ボルサリーノとカイドウが戦い始めてから、どれ程の時間が経っただろうか。
戦況はカイドウが優勢ではあるものの、決定的な一撃は未だ入れられていない。
ボルサリーノが近距離攻撃と長距離攻撃を混ぜ始めたことにより、より動きの予測がしづらくなったのだ。
「中々やるじゃねぇか」
「わっしの攻撃が効いてる素振りも見せねェで、よく言うよォ」
「そう言うな。おれを相手にここまで長い間一人で耐え抜けるやつなどそうはいねェぜ?」
「拷問だの死刑だのが通用しないと聞いちゃいたが、噂通りのバケモノじみた防御力……。まったく嫌になるねェ」
レーザーをものともしない防御力も、ずば抜けた攻撃力も、ふざけた反応速度も、凡そ人間とは思えない。
なんてボルサリーノは考えていたが、その怪物の攻撃を避け、防ぎ、あまつさえ攻撃を放つ余裕のあるボルサリーノも、端から見れば大概なバケモノである。
だがカイドウは『最強生物』の名を
それこそ覇王色の覇気を纏った一撃でも食らわせなければ、傷跡すら残せはしないわけで。
互いに決定打を放てないまま、しかし気を抜けば崩れるような均衡は、思わぬ形で終焉を迎えた。
「カイドウさん!!」
──キングがやって来たのだ。
「何だキング、今良いとこだぞ」
「ミニオン島に海軍の軍艦が数隻近づいてきてる」
「……あ゙?」
途端、カイドウの雰囲気が変わる。
先ほどまでの機嫌良さげな雰囲気はどこかへと消え失せ、重くのしかかるような殺気がその場を支配した。
「……あいつはどうした。置いてきたのか」
「一旦隠れさせた。海軍の目的が分からねェ以上、ここまで連れてくるのはリスクが高過ぎる」
「あァ、
……なぁキング。まさかとは思うがよ……」
「──こいつら、“あいつ”を狙ってるわけじゃあねェよな?」
瞬間、殺気に乗せて放たれたのは強烈な覇王色だ。
遠慮も加減も無く、覇気だけでこちらを殺しにきているのかと錯覚するほどのそれはとんでもない威圧感だが、海軍本部中将の地位は伊達ではない。
怯むことなくそれに耐え抜いたボルサリーノの脳内にあるのは、しかし恐怖ではなく困惑である。
“あいつ”というのが何のことか、ボルサリーノには検討もつかないのだ。
仮に“取引”とやらがカイドウの逆鱗に触れるものであったならまだ納得できるが、センゴクですらカイドウ襲撃の心当たりは無さそうだった。
冷静に考えてみれば、そもそもワノ国に籠もることの多かったカイドウが最高機密扱いの取引についての情報を得た方法も謎のままで。……つまり。
「お前ら、取引の情報を聞いてここに来たんじゃねェのかァ〜……?」
「……取引?」
もしかして自分達は、何かとんでもない勘違いをしているのではないだろうか。
覇気を収めて怪訝な顔で疑問符を浮かべる目の前のバケモノを見て、ボルサリーノの頭の中を嫌な予感が埋め尽くした。
□■□
視界が霞む。
意識が遠退く感覚がする。
だが、まだ。まだ駄目だ。
ちゃんと遠くに逃げられるように。
奪われるばかりだったあの子が、もう何も奪われることのないように。
もう少し、もう少しだけ、耐えなければ。
──ふと、少女との取引を思い出した。
もうすぐ死んでしまう自分にはもう知りようのない話だが、あの少女は本当にローを助けてくれるのだろうか。
可能性が低いことが分かっていても、この状況では縋ってしまいたくもなる。
……神なんざ信じちゃいない。
でも、今だけは祈らせてほしかった。
どうか……
意識が落ちる直前、何故か寒さが和らいだ気がした。
