廃棄寸前の砂糖水   作:とくめ一

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目を逸らすのは、終わり。

 

 

 十四歳になって約半年。

 私は今日も朝食を摂ると、日課をこなすために掃除用品を持って地下に向かった。

 

「ん……」

 

 伸びを一つすると、しんと静かな地下に私の声だけが吸い込まれていく。

 その静けさにほんの少しだけ出かけた涙を飲み込んで、私はいつも通り掃除を開始した。

 

 おでんはもう、いない。

 

 おでんだけじゃない。

 トキも、牛マルも、おむすびも、天ぷらも、もう会うことはないだろう存在になってしまった。

 

 

『見ろヤマト、逆立ちが出来るようになっガフッ!!!』

『バカおでんさんバカ重症患者には変わりないんだから無理しない!!!』

 

『お嬢、寒くねェか?』

『十分厚着だし、その心配はこの真冬に寒中水泳したいとか言ってた牛マルさんにだけはされたくないよ』

 

『お主もそろそろ年頃か……好い相手はおるのか?』

『おむすびさん……。そもそも出会いがないし、もしいたとしてパパが許すと思う?』

『……あぁ……』

 

『わ……天ぷらさんって髪結うのとっても上手なんだね』

『己の髪で慣れておるだけにござるよ』

『オイオイ、格好つけるものではないぞ。お嬢の為にとわざわざ女子(おなご)結髪(けっぱつ)について勉強してたじゃねェか』

『余計なことを言うな牛マル!』

『……そうなんだ……えへへ、ありがとう』

『……うむ……』

 

 

 ──駄目だなぁ。

 お別れからもう半年も経っているのに、まだ楽しかった日々を思い出してしまう。

 

 

 しかしそれと同時に思い出すのは、十二の頃にカイドウを暗殺しに来た忍のことで。

 

 

 あの日。

 カイドウの部屋に置いてある飲み物を取りに行くだけだからと私だけが隠し通路からカイドウの部屋に出ると、そこで屋根裏から降りてきた忍がカイドウに切りかかろうとしているのが見えた。

 

 カイドウは悪人だ。

 ワノ国の人々を苦しめる張本人で、カイドウさえいなければ起こらなかった悲劇はきっといくらでもあって。

 それにカイドウはあの程度じゃ傷一つつきやしないし、傷ついたとしてもそれは完全にカイドウの自業自得だ。

 庇うために私が飛び出したところで、事は大きくなるだけ。

 

 知っていた。

 分かっていた。

 理解していた。

 

 なのに切りかかられるカイドウを見て、私に笑いかけるカイドウの表情なんかが頭を(よぎ)ってしまって。

 

『パパっ!』

 

 気が付くと、カイドウの数歩後ろにある隠し通路の入口から、カイドウと忍の間へと飛び出していた。

 

 その場にいた全員が驚いたのは分かったが、そもそもがもう少しでカイドウに届きそうな(やいば)の前に飛び出したのだ。

 両手を広げた時にはもう、あと数センチ刀を振り下ろせば私に刀が当たるような状況になっていて。

 

 ──あぁ、やっちゃった。

 

 視界がスローモーションになる中で、そんなことを考える。

 

 刀が近づく。

 

 カイドウなんてどうせルフィと戦うまでは死なないって分かってたのに、なんで飛び出しちゃったかなぁ。

 

 刀が近づく。

 

 あ、でもこの忍にとっては大将の娘を消せるのは僥倖だったりするのかな? 

 

 刀が、近づく。

 

 

 極限状態のせいなのかやたら早く回る思考で、ふと、そういえば忍の顔を見ていなかったななんて考えて。

 私を殺すかもしれない相手の顔くらいは見ておこうかななんてどこか他人事のように見た忍の目に、顔に、表れていた、の、は、

 

 

 

 ぐちゃ。

 

 

 

 ベタついた生ぬるい液体が私の全身にかかる。

 一瞬、しかし確かに見えた忍の表情が目に焼き付いて離れなくて、私は先程までその忍の顔が見えていた場所を呆然と見ていた。

 

 それから、髪かどこかから垂れた返り血がべちょりと私の頬を濡らして、全身にかかった液体の正体を認識することも出来ないまま己のてのひらを見た。

 

 

 ……まっか。

 これじゃまるで、ちのいろだ。

 

 

 と、先程まで忍の顔があった場所を大きな金棒が上塗りしていることに気が付いて、金棒に沿うように視線を動かして、そこにあるまっかなぐちゃぐちゃの何かを見て。

 

『…………ヤマト?』

 

 そこで心配の滲んだカイドウの声が聞こえて、私は漸く我に返った。

 

 そっか。

 この忍は、死んだのか。

 

『……大、丈夫。ありがとう』

 

 大丈夫、大丈夫だ。

 目の前で死んだのは知らない忍者で、侍ではなくて、私の知っている人ではなくて、護衛やおでんでは、なくて。

 だから大丈夫な筈なのに、まだ忍の表情が頭から離れない。

 

 切りかかってきているあの瞬間の忍の顔。

 私の方を見た忍の顔に表れていたのは────躊躇、或いは戸惑いだった。

 

 仮面をしていないのだからカイドウの娘だと分かった筈なのに、あの忍は私を殺すのを躊躇(ためら)ったのだ。

 その証拠に彼はあの瞬間、ギリギリで刀を引いた(・・・・・)。もしそれがなければ、今頃私の首は飛んでいただろう。

 

 

 ────私がカイドウに中途半端な情を抱いてさえいなければ、この忍は死ななかっただろうか。

 

 

 また、あの顔が頭に浮かぶ。

 回って、ぶれて、掠れて。

 護衛たちの顔が、重なって見えて。

 

 

 駄目だ。と、思った。

 

 このまま行けば私はきっと、カイドウの死を悼んでしまうから。

 それは邪魔な感情だ。本来の“ヤマト”が、作中できちんと断ち切ったものだ。

 “ヤマト”が躊躇していれば、誰かに迷いを生むだろう。誰かが傷付くことになるだろう。

 

 その上私と親交が深い相手であればあるほどに、私の躊躇を見抜きやすくなる筈で。

 

 

 そこまで思い至れば、今まで目を逸らしていた選択肢が、私の罪が──“最適解”が、私の目の前までやってきた。

 

 

 あぁそうか。

 これが、潮時というやつか。

 

 

 ……うん、大丈夫。

 まだ間に合う。まだ、手を離せる。

 彼らの心にも大きな傷は残さずに、()()()()()()()まで逃してあげられるから。だから。

 

 

 私が躊躇していては、いけない。

 

 

 

ハーメルンを最もよく開くのは大体何時頃ですか?(投稿時間の参考にするための質問です)

  • 夜中(23時〜5時)
  • 早朝(5時〜7時)
  • 朝頃(7時〜12時)
  • 昼頃(12時〜16時)
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