少女から引き継いだ記憶にある限り、まだ時間的な余裕はある。
冴は自身の体の中で霊力を練り上げる。その力は冴がこちらの世界に来てから生み出した、彼女の中でも最高峰の術。この体の歳では使えていなかった術だが、記憶に、或いは染みついた技術がは寸分たがわず力を緻密に組みあげてゆく。
「"百合花"」
そして、冴はその組み上げた力を解き放った。
「……なんだこれは!?」
それによって生み出された光景に、ゼノギアは困惑の声を上げる。
通常、普通の対霊術は単純な力の行使だ。何かを模した姿をさせることは無駄に術の難易度を上げるだけで術の効果には何の意味もないので。だが、今ゼノギアの、冴の目の前に広がるのは単純な力の流れではなかった。
それは冴の霊力によって生み出された百合の花。それらが数多と立ち並び、その場を百合の花畑と変えてゆく。
いくつもの歳を重ねて、その技術を研ぎ澄まさせることによって作り出した"遊び"。
だけど、その"遊び"は術の質を賭さない。過去の偉大な先人達が扱う奥義と呼べる術はなんらかの光景を模したものが多く若い頃の冴は何故そのような無駄な事をするのかと思ったのだが……同じ場所に辿り着いた今の冴ならその理由もわかる。
術としての効果を、これ以上ないまで極め切ったからこその"遊び"なのだ。そう、これは冴が生み出した最高峰の術式。
この百合は最早遠い昔に見た元の世界で見た景色。断ち切ったハズの過去の世界の光景を再現したのは、戻らない決断をした後でも心の奥底に残っていた望郷の思いだったのか……もうよく覚えていない。
百合の花園から、白い粒子が吹き上がる。その密度は非常に濃く、下から上に吹き上がるという違いはあるものの、見た目は"雪椿"によく似ているが、その効果は正反対に違う。
「溶ける……やめろぉ!」
自身の体に何が起きているのか察したゼノギアが甲高い悲鳴を上げる。
大抵の対霊術式は、強い力で相手を消し飛ばしたり、包み込んで押しつぶしたりする術だ。普通はそれで問題ない。だがゼノギアのような非常に強い霊体の場合はわずかな欠片からでも復活してしまうかもしれない。というかその実例がゼノギアだろう。恐ろしく時間がかかっているし、更にいまだ全盛期まで戻せていないが。
だがこの"百合花"は相手の霊体を分解する術式だ。緻密に組み上げられた霊力が力の結合を解き消失させる。さらにこの霧のように濃い粒子は、結界の効果を併せ持つ。"鉄線"に縛られ、"百合花"に囲まれたゼノギアに抜け出すすべがなかった。
500年前に数多の人々を恐怖させ、現代によみがえった不死の王は怯え喚き、命乞いをし、最後には言葉にならない奇声を上げて──この世界から完全に消滅した。500年前とは違う、実にあっさりとした無様な最後だった。
「……ふう」
ゼノギアの気配が完全に消滅したのを確認し、冴は小さくため息を吐く。因縁の相手との決着は実にあっさりとしたものだったけれど、感傷に浸っている暇もない。今冴がここに存在している力はカズサという少女が苦労して(引き継いだ記憶からでは具体的な内容はわからなかったが、恥ずかしさに似た感情はあった)集めた力だ。無駄に浪費するわけにはいかない。カズサという少女ともう少し話あったり、この世界をもっと見てみたい気持ちはあるが、500年前の残滓でしかない自分には過ぎたる願いだろう。過去の自身の失策を片付けた、それだけで十分だ。
「あら、でも……どうやったら消えれるのかしら?」
よく考えたら消える方法がわからない。あの呼び出し主も認識していなかったということだろう。時間が経過して冴を呼び出している力が亡くなれば自動的に消えるようだけど……無駄遣いはよろしくない。
「彼女達に聴けばなんとかなるかしらね」
冴は振り返ると、アキラとグウェンの方へ向けて歩き始めた。