□■□
般若の面を着けた少女が、おれの手を引いてどこかへと駆ける。何やら酷く慌てている様子なのは分かるが、珀鉛に蝕まれている上涙の止まらないおれにはそれを拒む力すら残っていない。
何より、少女に敵意を感じなかった。きっとコラさんが死んでしまったことを知らないから、律儀に取引の条件を守っているのだ。
爆撃の音が絶え間なく響き続けている場所から随分と離れた辺りで、漸く少女はおれの手を離した。
「このロープをつたって降りた先にあなた達の乗ってきた小舟がある。それに乗っておいて、爆撃の音が止んだらすぐにこの氷で出来た犬について行くこと。
この犬が消えるまではあなたの病気の症状は和らげておいてあげるから、できるだけ早く能力をものにして病気を克服してね」
私にできるのはここまでだから。
その言葉で言いたいことを全て言い終えたらしい少女は、そのまま霧に紛れるように姿を消してしまった。
……少女の言った通り、珀鉛病の症状は大分和らいでいて。
おれは言われた通りに舟に降りると、能力の使い方を模索し始めた。
涙腺が壊れたみたいにぼたぼたと溢れる涙を止めないままで、必死に。
生きなきゃ。
生きなきゃいけない。
コラさんが何のためにおれを生かしてくれたかも、愛してくれたかも分からない。
分からないけど、あの人の繋いでくれた命をここで終わらせるわけにはいかないと思ったから。おれがここで死んだら、あの人の意思まで死んでしまうと思ったから。
ただがむしゃらに、生にしがみついた。
──珀鉛に蝕まれる手を全く嫌悪せず握った少女の手の温かさに気付いたのは、それから随分と先の話だ。
□■□
やることが……やることが多い……!!
某漫画のスピンオフの彼の気持ちが今はとてもよく分かる。
原作の強制力なのかドフラミンゴの行いなのか予定調和の如く現れた軍艦数隻の存在をキングに知らせ、それとなくカイドウに報告する方向に誘導。まずこれに骨が折れた。姿を隠す系の技を開発していなかったら恐らくもっと大変だった。
そしてキングを見送ったら道案内の技を使いロシナンテを捜索。タイミングを見計らって気絶はしても死にはしない程度に治癒を行う。これについては遠隔でできるので、並行してローの道案内もして、他の海兵やらにロシナンテが発見される前に姿を隠しながら大急ぎでロシナンテを回収して、キングが帰ってくるまでに元いた場所まで戻って姿を隠して……忙しい!!!
今現在気を失ったロシナンテを背負ってズルズルと引きずるように移動していることにすら段々イライラしてきた。別に重くはないが何だ約三メートルって。ふざけた図体しやがって。
……まぁ助かったのは良かった。
状況につけ込んで詐欺まがいの取引を持ち掛けたのは申し訳ないと思っているが、こちらも護衛欲しさに助けている訳だし、何より私の治癒能力はそれほど便利ではない。
というのも、大口真神はあくまでも
故にワノ国の敵と一緒に戦ってくれる──つまり
因みに手下や部下ではなく「“奴隷”になれ」と言ったのは、手下や部下扱いにしたら「ドフィを止めねェと」とか「おれの知ってる情報だけでもセンゴクさんに」とかしかねないと思った為である。ドジな割に優秀だし、手下や部下程度の自由を与えてうっかりにでも連絡されてしまっては困るのだ。
なお、ローに関しては将来ワノ国の味方として戦うことを知っているからか味方判定で通った。いいのかそれで。
「“
山積みタスクをこなしてロシナンテを引きずりながらもどうにか漸く
