廃棄寸前の砂糖水   作:とくめ一

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救いようのない愚か者

 

 おでんたちを囲い込むようになってから、私の一日にはとある習慣が付け足された。

 

 毎日毎日、朝昼晩。

 まだ一年も続けられていないその習慣に沿って、地下に入ってすぐに止まる。

 

 背後の扉がきっちりと閉まっているのを確認してから、私は運んでいる二人前の食事を味見用の箸でそれぞれ口に含んだ。

 

「……うん、今日も毒は盛られてない」

 

 ──そう。習慣というのは、配膳と毒味だ。

 

 

 今のところ、私からおでんとトキの生存を“知らされている”のはカイドウしかいない。そのカイドウは、戦闘能力のほぼない状態で私の庇護下に置かれている二人をどうこうしようとは考えないだろう。

 

 では警戒などする必要はないと思いたくもなるが、“知っている”のがカイドウだけとは限らないのがこの世界だ。

 

 ……もし、オロチに二人の生存が知られたら? 

 

 死んだことにされたあの場所でトキが撃ち込まれたのが麻酔弾とペイント弾であることを知っている下っ端たちは運悪く(・・・)カイドウの不興を買ったことで誰一人としてこの世に残ってはいないが、それでもまだ二人のことがバレる可能性は否定しきれない。

 

 覇気だの悪魔の実だの未来予知だのがあるこの世界で、秘密を守り抜くことは非常に難しいわけで。

 

 オロチは侍を──おでんの意思を継いだ者たちを、恐れている。

 もし万が一その畏怖の元凶が生きていると知られてしまえば、例えそれが四皇の娘(わたし)の庇護下にある存在でも殺そうとするだろう。……まるで、自分とは関係のない原因で死んだかのように見せかけて。

 

 その為にオロチはおでんが生きていることを知ってもそれを悟らせない様にするだろうし、当然カイドウにも私にも阻止されずに二人を消したい筈だ。

 

 となると、可能性が高いのはまず間違いなく毒殺になる。

 戦闘能力のない二人を消すのであれば刺客を送り込んだ方が良い筈だが、それはほぼ不可能だと言っていい。

 

 理由は二つ。

 

 まず一つ目は、私とカイドウ、それから護衛の三人以外は『地下』への行き方を知らないため。

 改築して城の半分以上が地下と呼ばれる空間になったというのに未だに座敷牢を『地下』としか呼ばないのは、座敷牢の存在が秘匿されているからだ。

 

 しかし『この世界で秘密を守り抜くことは非常に難しい』のだから、これだけならば安心は出来ない。

 

 では二つ目の理由はと言うと、単純な話だ。

 刺客は、ほぼ確実に地下へは入れない。

 

 その説明の為に少し話を戻すが、座敷牢の存在はカイドウ以外には秘匿されている。

 だが“鬼姫”が一日に何度も出入りする場所があれば、不審に思われないにしても何かしらの噂は立つ筈ではないだろうか。

 

 ……つまり、入口は“不審に思われない場所”にあるのである。

 

 ではどこか? 簡単だ。

 

 カイドウの部屋である。

 

 もう一度言おう。

 

 カ イ ド ウ の 部 屋 で あ る。

 

 不審人物が入ってきた時点でぺちゃんこ確定。

 未だかつてここまで安心感のある門番がいただろうか。SE○OMもびっくりな警備体制だ。

 

 何故地下の座敷牢とカイドウの部屋が繫がっているかというと、それは座敷牢とカイドウの部屋の間にある施設に理由がある。

 

『しぇるたー?』

『あぁ。……ヤマト、お前はまだ弱い。

 万が一おれが前線に出てる時に狙われるようなことがあれば、必ずおれの部屋からお前専用のシェルターに逃げ込め。おれの熱息(ボロブレス)程度のダメージなら叩き込まれても壊れねェ代物だ』

『……らいめいはっけは?』

『…………惜しかった』

 

 実験したんかい。と思ったあの時の私は間違っていないと思うが、まぁとにかくそんなクイーンお手製スーパーシェルターの奥に座敷牢はあるのである。

 

 その位置に座敷牢があるのはおねだりの結果──と言いたいところだが、意外も意外、これもカイドウが決めたことだった。

 曰く、『万が一座敷牢で何かがあってもすぐに逃げ込めるように』だそうで。

 うーん親バカ。

 

 もっと詳しく言うと『カイドウの部屋の隠し通路、ダミーの部屋、そこにある隠し通路、シェルター、通路、小部屋、通路、座敷牢』という順に繫がっており、護衛たちを待機させているのは座敷牢とシェルターの間にある小部屋である。

 シェルターへの入り方は私とカイドウしか知らないし、実は私だけは小部屋を通らなくてもシェルターと座敷牢を行き来出来るので万が一小部屋と座敷牢とで挟み撃ちを狙われても安心だ! ……というような説明をされたことは記憶に新しい。

 うーんやっぱり親バカ。

 

 

 閑話休題。

 

 

 ここまで話せば理解してもらえただろう。

 毒殺以外の方法で座敷牢の人間を殺すのは不可能に近い。というか正直雷鳴八卦クラスの技を撃てない限りは絶対に不可能だ。

 つまり、毒味をすることで二人が害される可能性はほぼゼロにまで抑えられる。

 

 そういう理由で私が料理を運んでいるわけだが──

 

「今日もお料理を運んでくれたのね、ありがとう!」

 

 ──反応おかしくない?? 

