「あの、おむすびさん。……これを読んでくれないかな」
それが、少女が初めて護衛の仕事に関すること以外のことで拙者に話しかけてきたセリフだった。
本の読み聞かせを望むような手合いの人間ではないと認識していたのだが、「難しい文字が多くて読めないから」と続けられ得心がいく。
年齢だけを見るならば絵物語を読んでいるような幼子であるが、恐らくこの少女はそういったものよりももっと小難しい書物を好むのだろう。
正直なところ、少女がどのような人間であるのかを断じ切れるほど、拙者が少女について知れているとは思っていない。
おでんを盾に我らを護衛にしたことを加味しても、少女を悪であると決め打つにはあまりにも不自然な点が多すぎるのだ。
護衛にして我らに無理を強いるかと思えばそういったことはなく、共に食事を摂るわけでもないというのに我らの食事は手ずから運び、いつもどこか不安げな顔でこちらを見ている。
思えば少女が強硬的な姿勢を見せたのは、我らに護衛になるようにと言いに来たあの一度きりだった。
……だからこそ、どうにも少女の行動に違和感を覚えるのだ。
しかし違和感を覚える“だけ”と言われればそうでもある。そこに確信も何もない。
拙者にはまだ、この少女の人間性も目的も何も分からない。
知らないのだ。
──異形を恐れるは己の無知ゆえ!!!──
我らが忠誠を誓った相手は、かつてそんな言葉を口にしたという。
かの少女が異形かと問われれば迷うところだが、相手が異形でなくとも人間が『知らぬもの、理解出来ぬものを恐れる』ということは変わらない。
……であれば、この少女のことをもっと知ることが出来れば、少女に覚える違和感についても何か分かるのだろうか。
そう考えてはいたのだが、どうにも少女は我ら三人との交流に消極的で。
どうしたものかと考えていた頃に折よく持ちかけられたのが今回の頼みごとだ。
これは少女のことを知る好機だと、一も二もなく頷いた。のだが──。
「この“にっし”なんだけど……」
「おでんの……航海日記!?」
「うん。久里のおしろのあと地で拾ったんだ」
拙者以外の二人も明らかに動揺している。
当然だ。読み聞かせを頼まれた書物が、まさか己の主の日誌とは誰も思うまい。
「…………えと、ダメだよね!ごめん、やっぱり、」
「いや、少し驚いただけにござる。一度了承したことを反故になどせぬよ」
「あ、えっ、…………ありがとう」
──また、どこか引っかかるような感覚に陥る。
はじめ護衛になってほしいと告げられたあの時、この少女は自由に使える駒が欲しいのだと思った。どう使っても文句を言わず、自分だけが好きに動かせる奴隷が欲しいのだと。
しかし今、この少女は自分からした頼みが受け入れられたことに対し驚いたように礼を告げている。
きっとこの様子では、申し出を断ったとてこの少女は素直に引き下がったに違いない。そしてそれはきっと、『自由に使える駒』や『好きに動かせる奴隷』に対する対応とは全く異なる。
……であれば、あの時の拙者の考えはきっと間違いなのだろう。
演技の可能性もなくはないが……わざわざそのような演技をして、この少女に何の得がある?
この少女は父親に溺愛されている。
つまり危険性の高い我らでなくとも、都合の良い駒などどこからでも手に入れられる筈なのだ。
ただ父親の行いを傍観しているだけで自身の立場が揺るぎないものとして確立されるだろうことを、きっとこの少女は理解しているだろう。
……では、何故おでんを助けた?
何故我らを護衛とした?
何故我らに何も“命令”をしない?
湧き上がってきた疑問全てを押し込めて、拙者はおでんの日誌を手に取った。
……折角の、初めての“頼みごと”だ。まずはしっかりと遂行するとしよう。
□■□
今日もおでんの日誌を読む。
目の前の少女は、瞳を輝かせ読めぬ日誌を見つめながら話を聞いている。
それがあまりにも年相応の表情で、初めて会った時の見た年に見合わぬ大人びた表情とどちらが本来の顔なのかが今一つ読みきれない。
だが──……。
ふと、日誌の残り枚数を見た。
この厚みであれば、朗読会の終了までは残り二日とかからぬだろう。
……そのことがどこか寂しく感じるのは、きっとおでんの話をもっと沢山見ていたいということだけが理由ではないはずだ。
分からないことだらけの中で、それだけは確かだった。
ハーメルンを最もよく開くのは大体何時頃ですか?(投稿時間の参考にするための質問です)
-
夜中(23時〜5時)
-
早朝(5時〜7時)
-
朝頃(7時〜12時)
-
昼頃(12時〜16時)
-
夕方(16時〜19時)
-
夜(19時〜23時)