廃棄寸前の砂糖水   作:とくめ一

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とある青年の考察と、とある男たちの供述

 ヤマトは、快活な娘だと思う。

 控えめで愛らしく、かと思えばお嬢の五倍以上の身長があるおれにも臆することなく声をかける。……カイドウさんに懐いているのだからおれの身長など寧ろ小さく感じているのかもしれないが。

 

 しかしカイドウさんの血なのだろうか。普段大人しいくせに、ごく稀に言う我儘はとんでもないものばかりで。

 

 曰く、「おでんを殺さないでほしい」。

 曰く、「天岩戸の侍たちを護衛にしたい」。

 

 おまけに何を考えているのか、護衛たちへの食事も全て手ずから配膳する始末。

 

 ……まぁ何とも、慈悲深いことだ。

 

 どうせその内飽きるだろうと考えていたのだが、お嬢は五年以上もそれを続けたのだからいよいよもって本当にカイドウさんの娘かと疑いたくもなったし、簡単に悪い影響を受けかねない真っ直ぐさにおでんが死んでいて良かったと思うこともあった。

 

 お嬢は街が好きだ。

 齢が十になったくらいからは週に二、三度以上護衛を連れて街に出向き、今日はあんなことがあったこんなことがあった土産はどうだとカイドウさんに話しているのをよく見かける。

 

 ……護衛があの侍たち──カイドウさんの認めている実力者でなければそこまで頻繁な外出は許されなかった可能性が高いので、それに関してはお嬢の選択は正しかったと言えるだろう。

 

 

 そんなお嬢だが、最近めっきり街に出ることが減り、それどころかカイドウさんからの稽古を除けば城から出ることもほぼなくなった。

 

 偶にすれ違うといつも通り元気に話しかけては来るのだが、明らかに引きこもりがちになってしまっている。

 

 ……だがこうなったきっかけについては、おれもカイドウさんも察しがついていた。

 

 

 お嬢が十二になって暫くが経ったあの日、おれは呼び出しをされてカイドウさんの部屋にいた。

 

『──ってワケで、最近鈴後跡地におでんの部下の残党らしいやつらがちらほら現れてるそうだ』

『ほう……だがキング、お前がわざわざおれに報告してくるってことは、侍じゃあねェんだな?』

『あぁ、目撃されてんのは町民に見えるやつらだ。だがおれはそいつらが忍だと睨んでてな』

『……つまり、ヤマトに被害が及ぶ可能性があるってことか』

『あぁ。常にあの三人がついてりゃそう心配することはねェだろうが……所詮あいつらは侍だ。現れた忍に協力する可能性も否めねェ』

『なるほどなァ……』

 

 と、そんな話をしていた時だった。

 

『ッ! そこに居んのは誰だ!!』

『!』

 

 気配を消していた誰かに気付いたカイドウさんがそう叫ぶと、逃げ切れないと踏んだらしい誰かが天井裏から出てきて、カイドウさんへと刀を振りかぶった。

 

 だが忍とはいえ、所詮は雑兵だ。

 カイドウさんには傷一つつけられねェだろうと思いながらも一応処理の為に動こうとした、その時。

 

『パパっ!』

 

 慌てたようなその声に、その場にいた全員が声の主を見た。

 その場にいなかった筈の声の主は、お嬢は、いつの間にかカイドウさんを守るようにカイドウさんと刺客の間に立って両手を広げていたのだ。

 

 予想だにしない人物の登場に思わず動きを止めてしまったのが良くなかった。

 おれとは逆の方を向いている忍の表情は見えないが、既に刀を振り下ろしかけていたその手は止まりそうにもない。

 

 驚きのあまり停止した思考が動き出して、漸くマズい、と思ったが、お嬢の首に当たるまで残り数センチもない刀身を止められるかと言われれば間に合いそうにもなくて。

 

 苦し紛れに手を伸ばした、瞬間。

 