 

 

 □■□

 

 

 首に海楼石の首輪を着けられたトキに、いつも通り食事を手渡す。

 軽量化の為に加工されてはいるが、それでも能力者にとって海楼石が触れているだけで不快極まりないものだということに変わりはない。

 

 だというのに、トキは毎回嬉しそうに私から食事を受け取る。

 

 いや、私首輪をつけた張本人! 

 

 なんか最近海楼石に慣れ始めて普通の食事くらいなら一人でも出来るようになってきてるし。何? 何なのワノ国。はじめの方は流動食しか駄目だったじゃん……! 

 

 体にほぼ力が入らないのを無理矢理動かしているだけに過ぎないので軽く押せば簡単に倒れる状態であるのは変わらないが、それにしたっておかしいと思う。

 

 そういうツッコミを全て飲み込んで、私は今日もカイドウたちに見せるようなごく子どもらしい顔でトキが食事をしているのを見ていた。

 ……本当は、食器を下げるために待っている。それだけだ。

 

「あら、昆布巻き! 好物だから嬉しいわ、ありがとう」

「そうなんだ! じゃあ今度からは定期的に出してもらうようにするね!」

 

 だから決して、こういうほのぼのトークをするためにここにいるわけではない。

 

「そういえば、この間の面会でおでんさんが──」

 

 トキは滅茶苦茶普通に惚気けてくるけど! 

 会話するために! ここにいるわけじゃ!! ないから!! 

 

「ごめんねトキさん。私ちょっと忙しいから、ご飯急いでもらっていいかな」

「あ、ごめんなさい」

 

 苦々しい顔にならないようにそう告げるが正直つらい。こんなこと言いたくて言ってるわけないし。

 ……私が一方的に話してた時のおでんってこんな気分だったのかな。後で謝ろう。

 

「それでおでんさんったら、」

 

 それにしたってこの将軍の妻(御台様)食べながらすっごい喋るんだよな〜……! 

 まぁそうだね、食事早くしながら話したかったらそうなるよね仕方ないね〜ってそうはならんやろ……!! 

 

 しかもちゃんと食べるの早いし……何?? 

 海楼石のことといいこういう節々のツッコミどころといい、ワノ国の人ってみんなこうなんですか??? 

 

「なんで、そんなにふつうにしゃべれるの」

 

 毎日毎日続けさせられているトークの滝行に、気が付くと私はそんな問いかけを漏らしていた。

 しまった、と思ったが、ちょうど良いし言いたいこと全て今言ってしまおうとすぐに吹っ切れた。それくらいストレスが溜まっていたのだ。

 

「トキさんはわたしがにくいんじゃないの?」

 

 駆け引き無しの直球過ぎる質問。

 さてどんな反応を見せるかと色々予測を立てていたというのに、それを嘲笑うかのように、トキは目をパチクリさせながら言った。

 

「どうして?」

「どっ!?」

「だって私、あなたには何もされていないじゃない」

「いやげんじょう」

 

 首輪、海楼石、本人監禁、夫監禁とか色々してるよね?? 

 

海楼石(これ)と幽閉については私たちが生存を許されるために必要な処置だと理解してるし、されてることなんて何もないわ。……勿論、してもらってることは別だけど。

 おでんさんと私を助けてくれて、本当にありがとう」

 

 いつか伝えようと思っていたの。なんて言ってトキは笑う。

 

「……トキさんが、都合良く解釈してるだけだよ」

 

 そっけなく、それだけ返して。もう動揺は落ち着いていたけれど、「そうかしら?」と微笑むトキの方を見ていられなくて顔をそらした。

 

 ……お礼なんて、受け取ってはいけない。情が湧いてもいけない。

 

 もし絆されたりなんかしてしまって、あまつさえ私のしていることが善行なのだと思ってしてしまったら、私はもう自分勝手ではいられなくなってしまう。

 自分が正義側の人間であると、また勘違いをしてしまう。

 

 そうなればきっと私は本当にトキやおでんたちのために動くことになって、……目を逸らしている選択肢に、気付かなければならなくなる。

 

 私は悪人だし、そうでなければいけない。

 

 でないと、いつか来る別れが苦しくなるから。

 父の罪を非難できる、ヤマトのような勇気がないから。

 そして何より、自分の犯している罪は他でもない私自身が一番よく理解しているから。

 

「ごちそうさま、今日も美味しかった」

「よかった。…………それじゃあ、帰るね」

 

 トキさんの微笑みも。

 護衛たちの優しさも。

 おでんさんの輝きも。

 

 全部全部、砂糖に似ている。

 与えられる度に隔絶された私たちだけの世界に溶けて、溶けて、溶けて。

 くどいほどの甘みになっても、きっと私はそれを優しく感じてしまうのだろう。

 

 

 ──それじゃあお前が自分を許せるその日まで、お前の罪はおれが一緒に背負おう!──

 

 

 空の食器を運びながらそんな言葉が頭を過って、思わず笑ってしまった。

 

 ……いつか廃棄されることが分かっている砂糖水を心の支えにしている私は、きっと。

ハーメルンを最もよく開くのは大体何時頃ですか?(投稿時間の参考にするための質問です)

  • 夜中(23時〜5時)
  • 早朝(5時〜7時)
  • 朝頃(7時〜12時)
  • 昼頃(12時〜16時)
  • 夕方(16時〜19時)
  • 夜(19時〜23時)
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