廃棄寸前の砂糖水   作:とくめ一

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救いの神か、地獄の鬼か。

 

 

 いくつもの銃口が、こちらに向けられる。

 ……分かっていた。最後まで耐え抜いても、少なくともおれだけは確実に殺しにかかるだろうと、最初から理解していた。

 

「“銃殺の刑”に変えることを……一分前に思いついた。

 さらに、一家皆殺し!!」

 

 愉快そうに、しかし怯えの拭いきれぬ顔で笑うオロチのことさえも、今この瞬間はどうでもいい。

 ただおれの一番信頼している侍たちが、おれの魂を、夢を、望みを、次に繋いでくれるのを信じて、おれは橋板ごと全員を遠くへ投げ飛ばそうとした。その、直前だった。

 

「やだやだやだぁ~~~!!!!!」

 

 ──子どもの声だ。

 その場に似つかわしくない幼子の声にほぼ全員が(きょ)()かれ、またそれに漏れたものはギョッとしたような表情で──カイドウすらもギョッとした表情で──その声の出所に目をやった。

 

「オロチのバカ!!嘘つき!!」

 

 ポカポカと“あの”将軍オロチを叩くその小娘は、“あの”カイドウの膝の上に座りながら泣いていた。

 あんな小娘、処刑が始まるときはいなかった筈だが……?

 驚愕を飲み込む前に、小娘が続ける。

 

「それを怒らないパパもバカ!!!

 このままあの人をころすなら、パパなんて嫌いになるから!!!」

 

 パパ。

 あの小娘がそう言いながら睨み付けるのは間違いなくカイドウで。

 

 ……いや、いやいや待て。ツッコミ所が多すぎる。

 思わず釜の熱さすら忘れかけたところで、動いたのはカイドウだった。

 

「ッき、嫌い!!?!?

 ……何やってやがるテメェら!!さっさと全員釜から出さねぇか!!!」

 

 ……はァ???

 

 今日数度目の困惑。

 もしやおれはもう死んでいて、これは死後に見ている夢か何かなのだろうか。

 そんなこんなでぼんやりしている内におれたちは全員解放され、おれ以外は九里へ追放、そしておれはカイドウのもとでの治療を言い渡されたのだった。

 それすらもあの小娘のワガママで……あぁもうまったくワケが分からねェ。

 

□■□

 

 

 

 ──光月おでんが、死んだ。

 

 

 その一報は大々的に流布され、しかしそれとは対照的に、葬儀の類いは一切行われなかった。

 

 処刑中に現れた突然の救いに喜んだ人々は希望が潰えたことにひどく悲しんだが、そもそもが少し入っただけで人の命を奪う温度での釜茹でだったのだ。治療されたところで、あれだけ長く浸かっていたおでんは助かりようがなかったのだろう。

 

 九里の侍たちは当然カイドウたちに、そして己に(いか)ったが、残念ながらそれに浸ることの出来る時間はそう長いものではなかった。

 カイドウが光月おでんに仕えた者たちを、そして光月の一族を、指名手配し始めたのだ。

 

 あとはもう、説明するまでもない。

 

 光月モモの助たちは九里の城から姿を消したし、光月トキは燃え行く城を背に銃殺された。

 黒炭オロチの立場が揺るぎようのないものになったし、国はどんどん穢れていった。

 

 ……全ては、原作通り(・・・・)に進んでいる。

 

 少女は笑った。

 くふくふ、くふくふと笑った。

 

 なんて生きやすい(幸福な)世界だろうと、一人で夜空を見上げて笑っていた。

 

□■□

 

 ……おかしな小娘だ。

 

 数日前に自身の死で(・・・・・)ワノ国をざわつかせたばかりの男──おでんは、全く動かない自らの身体をせっせと拭う娘を見て、もう何度目かになるそんな感想を抱いた。

 

「だいじょうぶ?強すぎない?」

 

 小娘の顔には、カイドウと話す時の何十分の一という表情しかない。

 到底子どもらしいとは言えないような微笑みでこちらを見つめて、心配しているのかしていないのかよく分からない表情のまま、そう問いかけるのだ。

 

「バカ言え。こんなモンで音を上げる侍がいるか」

 

 精一杯虚勢を張るが、まぁ当然痛い。

 ほぼ全身大火傷状態なのだ。どれだけ柔らかい布切れで拭かれているとしても、何かが触れただけで激痛である。

 ……まったく!一切!我慢できない程ではないが!

