戦闘開始から約三十分。戦局は中々良い具合に停滞している。
……と思っていたのだが、途中からカイドウが目に見えて苛ついてきていた。
「壊ふ──“
なんて風に、先程からちょいちょいうっかりでスワロー島を破壊しそうになっている。ヤバい。
うっかりのフリとかではなく、明らかに本気のうっかりなのがより恐ろしい。
このままではカイドウもしくはキングから「スワロー島破壊してもいいよね!」と言われかねないし、そんなことを言われたら私の立場としては首を縦に振るしかなくなる。
そう考えたので、カイドウには申し訳ないが先手を打たせてもらうことにした。
「パパ、もしかして私のためにスワロー島を壊さないようにしてくれてるの?」
「あ、あァ、そうだ」
「わぁ! やっぱりパパは凄いね! ありがとう!!」
「……ウォ、ウォロロロロ!! 当然だろォ!!」
カイドウの声が震えていた気がしないでもないけど、私は子どもなので何も分かりません。
「キング。もしおれが耐えきれずにスワロー島を壊しかねねェ技を撃ちそうになったら、その瞬間おれを吹き飛ばせ」
「……分かった」
そんな会話も聞こえた気がしないでもないけど、私は子どもなので何も分かりません。
と、カイドウが困っているのに気付かないフリをしつつ、ちらりと太陽の方を見やる。……もう三十分もすれば、日は完全に落ちきってしまうだろう。
つるたちはカイドウ達に無視されない程度に攻撃の意思を見せてはいるが、基本は防戦一方。カイドウも苛ついてこそいるものの、余裕が無くなっているわけではない。
救援が来るまでの時間稼ぎなのだろうからつるの戦い方は最善だと言えるかもしれないが、もう少しカイドウの余裕を無くしてほしい私にとってあまり都合が良いとは言えない状況だ。
もしかすると救援が来る前に私が離脱出来る程カイドウの余裕を無くしてくれるのではないかと淡い期待を抱いていたのだが、全勢力を引き連れている訳ではないとはいえ四皇は四皇。
目の前の戦闘に単騎でも十分過ぎるほどにバケモノなのだと改めて実感している今、寧ろ三十分も凌ぎ続けているつるたちは本当に凄いと思う。
船を壊さないよう戦う為どうにか陸地に上がりたいらしくもう数百メートルの距離まで敵船に近づいているので、余波でスワロー島を傷つけないようにとカイドウが気を付けているのもあるだろう。
しかしそれにしたって流石(もう既にその称号を与えられているかもしれないが)未来の大参謀だ。
さて私はというと、今は向こうの船から見えない位置──キングの陰に隠れている。今私の存在が海軍に知られることはリスクしか生まないことを理解しているカイドウが、一番信頼しているキングに私を守るよう命じたのだ。
つまりカイドウはキング抜きで本部中将クラスの軍艦を相手取って、手加減しながらも終始無傷なわけである。
ロジャーの時代を経験してきた本部中将クラスの軍艦なんて経験からしても実力からしてもそこらの中将とは比にならない程厄介だろうに、冷静に考えればとんでもない話である。カイドウならそりゃあ出来るだろうけど……と思えてしまうのがまたとんでもない。
日没までに救援が来ることだけでもかなり望み薄だと言うのに、カイドウを苦戦させられる程の実力者など本当に来られるのだろうか。……やはり現実的とは思えない。
こうなったらどうにかカイドウを誘導してスワロー島に上陸させるしか……いや、一か八かで『私は邪魔だろうから先にミニオン島に逃げる』と言ってみる?
