廃棄寸前の砂糖水   作:とくめ一

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今だけでも、君が子どものままでいられればいい。

 

 そんなこんなで戦利品を船にしまいこみ、水浸しのロシナンテを改めて入念にマストに縛り付け。

 それから漸く航海を再開した私達は、無事に目的地である島に到着した。

 

 『いっぱい遊ぶ!』みたいな観光地ではなく『のんびりリフレッシュ!』的な観光地を選んだことが幸いしたのだろう。

 島には見たところ民間人ばかりで、なんというか……のどかだ。

 

「それで、これからどこに行くんだ?」

 

 漸くマストから解放されたロシナンテが、ぐ、とのびをしながら私に問いかける。

 

「少なくとも新聞で紹介されてた洋菓子店には絶対に行くつもり、なんだけど……」

「? どうした?」

 

 言葉を紡ぎながら、天蓋を被る二人を見やった。

 

 ……オシャレな洋菓子店に、突然天蓋被った大男二人が現れたら騒ぎになるかな……。

 

 洋菓子店に現れる顔の見えない大男とか不審者にも程がある。というか正直場所が洋菓子店でなくても怖い。

 前世の日本基準で考えてもフルフェイスのヘルメットつけた大男なんて来店したら──いや、その基準で言うとそもそもフルフェイスのヘルメットつけて街中闊歩してる時点で不審者情報に載るかぁ……。

 

 …………うーん……。

 ……まぁここ新世界だし、大丈夫か。

 

 

 私は、静かに思考を放棄した。

 

 

「お土産を買うことを考えて洋菓子店は最後に行くけど、それまでは軽く街を観光したりショッピングしたりしようと思ってるよ」

「ショッピング? ヤマトにしちゃ珍しい気がするが……何を買うんだ?」

「えっと、みんな用のお酒とか、あとは暇潰し用の絵の具とか……いろいろ?

 そんなにしっかりは決めてないけどね」

「絵の具であればワノ国にも売っておるのではないか?」

 

 と、珍しく会話に参加してきた河松の疑問ももっともだろう。

 

「……ワノ国の絵の具は結構特殊だし……何よりここは芸術関係の文化の栄えてる街だから、折角来たなら買っていこうと思って」

 

 ワノ国の絵の具は基本“岩絵具”。

 “日本”では知っていても触れる機会の無かったそれは、新鮮で段々と使い慣れていく楽しさはあるけれど……たまには、懐かしいものに触れたくなる時もあるわけで。

 

 ──と、随分久しぶりに“前世”を意識したことに気が付いた。

 

 考えてみればワノ国では何もかもに手一杯で、それこそ“前世(かこ)”に思いを馳せる余裕などほとんどなかったのである。

 

 カイドウ無しで外出しても怪しまれないように、というつもりだったが、ワノ国から離れたことで気分が軽くなっている部分はあるのかもしれない。

 

 

 ……ほんの少し。

 ほんの少しだけ、罪悪感がある。

 これは己の罪から目を逸らしているだけなのではないかと、考えてしまっている自分もいる。

 

 

 けれど私は悪人だ。

 悪人、だから。

 

 

「……荷物を増やす前に、まずは観光からしようか」

 

 

 ────悪人を名乗るならもっと自分勝手にやらねェか!────

 

 

 

 ……今だけは、羽根を伸ばしてみてもいいのかもしれない。

 

 

 

 

 □■□

 

 

 『珍しい』と、素直に思った。

 

 

 何せヤマトという少女はいつも少女らしからぬ小難しい表情をしている。

 日和様と話す時こそ無邪気そうな表情を見せるが、普段の姿を知っていればあれが演技であることは明白で。

 

 その上拙者に接する時は特に気を張っている様子なのだから、ヤマトという少女の本質など知りようもない。

 

 ……まぁロシナンテのドジへの対応を見る限り、存外、いやかなり面倒見が良いことは知っているけれども。

 しかしそれだけだ。

 

 故にこれまでもこれからも、少女の本質を垣間見る機会などロシナンテのドジが発生した時のみだろうと思っていた、のだが。

 

 

「……」

 

 芸術関係の文化が栄えているらしい街の、大きなビジュツカンの中。

 展示一つ一つを眺めるヤマトの目は、幼子のようにキラキラと輝いていて。

 

 こちらのことなど忘れているかのように芸術鑑賞に没頭している少女は、珍しくも心から、何の憂いもなく観光を楽しみ、満喫している様子だった。

 

 ……そういえば、拙者と話す際もいつもより気を張っていない様子である、ような。

 

