MPは大分たまってきたが、それを消費して能力を取得するのになかなか踏ん切りがつかずいまだに覚えている術は<<ウォータクリエイト>>と<<ライト>>だけだ。俺、ゲームとかでもステ振りとか能力取得に悩んでなかなか取得しないタイプだからなー。
なので、魔物相手に役に立つ術は当然何一つもっていないわけで。
配信の"取れ高”を考えれば、この世界で初めて見る魔物の姿を見に野次馬しに行った方がいい気もするが……それで命の危険にあってしまったら本末転倒だ。ここは宿に引きこもる……どーせ今から行っても野次馬多くて、今の俺の小柄な少女の体じゃろくに見えないだろうし!
「……んじゃ雑談に戻ろうか」
『え!? この状況スルー!?』
『見に行かないの?』
「皆今のこの姿の俺と会話するより、よくわかんないトラブルの野次馬に行く方がいいんだ?」
『あっ、お話がいいです』
ちょろい。ノリがいいだけかもしれないが。
窓から体を離し、ベッドの横に戻る。喧騒はおさまる気配がないがスルーで……もしかしたら入口に近いこの場所から離れてどこかに避難するべきなのかもしれないが、どこに逃げればいいかもわかんないしなぁ。一応ここ二階だし、バカでかい怪物でも現れたのでもなければ下手に外に出てあてもなく逃げ回るより、ここにいる方が安全だろう。
そう思ってベッドに腰を降ろしたんだが──結局俺はすぐに立ち上がって再び窓に駆け寄る事になった。
外から響く喧騒がだんだん近寄ってきて、そして意味ある言葉が俺の耳に届いたのだ。
「逃げろ!」と。
宿の前を喧騒と悲鳴が流れていく。
窓から覗き込めば、門の方から次々と人が慌てた様子で街の中心部の方へと走ってゆく。その顔に浮かぶのは混乱と恐怖だった。
「おい、トマス、どうしたんだ!?」
食堂の方から飛び出してきた客が、駆けて来た町人の中から顔見知りだろう、一人の男を捕まえて問いかける。その問いにトマスと呼ばれた男は、ひどく焦った様子で叫んだ。
「レイスだっ! お前も早く逃げろっ!」
それだけ言うと、トマスは掴まれた腕を振り払い駆けてゆく。それと同時、下の食堂が一気に騒がしくなった。怒声も響いている。
『カズサちゃん、カズサちゃんも逃げた方がよくないかな!』
『なんかヤバそうだよ!』
「あっ、うん」
レイスって、確か幽霊だよな。アンデッド系のモンスターか? 皆が逃げていくという事はレベルの高いモンスターなんだろうか。幽霊だと、部屋の中こもってても安全とはいえないよな……
ゾワゾワっとしたものを感じつつ、俺は窓を閉じる。
具体的な状況はまだよくわかっていないが、周囲の動きを見ている限りは逃げなくちゃいけない状況なのは確かなんだろう。
幸いな事に、自分の荷物は背負い袋にすべてまとめてある。問題は走りづらい格好をしてしまっている事だが、着替えているより早く逃げた方がいいよな、うん。迫っているのがどこまでの危険かはわからないしどれだけ余裕があるのかわからないけど……今の恰好は捲れることを考えれば走りづらいが、そこを諦めれば逆に走りやすい。さっきは見られる事に恥ずかしさを感じたが、羞恥心より命である。最悪配信に映らなければいい。
閉じた窓から離れ、ベッド横の背負い袋を手に取る。
丁度それと同時に、扉がどんどんと叩かれた。突然の音に一瞬思わず体がビクッとしてしまうが、次に聞こえた声で安堵する。
「カズサちゃん、起きてるか!?」
声は、数日前から同じ宿に泊まっている男の物だった。気さくな男で、食堂で何度か会話も交わしている。
俺は背負い袋をひとまず肩にかけ、扉の閂を外す。そうして扉を開くと、茶色の短髪の壮年の男が立っていた。
その男は、俺の姿を見て安堵のため息を吐く。
「良かった、起きてたか」
「何が起こってるんですか? ロバーツさん」
多分外の状況を見て、俺に危険を伝えてきにくれたのだろう。なので俺はそう問いかける。逃げなきゃいけないという事はわかるが、出来れば詳しい状況が知りたい。
長身の彼を見上げてそう聞くと、彼は一瞬顔をしかめながらも(恐らく早く逃げたいのだろう、それなのにわざわざ俺を起こしに来たので彼は善人だと思う)答えてくれた。
「レイスが出現したんだ」
「レイスって……?」
「知らないのか? 人に憑依する怪物だよ……そのレイスに憑依された人間が、街を襲撃してきている」
「警備隊はまだ動いてないんですか?」
グリッドは辺境とはいえそこそこの規模の街だ、ちゃんと街の警備隊もいる。多少の怪物なら問題なく撃退出来るハズ。
だが、ロバーツさんは首を振った。
「レイスは駄目だ。レイスに殺された人間は新たにレイスになる。レイスに憑かれた人間を倒せばレイスに取り憑かれる。レイスを倒すには浄化系統の術を使える術士がいるが、辺境のこの街にそんなレア術士がいる可能性は低い。だから逃げるしかねぇんだ」
なんだそれ……チートもいい所の性能じゃねぇか……