どちらも成功するとは思えなくて、ロシナンテの回収は諦めるべきかと強く手のひらを握りしめた、その時。
「ッ!!」
「──“
「“
カイドウが獣型になった直後突如聞こえた声に半ば被せるように、カイドウが上空へ熱息を放った。
確かに誰よりも早く救援に来られるし、カイドウの相手も出来るとは思うが…………まさか、この男が来るなんて。
「今のを避けるか」
「お〜〜…………。わっしの到着を直前で察知して、その上攻撃を防ぎつつ反撃……噂通りのバケモノだねェ〜」
トン、とこちらの船に降り立った男──ボルサリーノは、それだけ言うと眩く光り、次の瞬間にはつるたちの軍艦に移動していて。
考え得る最高の救援に心の中でガッツポーズをしていると、カイドウがチラリとこちらを見た。
カイドウも今の一瞬でボルサリーノの実力を察したのだろう。恐らく、私を守りつつ船を壊さないように立ち回る方法を考えている筈。
──つまり、今がチャンスだ。
「パパ、多分私はここにいたら足手まといになっちゃうと思う。
稽古をつけてもらってる分私だってある程度なら自衛できるし、他の島に避難してた方が良いんじゃないかな」
キングの陰から出てそう告げると、人獣型に戻っていたカイドウは眉間にシワを寄せた。
「正直、おれもアレを相手におめェや船や部下を守り切る自信はねェ。
だがなぁ……海軍のやつらは随分と神経質になっていやがる。この状況でおれの船から出ていくやつを見逃すとは思えねェぞ」
しかし私は、自信たっぷりに見えるようにカイドウに微笑んだ。
「大丈夫、それについてはいい方法があるから」
「……お前がそう言うなら信用するが…………一つ、条件がある」
□■□
「本当にお前一人で救援に来るとはね」
一通り現在の状況と戦略、作戦の方向性について共有し終えた所でボルサリーノにそう伝えると、ボルサリーノは困ったように眉根を下げた。
「船に乗って来ちゃァ間に合わんかったでしょう。……それとも、わっし一人じゃご不満でェ?」
「いや、本当に助かったよ。情けない話だが、あたしたちだけじゃ夜明けまで持ち堪えられるかどうかも怪しかった」
「謙遜するもんじゃありませんよォ〜。わっしみてェに戦闘特化の能力でもないおつるさんが、アレ相手にここまで持ち堪えただけでも充分とんでもねェことでしょうに」
「そう言ってくれるのは嬉しいね。……だが……」
黄猿は本気でそう思ってくれているらしいが、あたしはどうしてもその賛辞を素直に受け取ることが出来ない。
先程から、カイドウの戦い方に妙な違和感を覚えているのだ。
「恐らく、カイドウは全力を出さないように戦ってるよ」
「……手加減をしているとォ?
センゴクさんから多少の事情は聞きましたがァ……“重要な取引”ってヤツは、この島で行われるわけじゃあねェんでしょう。ヤツらに手加減をするメリットがありますかねェ〜?」
「そこまでは分からないが、お前が来るまでは獣型にすらならなかったし、あんな技も撃ってこなかった。抑えた戦い方をしてるのは事実さ」
「なるほどォ……そりゃァまた、気味が悪いですねェ〜……」
黄猿が言った『気味が悪い』という言葉に深く頷く。
どれだけ考えてみても、カイドウがあんな戦い方をする目的が読めないのだ。
例えばこちらの後方にある島がルーベック島であったならば取引の為に島へ被害を及ぼさないようにしている可能性もあったが、ここにあるのは取引と何の関係もないスワロー島。
オペオペの実を持つディエス・バレルズが居るわけでもないこの島に気を遣って戦う必要はカイドウには無い筈だ。
それにカイドウが最初からスワロー島に向かって来ていたならともかく、やつらが最初に向かっていたのは間違いなくルーベック島だった。
いつものカイドウであれば、間違いなくスワロー島を破壊することも厭わない戦い方をしていただろう。
ここに来る予定のドフラミンゴと何かしらの取引がある……? いや、それもおかしい。
同じ四皇の白ひげならともかく、相手はあのカイドウだ。取引があるならば、目的の邪魔となり得る我々海軍など容赦なく潰しに来そうなものだというのに。
……そういえば。
そこでふと頭を過ったのは、カイドウたちとの戦いが始まる前のことだ。
あの時カイドウは殺気こそ放ってきたが、こちらへの攻撃の姿勢は見せてこなかった。今考えてみれば、その行動もカイドウらしいとは言えない。
まるで──、
「──事を荒立てたくなかった……?」