 

 ぐちゃ。

 

 

 カイドウさんの振り下ろした金棒によって、忍は人の形を保てずその場で潰れた。

 

『はっ、はっ……』

 

 荒い呼吸はカイドウさんのものだ。

 どうやら相当焦っていたようで、慌ててかけた『ヤマト! 怪我は!!』という声はとんでもない大音量だった。

 

 ……しかしお嬢は、何も言わない。

 

 返り血に塗れてはいるものの怪我があるようには見えないので、カイドウさんは間に合ったのだろうが……。

 

 お嬢はただ、呆然と先程まで忍の頭があった場所を見ていた。

 それからゆっくりと自分の手についた返り血を見て、ゆっくりと床で潰れた人間だったものへ視線を動かして。

 

 こんな風に表情を失ったお嬢を見たのは、初めてだった。

 

『…………ヤマト?』

 

 もう一度カイドウさんが声をかけると、今度は声が届いたのだろう。

 お嬢は、小さな声で二言だけ返した。

 

『……大、丈夫。ありがとう』

 

 相変わらず表情のすっぽ抜けた顔で、弱々しい声で。

 医者を連れて来るよう命じられたおれはそこまでのことしか知らないが、あれからお嬢が街に出なくなったのは明らかだった。

 

『……ヤマトは元々気性が穏やかな上、まだ幼い。

 目の前で人間が死んだことに堪えられなかったんだろうよ』

 

 後で話をした時にカイドウさんはそう話していたし、それについてはおれも同意見だった。

 そう。同意見だった(・・・)のだ。

 

 

 だがお嬢が十四になる数日前。

 

 袋を海に捨てたいのだというお嬢に声をかけられて、いつもであれば必ずいる筈の護衛がいないことにすぐに気が付いて。

 

 

「三人なら多分……ちょうど今、キングさんが持ってるやつだよ」

 

 

 袋をいくつか手に持ちながら問いかけたおれに、いつも通りの笑顔で、朗らかな表情で、何でもないことのように少女はそう言った。

 

「…………お嬢らしくねェ冗談だな。

 あの三人を、お嬢がどうやって──」

「あはは。キングさん、いつもご飯の準備してるのは私だよ?」

 

 ……お嬢の用意した食事なら、あの三人は疑うことなく口にするだろう。

 何よりも、今持っている袋がそれぞれちょうど人間くらいの重さであることが、お嬢の発言の証左であるように感じて。

 

「……仲が良かったんじゃねェのか」

「うん。でもパパの悪口言ったから、もう要らないや」

「そう、か」

 

 おれはただ、それだけを返した。

 

 

 ──あぁ。

 きっとあの日、少女は壊れてしまったのだ。

 

 

 カイドウさんにどう報告したものかと心の中で頭を抱えながら、おれはお嬢の運んでいた袋五つを全て、兎丼の常影(トカゲ)港から外界へ通じる滝の滝壺に向かって投げ込んだ。

 

 

 □■□

 

 

『きっとあれは、少女なりのさよならだった』

 

 ある日からヤマトの表情が陰りだしたことには気が付いていた。

 その頃からヤマトは地下に籠もりがちになり、同時に我らが座敷牢に通じる小部屋で過ごす時間も長くなって。

 

 それでも我らの心配に対して「大丈夫」と笑うから、我ら三人で話し合い、いつか話してくれる日を待とうという結論に至ったのだ。

 

 だがヤマトが何も話してはくれぬまま、二年近くが経とうとしていた頃。

 

 いつも通り朝食を摂り十数分が経った辺りで、突然視界がぐらりと揺れた。

 

 ──敵襲か? 

