──火災のキング。
百獣海賊団における
その実力と悪名は折り紙付きで、自分のような海軍関係者はもちろん、一般人だって大半がその名を知っている男だろう。
さて。そんな悪名高い男、キングは今。
「……………………あァ、なるほどな。
てめェに生かしておく価値がねェってのはよく理解した」
おれの目の前で、ブチギレていた。
□■□
遡ること数時間前。
ミニオン島で負った怪我も無事完治したおれは、いつも通りキングからボコボコにされながらもどうにかこいつらに認められる程の実力をつけようと足掻いていた。
戦闘訓練の開始から約半月が経った今では漸く多少なら攻撃を避けられるようになってきたし、特に最近は何か、攻撃の前に……あっ。
「……貴様は、何故気を抜くとすぐにそうなるんだ」
戦闘訓練中、キングの攻撃を避け安心した直後に前の訓練でできた穴へと頭から突き刺さったおれを引っこ抜きながら、キングが呆れたようにそう溢す。
最初の訓練でドジって絶対零度の眼差しで「フザけるのも大概にしておけよ」と言われた時を思えば、随分と態度が軟化した方だろう。
「はァ……今日はここまでにする」
溜め息をつきながらおれに背を向ける男は、この修行が始まる前に簡潔に言えば「死んだとしても文句を言うな」という意味になる条件を提示してきた割には……なんというか、甘い。
ドジったらすぐに殺されるかと思えばそうではなく、休憩など与えず鍛え続けるかと思えばそれも違う。一日に十時間近く鍛錬していることを考えれば休憩の割合などごく僅かではあるが、それにしてもだ。
おれに好意的なわけでもなく、だというのに嫌悪するわけでもなく。しかし元々甘い性分ではないだろうに……と、悩んでいるのが伝わったのだろう。
「なんだ」
訝しげにこちらを見ながらそう問いかけてくるキングに、ちょうどいいかとおれはこれまでずっと抱えていた疑問を口に出した。
「いや、あんたがおれを殺さねェのが意外でな。最初の訓練でも言ったが……おれはドジっ子だからよ、すぐに見込みが無いと判断されると思ってた」
「……見込みが無いとは思わなかっただけだ」
目を逸らしながら告げられた言葉は全てが嘘というわけでもないのだろうが、嘘や誤魔化しも混じっているのだろう。
「本当にそれだけか?」
そう問いかけると、逸らされていた視線が睨みつけるようなものになって再びこちらへと向けられた。
「あまり調子に乗るなよ」
「あー、悪かった」
ふん、と不満げな様子のキングだが、この感じを見るにやはり、おれを殺さないのはあの少女の為なのだろう。
……突然現れて取引を持ちかけてきたと思えば、どうやったのか本当におれを助けた少女──ヤマト。
カイドウの娘だと知った時は大層驚いたものだが……それでも恩人であることは変わらない。
寝たフリをしている時に聞こえた海軍の軍艦にいた少年への謝罪からひしひしと伝わってきた律儀さを見るに、ローのことも本当に助けてくれたのだろう。
その上『奴隷』としてどう扱われるのかと思えば、あの百獣のカイドウ相手に駄々をこねおれの怪我が完治するまで約二ヶ月もの間訓練を延期させ、いざ始まった訓練の後にはこき使うでもなく心配そうに自らおれの傷を手当てし、何かを命令することもしない始末だ。
カイドウに随分と可愛がられているようだが、海賊にとっては稀有な、あの魔性にも似た善性──いや、純粋さだろうか。とにかくそういったものを持つ子どもに「パパ、パパ」とまっすぐ甘えられればそりゃあ可愛がりたくもなる。
そういうヤマトだからこそ、護衛候補のおれの訓練も処断も、カイドウの右腕であるキング自ら買って出たのだろうけれど。
「……あ、今日はお前もヤマトの所に行くのか?」
キングはいつもなら訓練が終われば自身の執務室かカイドウの部屋へ向かうので、城に入った後、途中からは別行動となるのが常だ。
だというのに今日は珍しくもよたよたとヤマトの部屋に向かうおれの背後を歩くキングを見て、おれはそう問いかけた。
「そうだが、何か不都合でもあるのか」
「いや、珍しいこともあるもんだと思ってよ」
そんなやり取りをしながらヤマトの部屋に声をかけるが返事は帰ってこず、数度声をかけてから「開けるぞ」とキングが告げて襖を開いてみても部屋には誰もいない。
まぁずっとこの部屋にいる必要も無いとは思うが、いつもおれの訓練が終わる時間に合わせて待ってくれていたらしいヤマトが不在などということは初めてだ。思わずぽかんと口を開けていると、何かを考え込むような素振りを見せたキングが手元で何かを操作し始める。
「何だそれ」
「スマシ……スマートタニシだ」
だから何だそれは。
困惑はしたが、恐らくワノ国固有の電伝虫の一種かなにかだろうと結論づけて後は何も訊かなかった。というか、何となく今は話しかけてはいけないような空気を感じたのだ。
……が。数秒後、静寂はすぐに崩れ去った。
『ぷるぷるぷる』
部屋にある小さな木製の引き出し収納からそんな声が響く。
それでキングがヤマトに連絡を取ろうとしていたらしいことに気が付いたが、残念ながらヤマトはスマシも持たずにどこかへと行ってしまったようで。
キングはその事実に一つ舌を打つと、「お前はここで待っていろ」とだけおれに命じてどこかへと行ってしまった。
しかしただ待つというのがどうにももどかしく、それでも主の部屋を漁るわけにもいかず部屋をきょろきょろと見回すが、生憎書き置きのような物は一切見当たらない。
キングが焦ったような様子だった理由に粗方見当がついていたおれは、冷や汗が垂れるのを感じながら軽く頭を掻いた。
一体ヤマトは、どこへ……?