カイドウとドフラミンゴの間にあるものが、“取引”ではなく“因縁”ならば。
その予想が浮かんだ途端、これまでバラバラだったピースが次々と頭の中で繋がっていった。
オペオペの実の取引があること、その横取りをドフラミンゴが狙っていることをどこからか嗅ぎつけたカイドウは、ルーベック島に潜み、ドフラミンゴたちが出てきた所でそれを叩き潰す予定だったのではないだろうか。
そうすればドフラミンゴを潰し、その上オペオペの実まで入手することが出来る。
しかし百獣海賊団がルーベック島近辺で騒ぎを起こせば、ドフラミンゴにその存在がバレて逃げられてしまうだろう。
つまりカイドウは手加減をしていた訳ではなく、目立たないようにしていたのだ。
……なんて、全て憶測に過ぎないが、誰かに共有しておくだけの価値はあるかもしれない。
そう考えてボルサリーノに声をかけようとした瞬間、人獣型に戻っていた筈のカイドウが再び大きな龍に姿を変えた。
「全員構えな!」
一瞬息を吸い込むようなあの動作。あれは先程、ボルサリーノの八尺瓊勾玉を呑み込んだ技を放とうとした動きと同じだ。
この距離でこちら目掛けてあれを放たれたら──と血の気が引きかける、が。
「“
「“
カイドウ、そしてこれまで前線に出てこなかったキングは、上空からこちらの船と自分たちの船との中間地点の海に境界線を引くように同時に攻撃を放った。
一体何を、と疑問が湧いたのも束の間。一拍置いて百獣海賊団の船から、二人が放ったのと同じような位置へ向かって冷気のようなものが大量に放たれて、そこで漸く奴らの狙いに気が付いた。
「ッ蒸気霧か……!!」
二人の技で海の温度を上昇させ、そこに冷気を放つことで局所的な霧を形成したのだ。
その上狙ってのことなのか風下はこちらで、覆い込むような霧に一気に向こうの船が見えづらくなってしまって。
「どうやら随分と知恵が回るやつがいるらしいねェ〜……!」
逃亡か奇襲か。
どちらにしても対応しづらい状況にどうにか落ち着いて見聞色を発動させると、カイドウらしい気配が物凄いスピードでこちらに接近してきていた。
軍艦に突っ込んでくるかと身構えたが、予想に反してこちらの船の上空を通り過ぎたカイドウは、上空で人獣型に戻りズシンと島に着地して、それからこちらを見た。
その表情を見て脳が感じ取ったのは本能的な恐怖。生存を脅かす者の存在を知らせる、喧しい程の警鐘だ。
────さて。
霧を発生させつつ海軍の意識をカイドウのみに集中させることで気付かれることなくミニオン島に向かうことが出来た少女の作戦は、この時点では大成功と言って良いだろう。
しかし彼女は一つ、決定的な勘違いをしていた。
カイドウの主な戦闘スタイルは“防衛”ではなく“蹂躙”である。
故に島を壊さぬようにしながら少女や船や部下に気を遣って戦うのは、確かに普段とは比べ物にならない程カイドウの力を抑制してはいた。
だがカイドウがやりにくさを感じていた一番の原因は、そのどちらでもない。
そもそも彼女が思う以上にヤマトを大切に思っていたカイドウは、あの日──目の前で忍を殺した日のヤマトの顔を、その後の様子を、今も鮮明に覚えていた。
人間の死で心に傷を負った愛娘が、最近になって漸く元気になってきた。
それなのに、同じような光景を見たらまた傷付き塞ぎ込んでしまうのではないか。
そう考えたカイドウは、海兵を誰一人殺さぬように、木の枝を折らずに曲げるような心持ちで戦っていたわけで。
……つまるところ、カイドウが戦いにくさを感じていた一番の要因は『ヤマトがこの場にいること』そのものだったのだ。
船の心配をしなくて良い。
島側に立っている今、スワロー島を破壊するリスクも減った。
そして何より、最も心を配るべき存在の避難は済んだ。
それだけ枷を外されたカイドウの力が“敵”との戦闘時にどれほど膨れ上がるのか、“娘”としてしかカイドウの力を知らない彼女は見誤っていたのだ。
愛娘が避難した安心感からか、枷の落ちた開放感からか、蹂躙を赦された高揚感からか、はたまたその全てからか。
愉快そうに。
楽しそうに。
子どものように。
「────簡単に死ぬんじゃねェぞ、政府のイヌども!!!」
鬼が、笑った。
ハーメルンを最もよく開くのは大体何時頃ですか?(投稿時間の参考にするための質問です)
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