それからは大変だった。
幸い護衛三人には小部屋を通ることなく座敷牢とシェルターを行き来出来ることを伝えていなかったので一人の時間は簡単に取れたが、慣れない作業を量こなさねばならないとなるとかかる時間は膨大だ。
材料集めや道具の準備は外に行かなければ難しいというのに、外に出るには護衛が要る。それでも共犯者など作れる筈もない状況で、カモフラージュもしつつ、最速で。
そんな状況で、私が一番頼りにしたのはクイーンだった。
『お嬢、頼まれてたやつが出来たぜ』
『わっ! この間頼んだばっかりなのにもう出来たの!?』
『ムハハハハ、おれにかかればこんなモンだ!』
『ありがとう、クイーンさん!』
『気にすんな。カイドウさんへのプレゼントがどんな風に出来あがんのか、おれも楽しみだからよォ』
なんてノリで一番重要だった材料を確保してくれたクイーンには感謝ばかりだ。
……まぁカイドウへのプレゼントの為にと嘘をついて用意してもらったのでその後カイドウへのプレゼントも作ることになったが、カイドウが喜んでいたので良しとしよう。
そうして計画が失敗しないよう丁寧に作業を進めて、漸く準備が整ったのは私が十四になる数日前だった。
思ったより時間はかかってしまったが、この出来ならきっと大丈夫だ。
……あとは、
完成品の一つを持って、計画の中枢を担ってもらうことになる人物の所に向かう。
──あの人に会うのは、好きではなかった。
優しくされる度に、無関係の子どもを見る目を向けられる度に、目を逸らしている
だから仲良くする気はなかった。
情が湧いてもいけないと思っていた。
でも、その選択肢を選ばなければいけないと認めた今は違う。
「こんな時間に来るなんて、どうかしたの?」
珍しいと言いたいのだろうその人に、私は笑顔で口を開いた。
その人に対しては初めての、心からの笑顔だ。
「うん。ちょっとお願いがあるんだけど……良いかな、──トキさん」
そう。私は、心のどこかで気が付いていた。
そもそもトキが
わざわざ私が彼らを守る必要も、彼らが私に従う必要も無く、彼らは大団円を享受出来る。
二十年もの時間を費やして希望を待つより、幸福になったワノ国で過ごす時間が二十年増える方が余程良い。
ワノ国に慕ってくれる人々が沢山いる五人のことを考えればそうに決まっていると分かっていながら、目を逸らして彼らを縛り付けた。
それが、私自身の犯した罪。
「……言いたいことは分かったわ。けど、それはあまりにも危険すぎる。
もしカイドウやその部下に見抜かれでもしたら、彼の娘であるあなたでもどんな目に遭うか……!」
「それなら心配しないで」
能力の詳細はおでんに聞いたことにして『おでんさんたちを十四年後の火祭りの次の日まで飛ばして欲しい』とお願いした私を心配するトキに、私は座敷牢から見えない場所に置いてあった“それ”を見せた。
「!? おでんさ──……いえ、人形?」
「うん。これなら、顔が見えない限り人形とは思われないでしょ?」
後ろ姿だけ見れば死装束を着たおでんにしか見えない“それ”──人形に驚くトキを見て、少しだけ安心する。
何ならカツラは誰かに頼む事も出来ないのでこっそり一人で買いに行ったのだがそれも大変だった。
地下の小部屋にいてもらえばいい護衛三人はともかくとして、カイドウに見つからないよう遠征の日を選び、部下たちの目を盗んで街に降りる為に犬のフリをし、どこにあるのかも分からないかつら屋を探し、夕食の用意に間に合うよう急いで帰り。……これですぐに人形だとバレていては骨折り損にも程がある。
「これを袋に入れて、牛マルさんたちの死体ってことを匂わせて捨てるつもりなんだ」
「で、でも重さでバレてしまうんじゃ……」
「それについても、頑丈で重みのあるビーズ……えっと、綿の代わりになる物を、パパの部下の人にお願いして開発してもらったから。
触った感じの硬さも人間くらいはあると思う」
だから心配しないで。
そう言って笑う私に、けれどトキは
「そうしたらあなたは、一人になる」
「パパがいるから一人じゃないよ」
「……あなたとカイドウたちの望む未来は違うじゃない。私は、あなたの心が心配なの」
……“おかあさん”だなぁ。
ワンピース世界の母親らしい、強くて優しくてあたたかい人。
ふとそんなことを思ったから、私はまた笑った。心から、笑った。
「大丈夫。皆が無事に未来に行ってくれることが、私にとっての救いになるから」
──だって、こんな良い“おかあさん”なら尚更幸せになるべきだ。まだ犠牲になっていない時間を、彼女の愛する人たちと幸せに過ごすべきだ。
「……本当に?」
「うん!」
「私たちの為に死ぬ気じゃないのよね?」
「死なないよ。……約束する」
「………………分かった」
「!! ありがとう!」
やった!
