感情シンタイプ   作:小沼高希

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7月中旬、書店、守森先生と

駅から歩いて空中の通路を進んで、書店が入ったビルまで進む。建物のうち3フロアが書店に使われているのだ。

 

エスカレーターに乗りながらスマホを確認する。返信は来ていない。

 

「……ちょうどついたところみたいで、良かった」

 

エスカレーターで上がった正面の本棚の前で、本の解説が書かれた紙から視線を僕の方に向けるスーツの守森先生。

 

「先生は、いつ来たんですか?」

 

「少し前だよ。まだあまり回っていないから」

 

先生から誘われた場所は書店だった。今どんな本が売られているか、どういうふうに本が宣伝されているか、自分の関わっている本がどう扱われているかを調べるのは確かに本にかかわる人として大切なのだろう。

 

「……何を見ていたんですか?」

 

「ポップ。こういう本屋で作られる紹介文の書かれた紙だよ」

 

名前までは知らなかった。丸っぽい文字で、絵本の紹介がされている。僕でも知っている本だ。

 

「こういうのは、出版社が作るんじゃないんですね」

 

「そういうときもあるけど、それはかなり売れる本とかじゃないと難しいかな。私の古塞出版では無理だと思う」

 

「そうなんですね……」

 

そういう話をしながら、僕と守森先生は本棚の間を抜けていく。取り寄せを頼む地元の本屋さんと違って、棚があっちからこっちまで同じジャンルというのは面白い。

 

「どうする?気になるコーナーがあるならそっち行ってもいいけど」

 

「いえ、先生が見たい順番でいいです」

 

「なら下の階から順番に回っていこうかな」

 

先生は壁にある地図を見て言う。

 

「この階では雑誌とかを見て、絵本と児童書、参考書とかを回っていこうと思っている」

 

「なるほど……」

 

あまりこういう場所を見ないので、新鮮だ。

 

「でもこういう雑誌って、重要なんですか?」

 

「そりゃ私の会社の本を読む人とニッチが被らないことはあるけれども、だからといって無視していいわけじゃないよ。中にはこういうのもあるし」

 

先生が指差すのは見るからに技術系らしい雑誌。

 

「ちょっと見てみてもいいですか?」

 

「いいよ」

 

めくってみると電子回路の話とか、センサーの話とか、なんかそういうのが色々。物理とかとも違うっぽいけど、あまりわからない。

 

「こういうのをちゃんと調べておかないと、今の流行がわからないからさ。例えばプロンプトデザインなんてやったことある?」

 

「納倉がやっているのは見ますけど」

 

「そういうのがあるって話を知らないと、例えば作ろうとする本の内容自体が古臭くなっちゃうし」

 

「難しいですね……」

 

僕はそう呟いて本を戻す。

 

「雑誌は本と違って短い期間で作られるから、新しい情報が多いの。だからこういう場所を巡るのも仕事になる」

 

「……先生、今って仕事の時間ですか?」

 

「そうだね」

 

「……給与、出てるんですよね」

 

「まあね」

 

「元教え子と楽しく本屋で話していて、いいんですか?」

 

「ちゃんと後で市場報告書書くことになるからいいんだよ」

 

「あ、ちゃんとそういうのがあるんですね」

 

さもないとずっとだらだらする人が生まれてしまうのか。僕もこういう仕事につきたい、みたいに思ってしまうが楽ではないんだろうな。

 

「先生は、こういう本に興味があるんですか?」

 

僕が横目で見るのはファッション雑誌。

 

「いや……あまり」

 

「そうですか」

 

「鹿染さんも、あまりこういうものを読まないでしょう?」

 

先生が視線を向けるのは男性向けの同じようなもの。

 

「ええ」

 

「ま、別に私は気にしないけれどもね」

 

「……先生は、スーツが好きだったりします?」

 

「まあね、一度決めてしまえば特に変える必要もないし。あとは靴はちゃんといいものを選んだほうがいいよ」

 

僕は少しだけ先生から離れて足元を見る。ハイヒールとかじゃない、普通の革靴に見える。

 

「高校にいた時は、スニーカーでしたよね」

 

「動きやすさが違うからね」

 

「今の靴はそこまででもない?」

 

「革靴としてならかなりいいものだけど」

 

「……僕がスーツを着るの、社会人になってからですかね」

 

「いや、入学式で必要になるから」

 

「そういうのもあるんですね……」

 

正直、高校を卒業した後に何をしていればよいのかということがイメージできていない。やっぱり、こういうのは先生に聞くのがいいのだろうか。

 

「……絵本、こんなにあるんですね」

 

いつの間にか雑誌のコーナーを抜けていて、子供向けの本が並ぶ場所に入っていた。

 

「売れる物は少ない業界だけど」

 

「そうなんですか?」

 

「絵本は特に競争が激しいから。古い本だからといって価値が落ちることもないし、親は読み慣れた本だったり、あるいは人気で定番の本を読ませたがるし」

 

「へぇ……」

 

「だからこそ、こういうところのポップは書店の強みが出る」

 

表紙を見せて置かれている僕も知っている絵本の隣で紹介されているのは、動物の描かれた絵本だ。守森先生がそれを手にとって、ぱらぱらとめくっている。

 

「……面白いかな。今の私にはあまり興味がない本だけど」

 

そういうふうに割り切りながら評価できる守森先生は強いな、となぜか思う。こういうのは、僕も大人になれば手に入れられるものなのだろうか。

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