感情シンタイプ   作:小沼高希

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7月中旬、教室、納倉と

「ウチはそこらへん、あまり感じたことがないなぁ」

 

僕の机でお弁当を広げながら納倉が言う。

 

「そうなの?」

 

「物理の教科書に掲載されるよな一番新しい理論はせいぜい20世紀初頭までのもんだし」

 

「そういうものなのか」

 

例えば生物の基礎でやるようなDNAが二重らせんだという話は第二次世界大戦の後だったはず。具体的にいつだったかは覚えていない。

 

「もし物理で……なんて言うかな、悠の言葉で言う『水面に出る』みたいな事をしたいなら、かなり進まないといけない」

 

「大変だ……」

 

生物の方は、例えば中学生でも先端分野の研究をすることができる。毎日虫を捕まえたり、鳥の動きを調べるだけでデータは取れるのだ。

 

「となると、化学はどうなんかな」

 

「いつぐらいの時代まで載っているんだろ」

 

「うーん、プラスチックの話……とかか?」

 

納倉は素早くタブレットを叩く。

 

「うーん、たぶんDNA」

 

「ええ……」

 

「だって基本的なプラスチックだったり高分子とかは1940年代には終わってるし……」

 

高分子の分野は高校化学の最後にあって基本的に最後に詰め込まれると言っていた守森先生を思い出す。だからといって化学基礎でやっていいという意味ではないと思う。ああでもいろいろな布を燃やす実験は楽しかったな。

 

「あ、同じぐらいの時期にアラミド繊維ができてる」

 

「理論とかの方はどうよ」

 

「だいたい19世紀とかで終わっている気がする。軌道理論とかになると話は別だけど」

 

「なにそれ」

 

「……説明して、いいの?」

 

納倉がちょっと真剣な目つきで僕を見る。

 

「……うん」

 

そう答えると、しばらく納倉は黙ってお弁当を食べた。

 

「物質を構成する原子は陽子と中性子からなる核と、その周りに束縛される電子によってできている」

 

「いいよ」

 

「電子は波動性を持つので、その存在できる軌道は限定される」

 

「わかんなくなってきたよ」

 

「この波動は向きを持っていて、その向きによって色々と結合のエネルギーとかが決まるはず」

 

「何もわからないよ」

 

「エネルギーの順番に並べたときの一番エネルギーが高い電子と一番エネルギーが低い電子がはいることのできる軌道によって化学反応は決まる」

 

僕はもう返答が面倒になったので静かに自分の分のお弁当を食べる。いや、これは納倉が楽しそうに話せているからいいんだよ。

 

「これがフロンティア軌道理論、のはず」

 

「名前だけは聞いたことがある」

 

ノーベル賞受賞者一覧の受賞理由のところにあった。具体的な内容は知らなかったが、まあ難しいことはわかった。

 

「量子力学は楽しいぞ、やろう」

 

「それ、守森先生が言っていた大学での化学は物理になるってやつだよね」

 

「たぶん。あと虚数が出てくる」

 

「どうして?」

 

「知らん、後で詩明せんせに聞いて」

 

僕に理解できるレベルにまで落として説明してもらうとなるとどれぐらいかかるんだろう。正直わからないので、まずは聞いてみよう。

 

「そういや、あの後詩明せんせと話したのか?」

 

納倉が視線をタブレットから上げて言う。

 

「たまに。というかさっきも話した」

 

そう言って僕はスマホの画面に映る会話内容を納倉に見せる。

 

「……ま、そんなものか」

 

「はいはい、どうせ僕の理解力は低いですよ」

 

「ちょっと待て、ウチはそういうつもりで言ったつもりじゃなくて、ああでも違うな、なんて言えばいいか……」

 

あたふたする納倉は面白いが、こういう思いやりというものがちゃんとあるところがいいところである。いい友人を持てたな、と思う。

 

「わかってるって。気にしないよ」

 

「……ごめん」

 

「納倉、最近変わったか?」

 

そういえば、この頃変な気がする。今までの傲慢不遜とまでは言わないけどあまり相手を気にしなかったり自分の我を通す感じから少し変わって、なんか妥協的になったというか。悪いことではないのだし、納倉の悪い点が減っているのは友達としては喜ぶべきなのかもしれないけれども。

 

「そう見える?」

 

「なんか、角が取れたというか」

 

「……他人の行動を見て、自分を客観視する必要に駆られたからとか、かな」

 

「他人に観察する価値を見いだせるのか……」

 

「悠はウチのことを反社会性パーソナリティ障害の傾向を持つ人間だと思っているところ、ない?」

 

「……否定はしないけど」

 

「一応そういう傾向はあると自覚して治そうとはしているんだよ。結構難しいけど」

 

「すごい」

 

僕は自分の性格とかをちゃんと考えたことがない。考えたところで答えが出るとは思っていなかったのだが、納倉を見る限り意味があるのかもしれないな。

 

「……一応、ちゃんとした診断を受けたわけじゃないから」

 

「自分を見つめ直すみたいなこと、やったほうがいいのかな」

 

「ほどほどにしておかないと壊れるから、信頼できる人とやったほうがいいぞ。あとは自己分析は推薦とかやるならやったほうがいいという話があるし」

 

「推薦、取るの?」

 

「ウチは成績良くないから」

 

納倉はそんな不真面目な印象がないし、比較的そつなくやっている気がするがそれでも評価平均がそんな抜群に良いわけではない。

 

「まあ、納倉なら一般でも問題ないか」

 

「悠は?」

 

「僕もそう。というか、一応このクラスはそういう入試やる人用の授業だから」

 

そう言って僕が教室を見渡していると、視線が時計の方に向く。いつの間にかお昼休みの結構な時間が過ぎていた。

 

「あ、リチウムイオン電池」

 

いきなり納倉が会話をぶった切る単語を言った。

 

「何が?」

 

「化学の教科書の電池の所に名前が出てる。実用化は1980年ごろ」

 

「昭和後期じゃん、大昔だよ」

 

生物は令和入ってからのものもコラムにはあるからな。さて、アホな話も一段落したし急いで食べよう。

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