廃棄寸前の砂糖水   作:とくめ一

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“誰かを大切にすること”を人は“ ”と呼ぶのです

「良い機会だ、一思いに丸焼きにしてやる」

「ムハハ、やってみろ! その前にお前が焼き鳥になるだろうがな!」

「あ゙?」

「ま、待ってキングさん!!」

 

 ガチギレ真っ只中のキングに冷静になってもらおうとどうにか声を張り上げる。

 こんなところでこの二人が暴れたら勝敗が決まる前に遊郭が焼灰になってしまう。勘弁してくれ。

 

「……お嬢。いいか、ここは健全な子どもが来るべき場所じゃねェ。つまりお嬢をここに連れて来たそこのカスは死ぬべきだ」

「何言ってんだオマエ。海賊がお綺麗な倫理観語ってんじゃねェよ」

 

 ウワ何だこの空間、常識の欠けた二人が常識で殴り合ってる……怖……帰りたい……。

 

「第一、おれがてめェに何か言われる筋合いはねェ筈だぜ?」

「誰にも言わずお嬢をこんな場所に連れて来ておいてよく言えたな。必要の無いときばかりよく回るくせに必要な時には動かねェ口なら、いっそ今すぐに切り落としてやろうか」

「オイオイ、流石の鳥頭だな。

 カイドウさんから『二枚看板はお嬢と外出する時カイドウさんに許可を取る必要はない』っつう説明をされただろうがよ。おれにゃあお前にもカイドウさんにも、何か伝える義務はなかった筈だ。

 それとも何だ、まさかてめェの命令権がカイドウさんより上だとでも思ってんのか? 勘違いしてんじゃねェよ」

「フザけるのも大概にしておけよ……! 

 カイドウさんがおれ達にその権限を与えたのは、てめェみてェにお嬢を利用して好き勝手する為じゃねェ! 

 てめェはお嬢とカイドウさんを軽んじるつもりか!」

「ムハハハハ、なんだそりゃ。てめェの解釈押し付けんなよ。

 それとも何だ? 『おれはお前よりずっとお嬢とカイドウさんを大切にしてます〜』ってか? そりゃあご立派なこって」

 

 ……止めるの、諦めて良いかな。この人たちの言い合いを止められる気がしないんだけど。

 とりあえず日和だけ避難させれば良いでしょもう。

 

 ──と、遠い目をしかけたその時。

 

 不意に言い合いが止まった。……というか、二人の声が消えた。

 

「……一旦落ち着け」

「ろ、ロシナンテさん!?」

 

 いつの間に襖から脱出を!? 

 と思ってロシナンテの方を見やると、ロシナンテは襖に突き刺さったまま立っていた。

 どうやったら突き刺さったままで襖を枠から外せるんだ。もうそれは一周回って器用だろう。

 

 強制的に黙らされたせいで一瞬殺気を放ったキングですら、あまりにも間抜けなロシナンテを見てすぐに殺気を引っ込めてしまった。無音なのに「どうやったらそうなるんだ」という声が聞こえてきそうな顔をしている。私もそう思うよ。

 

「熱くなりすぎだ。お前ら、この状態のおれに触れられることすら察知できてなかったんだぞ。

 ……それとクイーン。お前、別に自分の為にヤマトをここに連れて来たワケじゃねェんだろ」

 

 え? 

 

「ロシナンテさん、それって……」

「……いや、自分でもよく分からねェんだが……さっきこいつらが言い合ってる時、何となく分かってよ」

 

 それ、もしかして…………。

 

「とりあえず、お前の思ってることをキングに話してみたらどうだ」

 

 そう告げるロシナンテに、しかしクイーンはただ不機嫌そうにそっぽを向くだけだった。

 

 

□■□

 

 

 その少女と初めてまともに時を共にしたのは、少女がまだ五歳になったばかりの頃だった。

 

 カイドウさんはキングのバカと遠征に行くからと言っておれに少女の世話を頼んできたが、恐らくおれと少女の交流の場を設けようというのが本心だったのだろう。

 

 だがそれが分かっていても、おれは最初は断った。

 なにしろ相手はカイドウさんの愛娘だ。万が一、億が一にも何かあったらどう責任を取らされるか分かったものではないし、そもそもカイドウさんの娘という時点で大人しくしている筈もない。

 その上一日面倒を見るということはつまりラボに少女を入れる必要があるわけで、貴重な薬品や素材が多くあるあの場所に、ガキなんていう衝動を抑制することもできず未発達の前頭葉に振り回される生き物を連れて行くなんぞ正気の沙汰ではないだろう。

 

 だからこそ「お嬢が怪我でもしたら」と丁重に断ろうとしたというのに、そんなおれの言葉にカイドウさんは笑った。

 

『何か起きたときに守れる距離にいるだけで構わねェ。

 それにヤマトは賢い。下手に薬品をいじったりしねェさ』

 

 ──バカか? 

