感情シンタイプ   作:小沼高希

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7月中旬、電車、一人で

定期試験というものがある。納倉はこれを自分の実力把握に使っているので特に勉強をせず挑む。だからちゃんと覚えなくちゃいけないような分野の成績が悪いんじゃないかな。

 

一方僕は知識がちゃんと定着しているかを確認する復習のおまけで受けているので、納倉とどちらがしっかりしているかはわからない。まあ真面目にやっていれば赤点を取ることはないのでいいのだが。

 

そういうわけで、今日は学校は午前中で終わり。

 

「で、そんなにそわそわしてどうしたんだ?」

 

そうやって机に肘を立てこちらを見る納倉。

 

「……そんなに僕ってわかりやすいかな」

 

「いつもはもっと疲れたように鞄を持ち上げるからな」

 

細かい仕草まで納倉が気を使っているのか、あるいは見るからにいつもと様子が違っていたのか。前者であってほしいな。

 

「で、詩明せんせと本屋に行くんだろ?」

 

「……ああ、連絡先を知ってるんだ」

 

僕の行動だけでそこまで推理できるはずはない、はず。

 

「まあね、楽しんで来て」

 

「……いや、昔お世話になった先生の仕事の話とか昔の話を聞くだけだよ」

 

「詩明せんせが話聞いて欲しいって言ってたから、ちゃんと話してやりな」

 

「……わかったよ」

 

大きなお世話だ、というほどでもないし、なんだろうなこれは。納倉にプライバシーを詮索されるのが嫌……というわけでもない。そこらへんはちゃんと一線引いてくれているし。茶化している……とも違う気がする。

 

納倉を背に学校を出て、駅までの道を歩き、いつも乗るのとは逆方向の電車で揺られる。ここから2つ隣の駅にある大きな書店が待ち合わせ場所だ。

 

僕の家のある街と、高校がある街には大きな本屋がない。だから科学の本を買おうと思ったら、千円弱を費やして電車に乗る必要がある。なお守森先生が住んでいるのは今日向かう書店を対称の中心として僕の家とだいたい点対称にあるアパートらしい。

 

流れる車窓の外の景色を見ながら、自分の調子がいい理由を考える。まあ、僕は守森先生が好きなんだろうというあたりに落ち着くのだが。もちろん恋愛的な意味ではない。そういう意味ではない。変な考えが浮かんでこないように、何度も自分の中で否定しておいて思考の奥底に密封しておく。

 

守森先生の話は、色々な知識をもとにしていている。本を読めばそれが身につくのだろうか。でも、そういう本を読むためには前提知識を学ぶ必要があって、それを学ぶための本とか授業とかが必要で、となると素直に大学に入るのがいいかもしれない。

 

そういえば、僕は受験をする特に強い理由はない。たぶん同級生の誰も持っていない。納倉でさえも。

 

今向かっているところです。あと15分程度で到着するかと

 

メッセージを送っておいて、スマホをしまう。

 

そういえば、僕は納倉のことをあまり知らない。暗記が嫌いで、理解が上手で、数学的なものの見方が得意なやつ。高校で一番の友だちと言ってもいいと思う。他に候補にあがるような人がいないし。家がどこにあるかも知らない。家族構成も知らない。大学進学を考えていることは知っている。

 

そう考えると、僕は守森先生のことを色々と知っている。守森先生のプライベートみたいな話を聞き始めて一ヶ月経っていないというのに。納倉との付き合いは二年だ。

 

「……なんで、僕は罪悪感を持っているんだ」

 

納倉が友人だとして、守森先生もそういう関係だとすると、矛盾が起こる、と。僕は自分の中で結論を出してしまったのでこの思考自体を振り払うべく車内を見渡す。同じ制服の、おそらく試験が終わって家に帰ろうとしているらしい話し合う学生。老人と、女性と、男性が二人。

 

いつもとは違う雰囲気で、あまり見ない景色が流れていくのを見ながらスマホを取り出す。返信はまだついていない。

 

守森先生は、大人に見える。責任をちゃんと背負って、仕事をこなして、それで自立して生きているような。けれども話を聞くと、そうは思えないところもある。かろうじて社会性を保っている、少し崩れれば終わってしまうような、幼いというのもなにか違うけど欠けていたり足りないところがあるような。

 

いや、もちろんそういうところがしっかりしている大人が社会には少ないということはよく知っている。そういう点では、守森先生は誠実だ。自分にはできないこととか、自分にある弱みとか、そういうのを年下で、かつて教えていたような相手にちゃんと共有してくれている。

 

僕にとっては、守森先生は憧れるような存在なのだ。手の届く範囲にあるとか、実は同じようなところがあるんじゃないかとか、そういう変な考えはやめておこう。もしそうだったとしても、それをちゃんと話せるほど守森先生が僕を信頼してくれているとは思えないし。納倉となら……たぶん行けるな。互いに人間性の欠如を突っ込み合いながら馬鹿な話ができそうだ。

 

電車がブレーキをかけて、僕の身体に慣性力がかかる。ドアの上の画面を見るとそろそろ目的の駅だ。ショルダーバッグの紐をぎゅっと握って、久しぶりの都会の匂いがする駅のホームへと踏み出した。

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