その腕が、黒い穴の淵に手をつく。そうして這い上がるようにして、少しずつその姿を現していく。
絵面が完全にホラーなんですけど! さすがに悲鳴は上げなかったけど思わず一歩後ろに下がってしまう。逆にグウェンさんやアキラさんは一歩前に出た。いや、大丈夫です。思わず反応してしまったけど、現れたそれは別にゾンビとかそういったものの姿をしてないし。
現れたのは影のような人型の存在。その姿は俺達にとって見覚えのあるものだった。
「アンノウン……」
そう、アンノウンだ。先の戦いでは憑依したまま倒したからその姿自体はみていないが、俺達はパストラや遺跡で憑依していない姿も確認している。それと全く同じ姿だった。
アンノウンは淵に腕をついたまま、沈み込んだ泥沼から抜け出すかのようにゆっくりと姿を現してゆき──
「<<チェインバインド>>」
全体の三分の二程度が姿を現したところで、アキラさんが術を行使してあっさりとアンノウンを拘束する。そしてそのままアイリーン様の方へ視線を向ける。
「誰か、引き上げられる?」
「……リカード」
「はっ!」
アキラサンの言葉を受けたアイリーン様が、後方の騎士に指示を出す。アンノウンの群れと戦っている時に駆けつけてくれた騎士の一人でもある彼は前に出ると、あの時と同じ術を行使する。
「<<アトラクション>>」
彼の放った術により、拘束されたアンノウンは黒い穴の中引き上げられ、その全身を現した。もっとも完璧に拘束されているのでもぞもぞしている程度しか動くことはできないのだが。
「カズサちゃん、お願いできるかしら?」
「あ、うん」
そうだね、調べるにしてもコイツは邪魔だ。処理してしまおう。
「<<ディスインテグレイト>>」
先の戦いで何度も連発した術を行使する。こないだとは違って相手は完全に拘束されて動かないし一体だけなので楽勝である。術を放った後にはまるで元から何も存在していなかったかのように、アンノウンのその姿は完全に消滅した。
「ふう」
「ありがと、カズサちゃん」
声をかけてくるアキラさんに笑顔で頷きつつ、視線を黒い穴の元に戻す。……とりあえず次の奴が出てくるってことはなさそう。まぁそんな立て続けに出てくるようだったらそこら中アンノウンだらけになってるか。
「……穴の向こうはどうなってるんだろうな。何か投げ込んでみるか?」
「枝とか突っ込んでみる?」
さすがに得体のしれない穴に近づく気もないらしいテイルさんとグウェンさんは少し距離を置いたうえでそう話し合っている。
「んー……あの穴からマナが全く感じられないし、まともなものではないのは確定なのよね。それと、先ほど放った<<チェインバインド>>、あの穴の中にまでは効果を発揮できなかったから多分こっちから干渉できないんじゃいかしら」
「……木の実を投げてみるぞ」
「いいんじゃないかしら?」
何かが落ちることで何か起きるくらいだったら、ここは森の中だ。葉っぱとかが落ちる事もあるだろうし問題ないだろう。皆そう思っているようで声を返したアキラさん以外も特に止める動きをしなかったので、グウェンさんがそこらへんの樹から採ったらしい木の実を放った。
緩やかな放物線を描いて穴に落下した木の実は──そのまま穴に沈み込むこともなく、まるで蓋でもあるかのように穴の上に転がった。
「一方通行か」
「或いは通過するのに特殊な条件があるかですかね」
アイリーン様と術士の一人がそう口にする。
「どこに繋がっているかもわかりませんが……出現するのがこれまでこちらの世界で存在していないもの、そしてカズサ殿の能力から考えて異世界に繋がっている……というのが妥当でしょうね」
ここにいる面子には俺は素性は明かしている。過去の俺と同種の異世界人の出現タイミングも考えれば、その答えに繋がるのは妥当だろう。異世界への穴かー……そんなものを生で見ることになるとは。いや異世界への穴どころかそもそも異世界にいるんだけどさ。