 いや親バカという意味ではその通りなのだがそうではなく。

 

 どうして親バカ罹患者はどいつもこいつも「うちの子なら大丈夫」とか抜かすんだ。普通に考えて五歳児を危険な薬品だらけのラボに入れて大丈夫なわけねェだろ。

 

 そんな色々な感想が脳内で混ぜ合わされて最終的に抽出された返事は、たった一言。

 

 

『…………そっすか〜……』

 

 

 拒否権ねェじゃねぇか、これ。

 その場で頭を抱えなかったおれは褒められても良いのではないだろうか。

 

 そうしてお嬢を預かる当日までに、おれはラボの中を徹底的に整理した。

 触れただけで皮膚が焼け爛れる薬だの数億ベリーは下らねえ材料だのを表に出しておけるはずもなく、代わりに表に出ている薬は研究中に失敗作としてできた『暫く髪色が変わる薬』や『全身が虹色に光り輝く薬』、『鼻毛がめちゃくちゃ伸びる薬』などといった無害な薬品ばかりだ。

 

 ガキならどうせ実験器具の一つや二つ触って壊すなり被るなりする。

 しかし暫く髪色が変わろうが全身が光り輝こうが『中の物には触らない』という約束でもしておけばおれに必要以上のお咎めはない筈だし、今後お嬢を預かることを断る口実もできる。つまり一石二鳥というわけで。

 

 ……いやお嬢の鼻毛がめちゃくちゃ伸びたら流石に問答無用で殺されるかもしれん。あれはしまっとくか。

 

 カイドウさんの娘でさえなければ、皮膚が焼け爛れる薬だろうが全身が凍り付いて動けなくなる薬だろうが勝手にひっ被ってもらって構わねェってのに……。

 

 なんて、思っていたのだが。

 

 お嬢を椅子に座らせ目を離したフリをしながら少し作業をしてみても、ただじっと座っているだけ。だからといって薬品に興味が無いわけでもなさそうだというのに、興味を持った薬品に触れることはせず、こちらに薬品の概要を問う以外はしない始末だ。

 

 カイドウさんの言っていた通り、お嬢はひどく賢い子どもだった。

 普通の家に生まれたならば天才だの神童だのと呼ばれていたかもしれない程度には飲み込みが早く、理知的で冷静。とても五歳のガキとは思えない論理的な思考回路すらそこかしこで垣間見える。

 

『……お嬢、今更だが飲み(もん)とかいるか?』

『ありがとう! なにがある?』

『あー、紅茶コーヒー緑茶と、オレンジジュースとりんごジュースはあったと思うぜ』

『じゃあオレンジジュースかな』

『あいよ』

 

 おれに笑顔を向けながら「ありがとう」と告げるお嬢は、誰の目から見ても、正に“良い子”と呼ばれるに相応しい少女だといえるだろう。

 

 

 

 ────あぁ、気持ち悪ィ。

 

 

 

 思わず脳内にこみ上げた感想は、お嬢が異常に大人びていることに対しての言葉ではない。

 お嬢が“良い子”であることに対しての感想だ。

 

 ここは新世界、“異常”なものなんていくらでもある。お嬢のように頭の回るガキだって意外といるものだ。

 しかし、お嬢が“良い子”であることはいくら新世界と言えど理解が及ばない。

 

 優しい? 

 穏やか? 

 大人しい? 

 ありゃそんな可愛らしいモンじゃねェだろ。

 

 そもそもガキとは、ある程度育つまでは周囲の人間の真似をしながら育つものなわけで。

 

 だがおれ達は海賊だ。

 “良い子”の手本になる生き方とは無縁で、“普通”にすら手の届きづらい存在である。

 

 ではお嬢は。“ヤマト”という子どもは、一体誰を真似ている? 

 どうして、過ごした時間の長い筈の父親やキングの影響がほとんど見られない? 