トキの了承が一番の難関だと思ってたけど、上手くいった!
……これで、これで大丈夫だ。
おでんとトキは子どもたちと家族で幸せを謳歌出来るし、三人も民や友人と再会できる。
おでんと、モモの助と、日和と。四人で幸福な日々を過ごしているのを想像して嬉しくなった。安心した。
やっぱり、これが最善策だ。
□■□
あとは簡単だった。
いつも私から食事を受け取っている四人は、今更食事を警戒したりしない。
予めクイーンに作ってもらっておいた無味無臭の超強力睡眠薬を食事に混ぜて、眠らせて。
護衛の中で最後まで意識を保っていた牛マルには「何故」と言われたけど、それには答えなかった。
「……最初から、貴方達を愛したことなんてなかったよ」
どれだけ彼らを大切に想っても、愛してはいけないと知っていたから。皆を大切に想う気持ちに愛と名付けたら、その分全てが苦しみになるだけだと知っていたから。
だから違う。
この気持ちは、愛であってはいけない。
溢した言葉は牛マルに言ったのか、自分に言ったのか。
分からなくなりそうになりながらも三人を台車──所謂お散歩カートのような物──に乗せて、おでんの所へ向かって。
薬を盛られたと気付いても、注射を打たれても、おでんは私を憎まなかった。
それどころか私がしようとしていることを見透かしたかのように「一緒に罪を背負うことは変わらない」なんて言って。
「なんで」
なんで、騙されてもそんなことを言えるの。
なんで、恨んでくれないの。
なんで、そんな優しい目でこっちを見るの。
……なんで、お別れしたくなくなるようなことを言うの。
そんな感情の詰まった『なんで』を半ば無意識に吐き出して、その先を紡げないままでおでんは瞳を閉じてしまった。
…………静かになった座敷牢で、おでんを抱えて台車に乗せて、台車の車輪の音だけが響く通路を歩く。
それが何故か異様に長く感じて、ゴロゴロと転がる車輪の音が厭に煩わしい。
だからそのせいで少し、ほんの少しだけ足を止めたくなった。
……一歩一歩が重い。
止まりそうになる。
引き返したくなる。
涙が出そうになる。
……全部全部、車輪の音が
何も五人をゴミ箱にさよならするということではない。
行く先は幸福な未来なのだから……さしずめハッピーエンドにさよなら、といった所だろうか。
でもそれだとハッピーエンドとお別れするように聞こえるなぁ。
どうでもいいことを考えてみても、残念ながら気は紛れてくれないし足の重さも変わらない。
けれど、進まなければならないから。
一歩一歩。進んで、進んで、進み続けて。
漸く辿り着いたトキの座敷牢で、いよいよ彼女の首輪を外した。
「……じゃあね、トキさん」
「ええ。……約束、忘れないでね」
「うん」
またね、と言われたから、私もまたね、と返して手を振る。
彼女は最後まで心配そうな表情をしていたけれど、私の返事を聞いて少しだけ安心したような顔になって。
それから、消えた。
……これで大丈夫。
皆が笑える未来が待っているから。これで皆、絶対に助かるから。幸福が約束されたから。
…………だけど今は。今だけは。
「……ッ、う、」
──泣いたって、赦されるかな。
ハッピーエンドにさよなら
ハーメルンを最もよく開くのは大体何時頃ですか?(投稿時間の参考にするための質問です)
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夜中(23時〜5時)
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早朝(5時〜7時)
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朝頃(7時〜12時)
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昼頃(12時〜16時)
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夕方(16時〜19時)
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夜(19時〜23時)