身に迫る危機に、俺が取った……いや、とってしまった行動は、目を瞑るという動きだった。
ありえなさすぎる行動。だけど体が勝手に反応してしまった。顔に何かが迫ってきたときに、反射的にとってしまうような行動。
いくら強い力を手に入れたといっても、俺にはあまりにも経験が足りない。命の危機という経験が。当たり前だ、元々俺は平和な日本で平和に暮らしていたのだから。喧嘩だって殆どしたことがない。
その結果、体が最悪の選択肢を取ってしまった。
目を瞑ったって、襲い来る危機が消えるわけではない。次の瞬間にはとがった骨の先端が俺の体に──刺さる事はなかった。
顔のすぐ側で、甲高い音が響く。
その音に再び反射的な反応で目を見開けば、そこには後ろ回し蹴りで俺の正面に立っていたスケルトンを蹴り"砕いて"いるテイルさんの姿が目の前にあった。
胸部の骨を砕かれたスケルトンはそのまま崩れ落ちたが、残っている腕──片腕、恐らく片方はテイルさんが砕いたんだろう──を動かしてなんとかこちらを攻撃しようとしている。が、テイルさんは俺の体を軸にして大きく体を動かすと今度は俺の足を掴んでいる猿ゾンビの手首に思いっきり足を叩きつける。
勢いよく(恐らくは<<レッグハンマー>>当たりの術を付与された)一撃を叩き込まれたゾンビ猿の腕は無残に潰れ、俺の足を掴む手から力が抜ける。
その瞬間テイルさんは俺の背中と尻に手を回して抱き寄せると、大きく後方へと飛び退った。
「大丈夫? カズサちゃん」
「大丈夫」
跳び退った先で俺を降ろしてくれたテイルさんの問いに、俺は頷く。受けた傷は猿に掴まれた腕だけだ。痛い事は痛いけど、この程度の傷ならばこの世界では簡単に直せる。
「<<ヒール>>」
これで充分だ。流れ出した血は足元を汚しているけど、大した出血量じゃない。
「ありがと、テイルさん。助かった」
テイルさんが助けてくれなかったら下手すれば死んでいた可能性もあると考えるとぞっとする。
『テイルちゃんすげぇ!』
『マジカズサちゃん助けてくれてありがとう』
『かっこよ』
コメント欄も、今のテイルさんの果たした仕事に湧き上がっている。
だが今はその事に反応している場合ではない。
先程砕いたスケルトンや元々下半身を失っている猿ゾンビはにじり寄ろうとしてきているが、テイルさんは大きくジャンプしてその場から離れたから問題ない。だけど、先ほど体を起こしたアンデッドはそいつらだけじゃない。大型アンデッドや他にも立ち上がった動物型のゾンビ達がこちらへと向かってくる。
「"鳳仙花"」
もう一度術を放ってみたが、やはり効いている気配はない。というか奴等の中に霊体を感じないからやはりこいつらはアンデッドではない。だとしたら考えられるのはただ一つ。
「こいつらも全員アンノウンなのか……?」
どう考えても生きてはいない死体を動かしているとしたら、俺が知る限りはそれしかない。最初からアンノウンが憑依していた……? いや、だったらここまで大人しくしていた理由がない、この辺りに全く近づかなかったわけではないのだ。
そう考えた時、先ほどの光景を思い出す。奴は先ほどアンデッドを自らの足で押しのけていた。その時に他のアンデッドに移動した? 元々ドラゴンゾンビに複数体憑依していたのか分裂でもしたのかはわからないが……身を起こしたアンデッドは大型や先ほどの二体を含めれば二桁に届く。……こいつらが全員アンノウンだとしたら、その数だけ<<ディスインテグレイト>>をぶち込まないといけないのか? ドラゴンゾンビもまだ健在なのに? ……いや、そんな事を考えている場合ではない、不味い、囲まれている!