□■□
ロシナンテを部屋に放置し、クイーンの部屋やヤマトがよく行く場所にいる部下、ヤマトがいつも食事を受け取りに行くコックにそれとなくヤマトを見かけたか聞いたというのに、誰一人ヤマトの居場所を知っている人間は見当たらず。
抑えきれないまま、おれは一つため息をついた。
できれば避けたかったが、この状況では仕方がない。
カイドウさんにも確認を取るしかなさそうだ。
そう考えて部屋を訪ねた──、が。
「あァ? ヤマト? ……部屋にいねェのか?」
「…………伝えることがあってな。あんたと一緒にいるならちょうど良いかと思ったんだが、居ないならまたの機会にしよう」
「ん、おぉ。そうか」
カイドウさんもヤマトの行方を知らないらしい態度に、スーツの中で冷や汗をかきながら廊下へと出る。
厠に行っていた、なんてオチなら万々歳だが、そういうわけでもないだろう。
何しろあまりに部屋が綺麗すぎた。
裁縫道具一つ、読みかけの本一つない部屋は、退屈を厭うヤマトがあの部屋で過ごしていたわけではなかったことを示している。
──にも関わらず、引き出しにしまわれていたスマシ。
あれは一体どういうことだ。
ヤマトは純真でお人好しだが、決して馬鹿でも愚かでもない。
自分の行方が分からなくなれば周囲にどれだけの影響が出るかをあの少女は誰よりもよく理解している筈で、だからこそおれ達“二枚看板”とカイドウさんに会いに行く時以外は絶対にスマシを持って行くようにしていて。
そのことを知っているから一番最初に行きたくもないクイーンの部屋を訪ねたというのに、クイーンの部下曰く今は遊郭に行っていて不在らしい。
とりあえずあのクズは試作品の薬を間違えて頭から被って毛根が死に絶えればいいと思う。なんならそのまま息も絶えてしまえ。
「……まだ部屋には誰も来てねェが、そっちは何か分かったか?」
苛立ち半分焦燥半分でヤマトの部屋に戻るなりそう問いかけてきたロシナンテに、今日何度目かになる舌打ちをこぼす。
ロシナンテの問いに何も答えないまま思考を巡らせたのは、そんな問いに答える余裕がなかったからだ。
──果たしてカイドウさんに、このことを報告すべきか否か。
当然、普通ならすぐに話すべきだ。決まっている。
だがヤマトはもう幼くか弱い少女ではなく、しかし幼い頃から聡いところは変わっていない。
そんなヤマトが何の抵抗もできないまま誰かに連れて行かれるというのはどうにも違和感があるし、そんな不確かな情報でカイドウさんの心を煩わせて良いわけもない。
しかし鬼ヶ島にいるとも考えづらいし……、とそこまで考えて、あと一箇所情報が得られそうな場所があることを思い出した。
カイドウさんへの報告は、一度そこへ確認をしてからでも遅くはないだろう。
……さて、そうなると目の前の男はどうすべきか。
こちらが色々と思案していることを察してか無言でおれの返答を待つ、数ヶ月前にヤマトが拾ってきた“ワケ有り”。
訓練中に弱音や文句の一つでも吐くようならすぐにでも首を切り落としてやるつもりで訓練を始めたというのに、そんな素振りを全く見せないどころか、致命的なドジさ加減を除けばかなり見込みがあるときた。
隠密に向いているのかいないのか分かりにくいこのドジ野郎を置いて行っても別に問題はないが、情報収集の人員は多い方がいいというのも確かで。
「……ついて来い」
「え?