 

 そう考えた頃には全身から力が抜けていて、抵抗のしようもないままにその場に倒れ込むことしか出来ず。落ちようとする瞼に抵抗する為反射的に下唇に歯を立てどうにか意識を保ったが、これもそう長くは保たないだろう。

 気付かぬ間に瓦斯(ガス)でも喰らったかと力を振り絞り辺りを見るが、拙者同様に倒れ伏している天ぷらとおむすびの二人にはもう意識がないらしいことしか分からない。

 

 せめてお嬢だけは逃さねばと慌ててお嬢の居た場所を見遣るが既にお嬢は消えていて、焦りが胸中を占領しかけた所で、誰かが拙者の顔を覗き込んでいることに気が付いた。

 

 意志とは無関係に落ちかける意識にまた歯を食い縛りどうにかその人物の方を向いて、拙者は間抜けにぽかんと口を開けた。

 

「あれ、まだ起きてるの?」

「──お、嬢」

 

 どういうことだ。

 変装? いや、今日は朝からお嬢の側を離れていない。

 だがしかし、ならば。

 

「なに、ゆえ……!」

 

 混乱に埋め尽くされる頭を強制的に停止させられて、瞼が降りて、意識が切れる、直前。

 

「……最初から、貴方達を愛したことなんてなかったよ」

 

 ひどく冷たい温度で発せられたお嬢のそんな言葉を聞き取って、今度こそ拙者の意識は途切れたのだった。

 

 

 □■□

 

 

『ぶん殴ってやりたかった』

 

 突然ガクン、と体から力が抜けた。

 釜茹での後遺症によりボロボロの体では抵抗出来るわけもなくその場に崩れ落ちたが、そのおれを見て動揺一つしないのだから犯人はもう決まっている。

 

「……ヤマトてめェ、どういうつもりだ……」

「…………クイーンさんに貰ったゾウでも気絶させられる薬多めに盛っても意識保つとか、おでんさんって本当にどうなってるの」

 

 あァなるほど、朝食に一服盛られたか。

 

「体が衰えようが、おれの意思は、健在だからな……」

「じゃあ注射もするね」

 

 ……流石に注射までされりゃァ意識は保たねェな。

 

 そう考えたおれはひどく動かしづらい口をどうにか動かし、いそいそと注射の準備をするヤマトに問いかけた。

 

「……もう、会わねェつもりか」

「…………」

 

 ヤマトは何も答えやしねェ。

 それが答えだった。

 

「……お前が何をする気かなんざ、知ったこっちゃねェがな……」

 

 動かない腕が心底憎い。

 もし後遺症なんてものの邪魔が無ければ、どうやってでも目の前の小娘をぶん殴ってやったというのに。

 

 注射針が腕に突き刺さり薬剤が注入されるが、それでもまだ眠るわけにはいかない。

 これは、これだけは、絶対に言ってやらねばならないのだ。

 

「……お前がおれから離れようが、お前が何をしでかそうが、おれがお前の罪を共にせおうことは、かわら、ねぇ。

 ……そのこと、だけは、……わすれん、じゃ、ねぇぞ……!」

 

 近頃ここに来る頻度も落ちていたし、どうせいつものように一人で全部背負い込んでうだうだあれこれ考えて、最終的に無駄な行動力を発揮したに違いない。

 

「…………なんで」

 

 『なんで』じゃねェだろうが。

 おれが一度した宣言を取り消すような男だと思ってんのか。

 おれがそう簡単にお前を恨んでやると思ったか。

 

 そう言ってやりたかったのに、切れかけの意識では口を開くことすら出来なくて。

 

 

 ──あぁクソ、大馬鹿野郎が。

 

 

 おれの言葉一つで泣きそうな顔になるくらいなら、憎まれ役なんて辞めちまえ。

 

 

ハーメルンを最もよく開くのは大体何時頃ですか?(投稿時間の参考にするための質問です)

  • 夜中(23時〜5時)
  • 早朝(5時〜7時)
  • 朝頃(7時〜12時)
  • 昼頃(12時〜16時)
  • 夕方(16時〜19時)
  • 夜(19時〜23時)
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