テレポートで回避をしたいが、まだ使えない。それにドラゴンゾンビがこちらにゆっくりと向かって来ている。速度を上げていないのは俺が<<テレポート>>で再度移動した後を狙うつもりか? <<ディスインテグレイト>>の丁度いい的にはなりそうだけど、まだ使えない。それに……その余裕がない!
「この、<<フリージングバレット>>!」
<<ディスインテグレイト>>も<<テレポート>>もまだ使えない状態で足を止めようと氷の弾丸を放つが、それは地面を凍らせただけだった。駄目だ、動きが早くてあたらない! ゾンビが動物型なのが厄介だった、ゾンビならもっとノロノロ動けよ!
「っ!」
狼に似たアンデッドがこちらに飛び掛かって来たが、俺の前に飛び出したテイルさんが渾身のストレートで殴り飛ばした。更に追加で側面から襲い掛かって来た奴も体を翻した蹴りの一撃で吹っ飛ばす。が、その様子を見たアンデッド達……いや、推定アンノウン達はこちらの周囲を囲う用に回り込み始めた。……駄目だ、テイルさんだけじゃ防ぎきれない。自分でもなんとかしないと…・・・とはいえ<<チェインバインド>>は<<フリージングバレット>>と一緒で当たる気がしない。いや、こっちに飛び掛かってくる瞬間を狙えばいけるかもしれないが、それで対処できるのは一体だけだ、同時に複数掛かってこられたらどうしようもない。
後もうちょっとで<<テレポート>>が使用可能になる。ドラゴンゾンビは速度を上げていないからこれまで程時間は稼げないが、奴の後方に転移すれば目の前のアンデッドからも距離を取れる。そこで対処法を考えて──
「カズサちゃん!」
テイルさんの声が掛かる。理由はわかる、大型アンデッドがこちらへ向かって突っ込んできている。左右には獣型のアンデッドが展開し、後方にはドラゴンゾンビ。……大型が突っ込んでくるためか、他のアンデッドは今すぐこちらに向かってくる様子はない……回避したところを狙うつもりだろう。だったら、テイルさんに抱えて一度後方へ飛んで貰えば、<<テレポート>>が間に合う!
「テイルさ……!」
そう思って、彼女の名前を呼ぼうとした時だった。爆音が響いた。
離れた戦場の音ではなく、すぐ側の正面から。爆発が起こったのは、大型アンデッドの顔面部分だった。
アンデッドにしろアンノウンにしろまともな生物として死体を操っているわけではないから、顔への攻撃は特に意味はない。だが側面から入ったのだろう、勢いがついていた巨大アンデッドはその運動エネルギーの方向を変えられ、大きく転倒した。
一体何事だと周囲を見回そうとして、
「カズサちゃん!」
再びテイルさんの声で動きを止める。そうだ、側面にいたアンデッドは……こっちに向かって来ている。こっちが目を逸らしたのを見てチャンスと思ったのだろう。真っすぐに突っ込んできていた……けど真っすぐなら!
「<<チェインバインド>>ぉ!」
咄嗟に腕を突き出し、魔術を発動する。フェイントされていたらヤバかったが……正面からの突撃をしてきた獣ゾンビはその動きを止めれず、魔術の鎖に捕らわれた。
「っぶねぇ!」
「ナイスだよカズサちゃん!」
振りむけば、テイルさんがこちらを向いていた。その向こう側には前足を失ったゾンビがもがいている。自分側のゾンビを処理した後にこちら側のフォローをしようと考えてくれたのだろう。マジで頼もしい。
まだゾンビ達は残っているが、ひとまずこちらをすぐ狙える位置にいた二体はこれで処理した。後方のドラゴンゾンビはまだ距離がある。わずかに出来たこの余裕の間に<<テレポート>>先を探そうと周囲を見回そうとして、見知った人影が目に入った。
「カズサさん! 遅れてすまん、加勢しに来たぞ!」