 …………ますます分からない。

 

 常軌を逸したドジさを発揮する忍と、己が気を許していない侍との三人旅よりも、己を心より愛し慈しむ父親と過ごす時間の方が気が緩むものだろう。それが普通だ。

 

 だというのに、何故このように“楽”そうなヤマトをワノ国では見たことがないのか。

 

 父親に思うところがあるのかと考えかけるが、少なくとも拙者の目から見て、ヤマトという少女は確かに父親を愛しているように見える。

 

 

 一見すると矛盾に塗れたちぐはぐな少女は、今もなお純粋な眼で芸術の説明文をじっと読み込んでいる。

 拙者はそんなヤマトに困惑しきりで。

 

 

 

 ……だから、気が付かなかった。

 

 

 

 

 ──こちらを遠くから観察する、仄暗い視線があることに。

 

 

 

 □■□

 

 

 町外れ。ポツンと建てられた倉庫のようなその建物には窓がなく、代わりとばかりに空気を入れ替えるための換気扇がいくらかあるが、それもごく小さなものが天井近くにあるだけだ。

 

 その建物の入口の扉を開くとそこには壁があり、壁沿いに部屋の奥まで歩くとやっと中へ続く扉があり、しかしその扉の先も壁があり、また壁沿いに部屋の奥まで歩くと扉があり……ということを数度繰り返し漸くたどり着くことのできる部屋の中では、扉まで届かない程度の光と電伝虫を囲んだ数人の男たちが談笑していた。

 

「五百ってとこか」

「いいや、ありゃ七百はいくぜ」

「あの感じはハツモノ(・・・・)だろ? それにあの角……珍種扱いで千までつり上がる可能性だってある」

「いやァ、おれ達も運がいい! まさかあんな上玉に出会えるなんてな!

 連絡が待ちきれねェよ!」

 

 男たち──この島を拠点とする人攫い達は、そうケタケタと笑う。

 

 その中で何も言わず、けれど下卑た笑みを浮かべる彼は、頭の回る男だった。

 

 大事(おおごと)にならないよう観光客のみを狙い、しかし観光客が減ることのないよう高値の付きそうな者だけを拐かし、奴隷商へと売り払う。

 男が提案したその“仕事のやり方”を月に数度繰り返すだけで、他は遊んで暮らせる程度の金銭が手に入るのだ。なんと楽なことか。

 

 ──特に今回は運が良い。

 角、体躯、容姿、教養……どれを取っても高値で売れそうな女に加えて、その用心棒らしい大柄の男どもも捕まえて売っ払えば、数ヵ月、いや下手すると一年以上何もせずに暮らせるだろう。

 

 そんな予測にまた口角を上げて、男はチラリと電伝虫を見る。

 

 今は美術館にいるらしい獲物が外に出る少し前、男達が向かって間に合う程度の余裕を持って、監視役からこの電伝虫へと連絡が来る手筈になっているのだ。

 

 在庫倉庫──男たちにとってのアジトであるその場所に置かれているいくつかの檻は、暫く前に“納品”を済ませてから空のまま。

 金銭も大分減ってきた頃になって良い商品が現れたのだから、男の機嫌が良くなるのも当然だった。

 

 

 あの用心棒どもの隠された容姿次第では、予想以上の高値も……。

 

 

 そんなことを考えかけた時だった。

 

 

「プルプルプル、プルプルプル……」

 

 

 男達の中央の電伝虫が鳴った。

 待ち侘びた連絡だ。

 

 

 けれど男が高揚のまま電伝虫を取ろうと手を伸ばした、瞬間。

 

 突然、天井から吊るしてあった筈の明かりが消えた。

 

 

 ランプがどこかへ消えたということではない。

 明るさそのものが消えたのである。

 

 

 ざわめく室内で「ガス管でも壊れたか?」と誰かが不満げに呟いたのが聞こえた、そのすぐあとのことだった。

 

 生ぬるい液体が、べちゃりと男の頬を濡らして。

 

 ──彼は、頭の回る男だった。

 

 だからすぐに理解できた。

 突然照明が消えたワケも、自身の頬を濡らした液体の正体も。

 

 だから扉の方へと駆けた。

 視界など無いに等しかったが、散々使ってきたアジトだ。見えずともある程度は勝手が分かる。

 

 部屋を出る途中、ぐにぐにとした柔らかい何かや水溜りのようなものを踏んだが、今の男の精神状態ではそれについて思考することすらできなくて。

 

 扉を開け、壁に身体をぶつけるようにしながらも外へ外へと走り抜ける。

 

 商品の脱走を防ぐための、また周りに見られることのないようにするための多重の扉が、今の男にとってはひどく恨めしい。

 

 それでもどうにかこうにか走って、走って、最後の扉へ──というところで、後ろから誰かの手のひらで視界を覆うように塞がれたまま体を引き寄せられて、あと僅かで扉へ届きそうだった手は、憐れにも引き戻されてしまった。

 

 嫌だ、嫌だいやだいやだいやだっ!! 死にたくない!!!