まぁ姿を隠すと言っても強い冷気で過冷霧のようなものを発生させ続けているだけなので半径数メートル以内というごく限られた範囲しか隠せない上、そもそも寒さに耐性がない人間の内
さて、先程辺りを確認した感じではまだキングは見えなかったし、今の内にロシナンテの治療をもう少し進めておこうかな。
そう考えてロシナンテの方へと手を
「“
“
銃弾を取り除き、致命傷レベルの傷と骨折などの体内損傷のみを治療する。カイドウ達には加護の存在は教えていないし、服は血
造血補助まではしなかったが、今意識を取り戻されても困るので一旦はこれで良いだろう。
後はキングを待つだけだとその場に寝転んで、私は一つ息をついた。
…………つ、疲れた…………。
精神的にも体力的にもヘトヘトである。正直もう何もしたくない。
しかしもう私がここでやるべきことはないし、後はゆっくり休むだけである。カイドウが不機嫌になってさえいなければ。
ご機嫌取りしなきゃいけなかったらやだなぁなんて考えながらぼんやりと霧を眺めていると、不意に私の懐の電伝虫がプルプルと鳴いた。
……なんか、物凄く嫌な予感がする。
「も──」しもし、と言いかけた声に被せるように、簡潔な一言が聞こえた。
『喋るな。ここからの会話は、肯定は一度、否定は二度、それ以外なら三度受話器を叩け』
なるほど、近くに海軍がいるのだろう。聞こえた声はカイドウの声だったけど……ボルサリーノたちは生きてるのかな。私の声を聞かれる危険性を感じてるってことは生きてるか。
まぁ次期大将、それもあのボルサリーノが相手なら流石のカイドウも相当苦戦する筈だし、意外と結構ボロボロになってたりするのかも?
カイドウがボロボロになってる姿なんてそうそう見ることも無いだろうし、ちょっとだけ見てみたい気持ちもある。
思考の渦をぐるぐると回しながらも受話器を一度叩くと、カイドウは少し安心したように一つ息をついて、再び話しだした。
『実は困ったことになっちまってな。……キングをお前の迎えにやれなくなった』
え、と出しかけた声を慌てて呑み込む。どういうことだ。
『何でも海軍のやつら、取引があるとか何とかでピリついてやがったらしくてよ。おれは観光に来ただけだっつったんだが、流石にそれを信用しきる訳にもいかねェらしい。
しかし迎えをキングに任せて海軍のやつらを足止めしようにも、一人厄介なのがいやがる』
あ〜……キングとカイドウの会話でオペオペの実を狙ってる訳じゃないってバレちゃったんだろうな。
海軍側としてもあんな化物と戦わなくて済むならその方が良いだろうし、そりゃあオペオペの実狙いじゃないと分かったら停戦にもなるか。
まぁ元々一人でミニオン島に来て一人で帰るつもりだったし、全然構わないんだけど。
『だからよォ、おれがこいつら全員殺すまでそこで待たせることになっちまいそうだ。問題ねェか?』
……ん??
待っ、ちょ、んん???
全、殺、は!??!?
冗談だと思いたかったけど絶対違う。
カイドウ絶対本気で言ってる。
『おいおい、話が違うんじゃねェのかァ〜……?!』
『大人しくしていろ。カイドウさんは今忙しい』
アッ後ろですっごいバチバチに戦り合い始めちゃったぁ〜〜〜……!
困惑している場合ではないと、私は慌てて受話器を三度叩いた。
このままじゃ海軍の皆さんが本当に不憫なことになってしまう。いやもう既に充分不憫な状況ではあるけども。
『あァ? 何か問題が……まさか、もう海軍のやつらがお前に危害を──』
違う違う違う違う違う!!!!!!