おっ、オイ! どこにだ!」
「来れば分かる」
□■□
何かを考え込んでいた様子のキングに有無を言わさず連れて行かれた先は、鬼ヶ島の外。やたらと豪勢な建物だった。
「ここは……?」
「遊郭だ」
「あァ、遊郭か」
ここが噂の遊郭か、なるほどなるほど。
「……遊郭ゥ!!?」
「うるせェ」
「いや、おま、っゆ、遊郭なんて来てる場合か!?」
嘘だろお前と思いながら声量を変えないままキングにそう言葉をぶつけるが、キングに動じた様子はない。
それどころかキングは、心底面倒臭いとでも言いたげに深く溜め息をついてからおれを睨みつけてきた。
「お前は知らねェだろうが、遊郭は情報が集まる場所だ。
それに……鬼ヶ島の外にいる可能性もある以上、情報を集めるのは適任者に任せた方が効率が良い」
「……なるほどな」
一瞬言い淀んでから『“誰が”鬼ヶ島の外にいる可能性があるのか』を省略した話し方をしたのは、恐らくヤマトの行方が不明な状況が誰かに洩れることを避けるためなのだろう。
そしてその漏洩を避けたい状況を話してでも情報の提供を求めようとするということは、その“適任者”は少なくとも情報提供者としては確実に信頼できる相手だということで。
「分かったら黙ってついてこい」
キングはそう告げて止めていた足を動かしはじめるが、おれとてそれだけの情報で引き下がるわけにはいかない。
「待ってくれ。おれだってあの子が心配なんだ、せめて今から誰に会いに行くのかくらいは教えてくれても良いんじゃねェのか」
「…………」
だがそう問いかけても、キングは足を止めることなく沈黙を返すだけだ。
やはり駄目かと諦めかけたその時、漸くキングが声を出した。
「……会いに行くのは『狂死郎』という男だ」
「!! ……狂死郎?」
「あァ。“狂死郎一家”というヤクザの親分で、実質今のワノ国の裏社会を仕切っている侍だな」
そこまで説明してから、キングは遊郭の人間に声をかけその『狂死郎』の場所まで連れて行くように言う。
怯えの隠しきれていない様子の女が了承の意を返し案内を始めたのを見計らい、おれは先程のキングの説明について湧いた疑問を投げかけた。
「そいつはカイドウの部下なのか?」
「いや、オロチの部下だ」
オロチ……というと、あの悪辣そうな男か。
鬼ヶ島で過ごしている時、片手で数えられる程度の回数は見たことがあるが……。
「……本当に大丈夫なのか?」
思わずそう問いかけたおれの言わんとすることを察したのだろう。
今回は訝しげな顔一つせず、キングはおれの問いかけに答えた。
「腹の底が見えねェやつではあるが……優秀だってのは間違いない」
その言葉に面食らったのは仕方がないと思う。だってあのキングが『優秀だ』と断言したのだ。
「……あんたがそう言うならまァ、大丈夫そうだな」
「ああ。信頼はできねェが、能力についてはどこぞのドジ野郎よりよっぽど信用できるからな」
「その情報は余計だろ!」
「文句があるならドジをどうにかしてから言うんだな」
「ウッ」
「難しいなら訓練で一度でもおれの体勢を崩してからでも良いが」
「うぐっ。い、いつかは必ず────え?」
思わず足を止め、今通り過ぎようとしていた部屋を見る。
「オイ、何をしてる」
「いやなんか、声……?」
「…………声だと?」
声と言っても話し声ではなく、“存在そのもの”の音というか、とにかくそういうようなものだ。
近頃訓練中に時々あった感覚だが……今の“声”は、知ってる……というか……。
「──お、お客様。この遊郭は特殊な作りになっておりまして、部屋の中の声がほとんど外に漏れない仕組みになっております。ですから、その、」
襖の方をじっと見つめるおれを見て、部屋に入りかねないとでも思ったのだろうか。怯えながらも焦ったように声をかけてきた女に、おれは慌てて「そうか、すまねェ」と返事をした。
そもそも“声”というのが本当に存在しているものかも不確かなわけだし、きっと気の所為だろう。
まして、その“声”が…………
「オイ待て。声ってのは──」
────と、キングが何かを言おうとしたその時。
身体の正面を襖の方から通路の先の方へと向き直させようとしたおれは、盛大に足を滑らせた。
傾いていく視界にマズいとは思ったものの、既に両足が地面から離れてしまっていてはどうしようもないし、襖だっていくら防音性能が高くともおれのような体躯の男が頭から突っ込んでくることを想定した強度ではない。
つまりそのまますっ転び先程まで見ていた襖の方へと思い切り頭から突入してしまったおれは、反射的に閉じていた目を開いて、自分の目を疑った。
「──は?」
「何やってんだお前……」
ぽかんとした表情でそう言いながらこちらを見るクイーン。
その前に座る少女と、その向かいに座る美しい女。
そして何より、少女の隣に座っているのは、着飾った姿の────
「えっと……大丈夫?」
「や、ヤマトぉ!!?!?」
そう叫んだ直後、おれが突き破ったのとは別の襖が物凄い勢いで吹き飛んで。
「……………………あァ、なるほどな。
てめェに生かしておく価値がねェってのはよく理解した」
クイーンの方を見ながらそう言って刀を抜くキングは、誰がどう見たってブチギレていた。
……もしかしなくてもこれ、マズいのでは。
ハーメルンを最もよく開くのは大体何時頃ですか?(投稿時間の参考にするための質問です)
-
夜中(23時〜5時)
-
早朝(5時〜7時)
-
朝頃(7時〜12時)
-
昼頃(12時〜16時)
-
夕方(16時〜19時)
-
夜(19時〜23時)