 

「誰かッ──」

 

 その続きをかき消すように、耳元で「シー……」と、泣き喚く子どもを宥めるような声が聞こえて。

 

 

 「助けてくれ!!」と叫ぼうと動かした口は、結局最期まで音を発さなかった。

 

 

 

 □■□

 

 

 

「……遅いなぁ……」

 

 美術館の出口すぐのベンチに座りながら、私はぽつりと呟く。

 隣の河松もどことなくそわそわとしているあたり、きっと私と同じように思っているのだろう。

 

「便所行ってくるから、間に合わなかったら外のベンチで待っててくれ!」

 

 美術館の展示を九割方見終えた頃。そんなセリフと共にどこかへ行ってしまったロシナンテが、未だ帰ってこないのだ。

 

 とはいえお土産も見ていたので、外で待っている時間はそう長くはない。

 ただ相手はロシナンテである。ここまで長い間帰ってこないということは、どこかでとんでもないドジをかましている可能性もあるわけで。

 

 探しに行った方が……いやこの状況だと下手に動くのはよくないか……?

 

 頭を抱えながらぐるぐると考えていると、にわかに周りが騒がしくなった。

 

「町の外れの倉庫で火事ですって……。何かの燃料に引火したみたいで、もうすごい燃え方してるみたい。

 町外れにぽつんと建ってたから、他の建物には燃え移ってないらしいけど……」

「いやねぇ……」

「……でも正直あの倉庫、窓一つなくて気味が悪かったでしょう? 言っちゃあなんだけど、燃えたのがそこだけで良かったっていうか……ねぇ?」

 

 ……どうやらどこかで火事があったようだ。

 

 一応大口真神には火難避けの力もあるから、私や加護の対象者で中の人間を助けに向かえないこともないが……とそこまで考えかけた時、不意に聞き覚えのある声が聞こえてきて。

 

「悪ィ! 待たせた!」

 

 ──ロシナンテの声だ。

 

 私が安心半分怒り半分で口を開きながら、その声の方を向いた、先には。

 

 

「もう、ロシナンテさん遅────燃えてるーーッ!!?!?」

 

 

 人間キャンプファイヤーが立っていた。

 

 いや何してんの!!?!?

 

 私は慌てて大口真神の力で火を消した。今ほど大口真神の力に感謝したことはない。ロシナンテが加護対象で本当に良かった。

 

「っな、何がどうなったらそうなるの……!?」

 

 動揺のあまり噛みそうになりながらそう問うとロシナンテは「へへ……」という声でも聞こえてきそうな様子で頭を掻いた。

 

「タバコの火ィつけようとしたらドジッちまってよ」

「あの黒いファー無しであんなに大炎上できるのもう才能だと思うよ……」

「悪い悪い」

 

 呆れたままそう言うが、ロシナンテにはあまり響いていなさそうだ。

 ここまで来たらもうトラブルメーカーとかじゃなくてミラクルメーカーだろう。

 

「はぁ……。

 …………?」

 

 ……あれ?

 そういえばロシナンテって、『喫煙したら燃えるからっていう理由でキングにタバコ全部没収された』とか言ってなかったっけ……?

 

「? どうかしたか?」

「……あ、えと……ううん。何でもない」

 

 

 ……まぁ多分、トイレのついでにタバコ屋にでも寄ったんだろうな。

 

 

 私はそう思考を終わらせて、二人と次の目的地へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

「……ロシナンテさん、なんでそんなニコニコなの?」

「いやァ、ヤマトが楽しそうだからよ!

 やっぱ息抜きってのはこうでなきゃな!」

 

 

 

 

 







情に厚く、善性が強く、何でもない顔で嘘をつけるひと。


ハーメルンを最もよく開くのは大体何時頃ですか?(投稿時間の参考にするための質問です)

  • 夜中(23時〜5時)
  • 早朝(5時〜7時)
  • 朝頃(7時〜12時)
  • 昼頃(12時〜16時)
  • 夕方(16時〜19時)
  • 夜(19時〜23時)
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