 

「……てめェは、何がしたいんだ」

 

 介抱され始めて数日にして、初めての質問。

 それに娘は一瞬キョトンとした顔をして、それから笑った。

 くふくふ、くふくふと、控えめな咳のような、声にならない息を吐き出すようなそんな特徴的な笑い方で、笑った。笑っていた。

 

 

「──望むこと、ぜんぶ」

 

 

 そう返事をして心底幸福そうに、笑っていたのだ。

 

□■□

 

 あれから少女は、何度もおれの世話を……無駄なことをしに来た。

 元々意思だけで無理矢理動かしていたような身体だ。死んだものは生き返らない。

 おれの肉体も、このまま静かに朽ちていくのだろう。

 ……そう思っていたのに、不思議なことに身体は快方へと向かって。

 

 地下の広い座敷牢の中であの小娘に数週間世話をされ続けている内に、いつの間にか歩くくらいなら問題なく出来る程度まで身体が回復していた。

 無理をすれば走れないこともないが……戦闘は間違いなく不可能だろう。

 

 ほとんど何も喋らない小娘は、あの重症度から見れば快復と言っていい状態まで持ち直した俺を見て嬉しそうに微笑んで、「治ったお祝いも兼ねて、見せたいものがあるの」などと告げてきた。

 ……この小娘のことを計りかねていたおれは警戒したが、そんな警戒も意味をなさず、小娘の“見せたいもの”を見たおれは度肝を抜かれた。

 

 それはぐったりと脱力している、おれの妻だったのだ。

 

「……トキ……!!?」

 

 呼び掛けるが、目を瞑ったままのトキから返事はない。

 

「てめェ!トキに何をしやがった!!」

「ねむらせてるだけだよ?強いて言うなら海楼石を加工した首輪はつけたけど……ばくだんとかも仕込んでないし。

 わたしがパパにたのんで、生かしてつれてきてもらったんだ」

 

 いっしょの部屋にはおいてあげられないけど、時々は会えるようにしてあげるからね。

 なんて笑う小娘は、心臓を握って笑む地獄の鬼に似ていると思った。

 

 

 

 

 

□■□

 

 座敷牢に入れられて数週間が過ぎた。

 

 やはりこの小娘はおれ一人の前では表情が乏しい。しかし無表情というわけでもない。

 ……ずっと、微笑んでいるのだ。

 

 もう数週間小娘の話を聞いているのに、少女の表情を笑顔と、数回の驚きの二つ以外見たことがない。

 小娘は怒ることも、悲しむことも、寂しがることも、無表情になることも、しなかった。

 

 それ以外の表情をほとんど忘れてしまったかのように、幸福に漬け込まれて生きているかのように、小娘はずっと微笑んでいる。

 

 トキは別の場所に幽閉されているようで時々連れてこられるのだが、その時は年相応に、カイドウを前にしていたときのように表情豊かだ。なのに、何故おれ一人が相手だとこうも表情の種類が少なくなるのだろう。

 

 なんて考えても答えは出そうになかったし、まどろっこしいのは好きではない。

 一度小娘に理由を問いかけたのだが、小娘は「幸せだからだよ」と言って、やはり微笑むばかりだった。

 

 ……これでモモの助と同い年というのは、流石に嘘に違いない。

 

 

 小娘は相も変わらずここに通う。

 

 はじめこそおれの冒険の話を聞きたがったが、おれがあまり反応を見せないのに気が付くと、今度は自分の外でのことを話すようになった。

 

 誰かと遊んだ話。

 誰かと出かけた話。

 国の外に買い物に行った話。

 父親に甘やかしてもらった話。

 

 ……。

 

 ──残酷だと、思った。

 

 あれだけ沢山のことを話しておきながら、都以外の町の状態、民の状況などは一切語ろうとはしない。

 ……これだけ何度も繰り返されれば流石に分かる。

 この小娘は、わざとそういう部分を隠して話をしているのだ。

 

 

「それで、パパが部下の人にね──」

 

 

 時は、今日も穏やかに過ぎていく。

 

 外で苦しんでいるだろう民たちのことなど知らないかのように。

 穏やかに、残酷に、平等に、過ぎていくだけだ。

 

 

 

ハーメルンを最もよく開くのは大体何時頃ですか?(投稿時間の参考にするための質問です)

  • 夜中(23時〜5時)
  • 早朝(5時〜7時)
  • 朝頃(7時〜12時)
  • 昼頃(12時〜16時)
  • 夕方(16時〜19時)
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