謂れのない罪で海軍が滅ぶ前に受話器を二回叩くが、本当は連打したい気持ちである。勘違いで戦争を始めようとするんじゃありません。
『違ェのか。じゃあ………………お前、一人で帰るとでも言うつもりか?』
暫く私の言わんとすることを考えていたらしいカイドウは、訝しげな声でそう問いかけてきた。良かった伝わって。
そう安心しながら一度受話器を叩いたというのに、カイドウは即座に「ダメだ」と告げた。
『ただでさえその辺りは海軍が
……この感じでは、喋らないままでの説得は不可能だろう。
キングとボルサリーノの戦いも盛り上がっているようだし、今なら少しくらい話してもバレない筈だと考えて、私はぽつりと呟いた。
「信じてくれないの……?」
『!!? い、いや、違う。そういう訳じゃなくてだな……!!』
途端に慌てだすカイドウ。いつものことではあるが、四皇がこんなにチョロくていいのか。
日に日にチョロさが増していっている気がしないでもないカイドウの言い訳を聞き流しながら無言を貫いていると、漸くカイドウが苦々しげに声を出した。
『……分かった、分かったから無視は止めてくれヤマ……止めてくれ』
今うっかり名前呼びかけなかった??
想像以上に動揺しているカイドウに若干の申し訳無さを感じながら、私はコツンと受話器を叩く。
『その代わり、何かあればすぐに連絡しろ。必ずだ。良いな』
それにもう一度受話器を叩く……が、カイドウはまだ何か言いたそうだ。何か他にも伝えたいことがあるのだろうか。
『やっぱりおれが海軍のやつらを潰しちまった方が安全だと思うんだが……』
コンコンッ!! と強めに受話器を叩いて、私は通話を終了させた。
さて。そもそも加護対象と私だけでの移動なら、“
問題は船だが……と考えかけて、海兵たちの声が耳に入る。……うん、あれで良いか。
□■□
男は実力のある海兵だった。その上正義感も人一倍で、その正義感の為に危険を承知で海軍にまで入隊した程だ。
そんな男が茂みで蹲る一匹の小さな犬を見つければ、思わず足を止めてそちらに駆け寄ってしまうのは最早必然である。
「おい、どうした」
「いや……悪いが先に行っておいてくれないか。すぐに追いつく」
「……気をつけろよ」
こちらを心配する仲間の海兵に先に行くよう促したのは、一目見てその犬──否、狼の珍しさを理解したからだ。
左脚の一部が欠けてしまっているその狼は、全身が氷で出来ていた。恐らく、その珍しさと美しさ故に誰かに狙われたのだろう。
「大丈夫か?」
言葉が通じないと思いつつもそう言葉をかけて怪我の様子を確認しようとする私に気が付いたらしい狼は、よろよろとその場で立ち上がった。
「おっ、おい!」
狼に私を警戒した様子はない。だというのに足を引きずりながらどこかへと向かい始めた狼に焦る私を一瞥して、狼はどこかへと進み続ける。
……ついてこいと言いたいのだろうか。
怪我を心配しながらも恐る恐る狼の後を追う。霧の中に入っても迷う様子の無いまま歩いていく狼は、一人の少女の前に辿り着いて漸く足を止めた。
「助けを呼んできてくれたんだね、ありがとう」
そう礼を告げて頭を撫でられた狼は、その場で溶けるように消えてしまって。
「君は……?」
「…………お兄さんは、私たちを攻撃したりしない?」
少女は酷く怯えた様子だ。
状況が状況であるためについ警戒してしまったが、少女からすれば突然現れた大人なんて怖いに決まっているだろう。
