『お願い?』
「そそ。実はどうしても取りたい能力があるんで、まずそれを優先的に取らせて欲しいんだ」
能力の獲得方針に関しては、基本的にある程度自分の考えで選んだ上でみんなに選択をしてもらうつもりでいる。一から選んでもらうと絶対に決まらないと思うから選択肢制だ。とはいえ正直な所何を取ればいいのか正確な判断は付けづらいし、その能力の獲得に必要になるMPの元は皆のリアルマネーだ。育成計画と銘打ってお金を出してもらう以上、皆の意見は聞く必要にる事になるのでそうすることにした。
『んー、でもさ。カズサちゃんがどうしても必要だっていうんなら、好きにとってもいいんじゃない?』
「あー……どうしても必要ってわけじゃないんだ」
『え、どういう事?』
どうしても必要……例えばそれがないと命の危険があるとか、大きなチャンスを逃すとかそんな状況だろう。残念ながら今俺が取ろうとしているのはそんな術ではない。どうしても必要なものではないのだ。どうしても欲しいものではあるけど……いわば生活を快適にするための能力の為、どうしても腰を低くして確認することになる。
その能力の名を俺が告げる。
「<<ボイルウォーター>>、取らせてもらえないかな」
『あっ』
『あっ』
『え? それどんな能力?』
……『あっ』とか『えっ』とか『あ~』とかそんな書き込みをしてくるのは古参の奴等だな? 最後のは最近見に来てくれた人だろう。
「えっと……お湯を沸かす能力なんだけど」
『え、なんでそんな能力を』
『いや<<ヒーリング>>とかそっち系の能力を後回しにしてまで毎日お風呂に入りたいの? カズサちゃん』
『お風呂とか別に入らなくてもいいじゃん。体洗ってるんでしょ?』
そう告げられた言葉に、思わず心がヒートアップした。
「当たり前だろう! こちとらこの世界にきてからまともにお風呂に入ったのが温泉の時一回だけなんだぞ!? 毎日普通にお風呂にはいれる皆にはそんな俺の気持ちはわからんでしょうね!」
『ひえっ』
『カズサちゃん目がマジに』
『そこまで溜まってたのか、この件に……』
『いや、でもそこまで熱くなる話か?』
『だよな、俺もう今日で6日風呂入ってないけど別に気にならないし』
『えっ』
『えっ』
「えっ」
6日間はちょっと……いや、手術をした後とか入れない事情があるのかもしれないけど……うん。
「その……特別な事情がないなら、ちゃんとお風呂に入った方が、いいと思うよ……?」
『ああっ、カズサちゃんのその視線が痛気持ちい!』
『駄目だカズサちゃんこいつ喜んでる』
『おい誰か消毒液持ってこい、いろんな意味で』
『ここの配信はっちゃけてる奴多いよね』
今更の話だね。ただお風呂入って君のおかげで、落ち着いたというかテンションが下がったけど。
……はっ、もしかして俺を落ち着かせるためにそんな発言してくれたんじゃ──いや、ないな。うん。
とにかく怪我の功名というか何というか、冷静にはなれたので、ちょっとだけぺこりと頭を下げておく。
「ごめん、ちょっとヒートアップしちゃった」
謝罪の言葉を告げ、それからちょっと腰を落とす。固定したカメラよりちょっと下に頭が来るようにして、そっから見上げるようにして顎の辺りで両手を軽く絡めるように合わせて、と。
「それでね、<<ボイルウォーター>>4000MPなんだけど……取っちゃだめ、かな?」
『う゛っ』
『ここで上目遣いでお願い、だと』
『これまでそんなポーズ言われでもしない限りやらなかったのに、自分からするとか成長したね……』
『そこまでお風呂毎日入りたいの?』
「入りたいです」
いやさ、俺もこれで獲得コストがめっちゃ高いとかだったら素直に諦めるよ? でも4000MPは下から三番目の安さな訳で。もう一つ必要な<<クリエイトウォーター>>はすでに獲得済みだから、風呂桶のあるこのアパートならこれを獲得するだけで毎日風呂にはいれるようになる。衣食住の内食に関しては明らかにこっちで食べれないのがあってそれはあきらめがついているけど、風呂は行けるって解っちゃたからなぁ。大体この組み合わせで風呂沸かせるって解ってから、風呂桶ある家借りて毎日風呂入るのずっと楽しみにしてたんだよ。
とりあえずしばらくポーズを取ったままコメント欄を眺めていると、概ね意見は『まあいいんじゃね?』という感じだった、これはいっていい感じか? と思っていると、そこに更に色付きのコメントが流れる。
『【6000円】これで獲得するといいですよ。それ専用で渡すから問題ないでしょう』
「ありがとう!」
『うわぁいい笑顔』
『知ってるか? この笑顔の理由、お風呂にはいれるって事だけなんだぜ……』
いやでもマジ助かる。それ用だって渡してくれたなら、何の躊躇いもなく使えるもんな。むしろ他の事に使った方が詐欺と言える。
俺はさっそく能力獲得画面を開き、<<ボイルウォーター>>獲得のボタンを押す。──よし、これで今日……はもう水浴び済ませちゃったから、明日からはゆっくりと湯舟に浸かれる。そう感慨にふけっていたら、先ほどスパチャを投げてくれた人がコメントしていた。
『ふふふ、獲得しましたね』
『どうした急に』
『カズサさんが獲得した<<ボイルウォーター>>は、私の投げたスパチャで覚えたものです。いわばこの<<ボイルウォーター>>は私の力が含まれているといえる。そう、これからカズサさんが入るお風呂のお湯は実質私が温めたといえるのです』
『うわぁ……』
『いい奴だと思ってたら、変態セクハラ野郎で草』
『お前そういうの女性配信者にはいうなよ?』
俺相手でもセクハラでは? カズサは訝しんだ。というかそういうのは心の中で思うだけにして口に出すのはやめような。貰ったお金と獲得した能力に罪はないから普通に使わしてもらうけどさ。風呂に入っている時に思い出したら微妙な気分になりそうだ。
『その考え方でいけば、俺たちの血とか汗とかの結晶の金から生み出されているお洋服も同じ感じでは?』
だから、
「そういうのは口に出すのはやめような!」
頭の中で思う分には何も言わないからさ!
前回残MP:20070
今回増減:
スパチャ +4200
<<ボイルウォーター>>:-4000
残MP:20270
筆者はこういう何の話の進展もしない話を書くのが大好きです。ご了承ください。