「……とにかく塞ぐの試してみますね」
「ああ、お願いする」
事前に決まっていた話ではあるが一応アイリーン様に確認すれば、彼女は即頷いた。
いろいろ調査をしたい所もあるが、ここはレンオアム大森林の奥深くであまりにも場所が悪い。そして放置すればアンノウンが増加し、こないだのような戦いが起こる可能性も発生する。なのでカシュナート様も含めた話し合いで、実際その穴が存在していた場合は封鎖してしまう事を決定した。
「問題はMPが足りるかってところだけど……」
先の戦いで大幅に消費したMPはリスナーのここ数日の間に多少は回復した者の、なんとか6桁台を回復した程度だ。……これ、100万とか掛かるってなると、今回消すのは多分無理だよなぁ……前回の戦い迄でリスナーの皆も滅茶苦茶頑張ってくれたので。
明確に足りなそうであれば無駄遣いになりそうだから一時中断も視野に入れるとして、とにかくどれくらい必要なのかわからないとという所もあるのでまずはやってみないとな。メニューを操作して、門の封印を起動する。
「あ、小さくなってきたね」
俺の横に並んで穴の方を覗き込んでいるテイルさんの言う通り、割と目に見えてわかる速度で地面に空いた黒い穴が縮小していく。同時にMPの数字もガンガン減少して言っていた。ええっと……うわぁ、あまりにも微妙過ぎるライン! でもギリギリ届きそうでもあるかな、と判断して能力の使用を継続する。
5万、4万、3万と減っていくMPと縮小していく穴。5桁のラインを切った辺りで、穴の大きさはこぶし大くらいになった。いけるか……?
そのまま能力を継続。残MPは5000を切り、1000を切り……そして0になった。MP完全に0とかこの世界に来た直後以来だぞ。
そして地面の穴は……指一本くらいの大きさになったものの、まだ残っていた。
「うええ、微妙にたりねー!」
何このスッキリしない残り方! このサイズならアンノウンがくぐる事はできなそうだけど……これ放置したらまた広がったりするのか? めんどくさすぎるんだが!
『これだけあれば足りるかな?[3000円]』
『もう一回ここまで来るの怠いし、片付けておこうぜ[2000円]』
『ちょっとだけ支援[15000円]』
「……っ、マジありがとっ!」
穴と残りMPを交互に見つめグギギとしていたら、リスナーの中の数名が気を利かせてスパチャを投げてくれていた。皆これまでいっぱい使ってくれているのにマジ有難い。その感謝の気持ちが溢れていた結果、俺は思わずカメラに向かって投げキッスをしていた。無意識で。
──それに気づいた瞬間、頬に熱が昇ってくる。
いや、投げキッスくらい別に構わないんだよ? これまでもRPの時とか、意識してした事は何度やってるし。だけどそれが無意識にでちゃうのは良くないって! 今は美少女だからいいけど、元の俺は平凡な一般男性だよ? そんな奴が感謝で反射的に投げキッスなんかしたら、キモイか勘違いやろうと思われるだけだって!
『アッ』
『これはリスナーを手玉に取るやり手の小悪魔ですわ』
『した後に気付いて恥ずかしくなってる反応まで含めて素晴らしい流れ』
「うるしゃい!」
『嚙んでて可愛い』
『もう自然とそういうことできちゃうあたり、俺らの教育は間違ってなかった』
何の教育だよ……いや、RPやらなにやらで配信に関してはリスナーの皆に教育されていたのは間違いじゃないのか……ぐぬぬ。
ちなみに能力は入れっぱなしになっていたので、気が付けば穴は完全に消失しレーダーからの反応も消えてました。
前回残MP:43630
今回増減:
門の封印による消費 106440
スパチャ +65200(前回からの増減分含む)
残MP:2390