心の中で反省しながら「勿論だよ、私は海兵だからね」と返すと、少女は安心したような表情をして、それからへにゃりと眉を下げた。
「……突然知らない人に襲われて、お父さんが……っ、ぐすっ……!」
……何故今まで気付かなかったのだろう。
じわりと涙を浮かべ始めた少女の言葉で彼女の背後に転がっている大男に気が付いた私は、少女を安心させるようにしゃがんで目線を合わせた。
「大丈夫。君もお父さんも、絶対に助けるからね」
「……ありがとう……」
ぐすぐすと鼻をすすりながら泣く少女は、きっと相当不安だったに違いない。
「私です。男と少女を一人ずつ保護しました、親子のようです」
それだけ連絡して少女の父親らしい血
……ちょうど霧も晴れたようだし、これなら迷うことなく帰れそうだ。
□■□
カイドウの言う“あいつ”とカイドウとの通信が終了してから数十分。
百獣海賊団とつるたちも停戦状態へと入りこちらへと来たが、今もなお、睨み合いは続いていた。
「その“あいつ”ってのに従ったのかい? カイドウが?」
「わっしにゃあそう見えましたねェ〜。
向こうの声は聞こえませんでしたが、その相手との連絡が終わってから急に攻撃の意思を無くしましたから」
そんじょそこらの人物ではカイドウの説得などできるわけがない。
しかし通話の相手は実際あのカイドウに、キングを含めた百獣海賊団全体へ停戦の指示を出させている。
「声も聞こえないようにするとは徹底してるね。……カイドウの弱味ってわけか」
「お言葉ですがねェ、そりゃあ間違いだと思いますよォ〜」
間髪入れずに否定したボルサリーノに、つるは首を傾げた。
「じゃあ何だって言うんだい」
「……触れちゃならねぇ、“逆鱗”ですかねェ……」
あの時の覇気を正面から受けたボルサリーノは確信していた。
あの通話相手は、カイドウを人間たらしめる杭だ。
もしそれを傷付け、あまつさえ損なうようなことがあれば、その瞬間カイドウは迷うことなく人間らしい部分を捨て去るだろう。
……あの化物が、戦いでは正々堂々を好む姿勢も戦いを楽しむ姿勢も失って、ただ殺戮のみを目的に動き出したら。
考えたくもないが、実現する可能性は十二分にある。
一体何者なのかとボルサリーノ達が考えかけたその時、つるの部下の一人が驚いたように報告をしてきた。
「つっ、つる中将!
海軍の軍艦が一隻こちらに向かって来ています!」
「何だって!?」
もしや援軍にでも来たというのだろうか。
つるは焦った。
折角停戦状態に入れたというのに、万が一にもここであの軍艦がカイドウに攻撃でもしたらどうなるか、想像に難くなかった為だ。
「すぐに電伝虫を持ってきな!!」
「はい!」
砲撃でもし始める前にと慌てて通信を試みて十数秒、やっと誰かが応答した。
『もしもし』
……聞き覚えの無い、少年の声だ。
しかし誰だとつるが問いかける前に、その少年は言葉を続ける。
『この船は今占拠されています。……おれは通信の為に無事でいさせられている状態です』
そう答えられて、つるは先程『少年を保護した』という連絡が全体に行われたことを思い出した。恐らくその少年が今、人質兼メッセンジャーとして使われているのだ。
『おれに通信をさせている相手は、「カイドウにこの船を攻撃しないように伝えろ」と言っています』
「分かった。……怖いだろうけど、もう少し耐えとくれ」
つるがそう告げると、少年の返事の前に通信は切られてしまった。
「カイドウ! あの軍艦を占拠してるやつが、『この船を攻撃しないように』だそうだ!!