 

 異常だ。

 にも関わらず、百獣海賊団の面々もキングのアホも、カイドウさんですらその異常性に気付かない。

 

 ……いや、後半二人は『気付かない』とは少し違うか。

 生まれたときから異常なあの二人では、普通に生きることを許されなかったあの二人では、異常な環境で“普通”に育つことがどれだけ異常なことか気付きようがないのだろう。

 

 お嬢の異常性は──“正しさ”は、脅威だ。

 

 もしあの“正しさ”を折られることなくお嬢が成長すれば、きっと誰かが深く傷付くことになるだろう。

 

 ………………が。

 まァ、大丈夫か。

 

 散々深刻に考えたが、五歳ならともかく、この環境で成長して正常でい続けるなど到底不可能だ。

 どうせどこかで現実を見て、自分はどう足掻いても“善”側ではいられないということに気付くに違いない。

 

 そう楽観的に考えたのは、別にお嬢が嫌いな訳ではなかったからだ。

 

 まァ科学者として道理が通らねェことを気持ち悪くは感じるが……それを理由に嫌うようならおれは理不尽の体現者(カイドウさん)の下になんざついちゃいねェ。

 何より、キラキラした目で楽しそうに、しかし大人しくおれの実験を眺めてるガキが可愛くない筈もないわけで。

 

 だから、おれはお嬢の異常性が折れるのを待った。

 清浄な倫理観がこちら側に染まるのを、正常な価値観が異常に堕ちるのを、ずっと待っていた。

 

 だがそうこうしている間にお嬢は正常な価値観を持つ侍を護衛にして、“普通”のままでい続けた。

 当たり前に“善”のように振る舞い、どこにでもいる子どものように無邪気に笑っていた。

 

 それでも待って、待って、待って。

 

 十二歳になって暫くが経った頃、カイドウさんを狙った忍が目の前で叩き潰されるのを見てから、お嬢はほとんど街に出なくなった。

 かと思えば、それから一年と少しが経った頃には護衛を全員処分したとも聞いて。

 

 漸く現実を見たのだと思った。

 

 これでいい。

 カイドウさんやキングのクソは見るからにお嬢のことを心配していたが、現実を知るには遅すぎたくらいだ。これできっと、お嬢の倫理観や価値観もこちら側に寄ってくる筈。

 

 そう、思っていたのに。

 見るからに元気のなくなったお嬢を見て、カイドウさんはおれ達……百獣海賊団全体に対して、お嬢の前での殺しを控えるようになどという命令を下して。

 

 ──正気か? 

 

 よく手入れされた環境から掃き溜めのような環境に突然移された生物の行く先なんざ死ぬか逃げ出すかしかないと、あんたも分かってるだろ。

 もう手放してやることもできねェんだから、いっそ少しずつでも掃き溜めに慣らしてやる方が良いに決まってる。

 

 そうは思うもののしかし言い出せないままでいると、今度は久々のワガママで出かけた北の海で拾ってきた男を護衛にすると言い出した。

 

 ……アレは駄目だ。

 ワケ有りだとか弱すぎだとか、そんな事はどうだっていい。

 アレは、明らかに“善”側の人間だろう。

 

 そう思うのに、お嬢に甘いカイドウさんもキングのボケも、あの男を護衛にすることを完全に断ることは出来なかったそうで。

 条件付きとはいえカイドウさんが許可をしたというならおれからの手出しは許されない。

 

 ……汚れたもの全てから守りきることも、キレイなままでいさせてやることも、きっと“誰かを大切にすること”の一つの形なのだろう。

 

 だが、けれども。

 それだけが“誰かを大切にすること”ではないだろう。

 

 お嬢に傷付けられる前に、お嬢を傷付けちまう前に、汚れたものに慣らしてやることもきっと“誰かを大切にすること”の一つの形である筈だ。

 ……見せられてるもの以外に気付かないほど、お嬢は愚かではないのだから。

 

 そうしておれは芸事の稽古というそれらしい理由を付けて、お嬢を遊郭に連れて行くことに決めた。

 

 あそこほど欲と金と情報に(まみ)れた場所もそうは無いし、金さえ出せば口の堅さも保証される。

 何より、うっかり(・・・・)お嬢が汚ェモンを見ちまっても、それが“不運”で済まされる場所だ。

 

 まぁキングのカスにバレたら面倒なことになりそうではあるが……カイドウさんはおれに考えがあることを悟ってくれるだろうし、特段問題はない。

 

 これでいい。

 きっとこれが最善だ。

 

 ……だから早く。この地獄のような世界を異常だと認識してしまう前に。

 

 早く、地獄(こちら側)に、

 

 

 

 






清浄な君が地獄に堕ちれば良いと思うその呪いじみた感情を、人間は“”などと呼ぶのです。


ハーメルンを最もよく開くのは大体何時頃ですか?(投稿時間の参考にするための質問です)

  • 夜中(23時〜5時)
  • 早朝(5時〜7時)
  • 朝頃(7時〜12時)
  • 昼頃(12時〜16時)
  • 夕方(16時〜19時)
  • 夜(19時〜23時)
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