確かに伝えたよ!!」
そう叫ぶと、カイドウの指示でキングが獣型になった。
罠だと勘違いして、あの軍艦を破壊しようとでもしているのだろうか。
そんな考えが一瞬つるの頭を
……船にいる人物と何かを話しているようだが、望遠鏡を覗いてみても霧のようなもののせいでその相手は全く見えない。
漸く話が終わったかと思えば、キングは人間らしい黒い塊を乗せて戻ってきた。……いや、あの黒い物はどうやら上着のようだ。
それを一瞥したカイドウは何か一言ぽつりと告げて、黒い上着のみを持ち上げ肩に乗せ、また何かを話す。
カイドウ自身も気を付けているのか内容までは聞き取れず、つるたちは緊張した面持ちでその会話が終わるのを待っていた。
もしあの黒い上着を着ていた人物がカイドウの逆鱗だったとしたら、突然こちらを攻撃してきてもおかしくは無いのだ。
だが会話を終わらせたカイドウは、攻撃しようとする素振りを見せることなくこちらへと向き直った。
「それじゃあおれ達は帰るとするが……そこの海兵。名前は」
「……ボルサリーノ」
「そうか、覚えておく。中々楽しかったぜ」
「…………光栄だねェ……」
結局最後までダメージを負った素振りも無く帰っていったカイドウを見ながら、ボルサリーノがつるに話しかける。
「……追いかけなくて良いんで? カイドウ達がその取引する予定だったモンを奪った可能性もあるんでしょう」
「バカをお言い。カイドウが何かを奪いに来たんだったら、あたしらなんてさっさと殺して島に乗り込んでるとこさ」
ボルサリーノはつるの返事を聞いて胸を撫で下ろした。誰も好き好んであんな怪物を追いかけたいとは思わない。
去っていく台風をわざわざ追いかければどうなるかなんて、考えるまでもないのだから。
□■□
軍艦での取り調べを終えた少年──ドレークは、ぼんやりとあの日のことを思い出していた。
泡を吹きながら倒れていく海兵。
霧に紛れてこちらへ近づいて来た誰か。
こちらからの警戒などものともしない“それ”が命じたのは、メッセンジャーの役割だ。
メモ越しに伝えられた命令を見るに、恐らく海軍に声を聞かれたくなかったのだろう。
一瞬で海兵たちを気絶させた相手に敵う筈もないと命令に従ったものの、迎えらしい黒いラバースーツの男と目の前で話し始めた声を聞いてしまった時は、自分はこの後すぐに殺されるのだとすら思った。
事実おれの存在に気が付いた“迎え”はおれを殺そうとしていたようだが、それを止めたのは霧に紛れたその誰かで。
……声について、海軍に話しても良かった。
回収されたのが“大柄な男”だけであると勘違いしている海軍に、それが間違いだと教えてやっても良かった。
だがそれをしなかったのは──。
と、不意に、自分を客室に案内した海兵が問いかけてきた。
「なぁ君。もしかして、“女の子”の声を聞いたんじゃないか?」
驚いたこちらの様子を見てすぐに察したのだろう。海兵はそのまま続ける。
「私は彼女の表情を見たけれど……最後に一瞬、申し訳無さそうな顔をしたのが見えたんだ。
……君は、その子が悪人に見えたかい?」
重ねられた問いは、海兵自身も自分を信じ切れていないからだろう。
おれは少しの間考えて、しかし首を横に振った。
『巻き込んでごめんね』
──誠実な声色で告げられたそんな少女の言葉が、頭から離れなかったからだ。
「……そうか、ありがとう」
すると海兵はそう言って微笑んで、扉の方へと向き直る。
「じゃあ私はあの“大柄な男”を軍艦に運んだ戦犯として、精々つる中将に叱られてくるとするよ」
海兵の声がひどく穏やかだったのは、きっと気の所為では無いのだろう。
【裏話】
超絶善人モブ海兵さん(子持ち)はこの後少し階級を下げられましたが、あの軍艦に乗っていた全員に怪我はなく実質的な被害が無かった為、厳罰にはなりませんでした。(あの空間の平均値がバグっているだけで普通に強いので、この後更に実力を付けて原作開始時期には中将になっている。)
なお、もしあそこでモブ海兵さんが成主に危害を加えていたり、成主を船に乗せず別の手段で帰ろうとした成主が怪我をしたり、どうにか帰ってきた成主を海兵の誰かが視認したりしてしまっていたらうっかり全滅コースの危険もあったので、実は戦犯どころか一番良いルートを通った人です。
因みにモブ海兵さんは成主の顔やツノを見ているので、成主がカイドウの娘であることを何となく察しつつ「カイドウって案外親馬鹿なのかもなぁ」なんて正解をぶち抜いていたりもします。
ハーメルンを最もよく開くのは大体何時頃ですか?(投稿時間の参考にするための質問です)
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夜中(23時〜5時)
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早朝(5時〜7時)
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朝頃(7時〜12時)
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昼頃(12時〜16時)
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夕方(16時〜19時)
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夜(19時〜23時)