感情シンタイプ   作:小沼高希

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7月中旬、書店、守森先生と、つづき

「おすすめの参考書ってあるんですか?」

 

「行きたい大学にもよる」

 

僕と守森先生の前にある棚に並ぶのは高校理科の参考書。

 

「まず、地学ならこれが一番。鹿染さんには関係ない話だけど」

 

先生が棚から抜いて僕に渡すのは指一本分ほどの厚みの本。

 

「……というより、地学基礎ならともかく地学って参考書、ちゃんとあるんですね」

 

「今は本当に少なくなったからねぇ。私の時代でもかなり少なかったけど」

 

「先生は地学を教えられるんですか?」

 

僕は本を開いてわけのわからない図を見ながら言う。

 

「高等学校教諭一種免許状では理科ってなってるから、全部教えられるし教えられなくちゃいけないんだ」

 

「……ってことは、生物の先生とか化学の先生とかが別れているのって」

 

「あくまで得意分野ってだけ。まあ勉強していないと厳しいけど」

 

「守森先生はできるんですか?」

 

「……ちょっと怪しい」

 

ちょっと、で済むんだ。

 

「鹿染さんは化学と生物だったよね。志望校はもう決まった?」

 

「まだです」

 

「まあ、最悪各大学ごとの対策は年明けからでもなんとかなるけど」

 

そう言って先生は背表紙から少し離した人差し指をつーっと横に動かす。

 

「とはいえ私の知識は七年前だから、あまり参考にはしないでね?現役の予備校の先生とかがそういうの専門だから」

 

「そうですよね」

 

けれどもこんなにいっぱいあると、先生も選ぶのが難しいらしい。

 

「帰ってきた定期試験の結果があればいいんだけれども」

 

「なら、また今度選んでもらっていいですか?」

 

「そうだね。……あと、今はいいけどちょっとタイミング駄目な時はあるかも」

 

重めの声で先生が言う。

 

「……大丈夫、ですか?」

 

「……うん。ちょっと、思い出したくないものに触れるから」

 

たぶん、高校の先生を辞めた理由だろう。前に聞いた範囲では仕事が辛かったから、らしいがそれだけではないのだろうな。

 

「ごめんなさい」

 

「いいよ。理科が嫌いになっているわけじゃないから。で、ええと先行こうか」

 

そう言って逃げるように少し速めに歩き出す先生を僕は小走りで追いかける。

 

通り過ぎていく本棚には懐かしい本が並んでいた。小学生の頃によく読んでいた文庫。僕が理科に興味を持った理由の一つの学習まんが。あとは図鑑とか。

 

エスカレーターに乗って、一つ上の階へ。ここは小説とコミック。

 

「鹿染さんは、こういう本を読むの?」

 

「昔は読んでいましたが、今はあまり」

 

「そうなんだ。私もたまにSFを読むくらいだけどね」

 

「どんなのがあるんですか?」

 

「……あまり、言いたくないな」

 

「ごめんなさい」

 

「そうやってすぐ謝るの、いいことだけど私の前ではあまりしなくていいよ」

 

「そう、ですか?」

 

あまり自覚してはいないが、確かに僕はすぐにこういう言葉が出る気がする。

 

「そう。……いや、社会の話とかをするべきじゃないな。まだ時間はあるわけだし」

 

「……いいですよ、そういうことも聞きたいので」

 

「いいの?面白い話じゃないけど」

 

「はい」

 

たいてい後で思い返して役に立ったなと思う話はちょっと耳に痛かったりするのだ。まあ大抵の面白くない話は役に立たないけど、守森先生のなら多少は信頼できるだろう。

 

「……世の中にはさ、こちらが弱い言葉を使ったり丁寧に接したら横暴になる人がいるんだよ」

 

「それは……」

 

「まあ、誰しもそうなりうるのはわかっているし、たぶん私だって誰かの前ではそうなってしまうのかもしれないけど。それはそれとして、自衛は大事だよ」

 

「……守森先生は、そういう経験があるんですか?」

 

「どうしても人と関わる仕事だからね。それでも昔よりはちゃんと誠実な人が多い環境だけど」

 

昔、ってことは高校で働いていた頃か。そういう態度を取ってくるのは誰なんだろう。同僚の先生か、保護者か、あるいは僕たちみたいな学生か。納倉とかの態度は、引っかかる人にとっては問題になるのかもしれない。

 

「ね、こういう重くなっちゃう話になるからさ」

 

「ところで、読んでいる本の内容を内緒にしたいのってどうしてだか、聞いてもいいですか?」

 

「思ったよりグイグイ来るね。まあいいけど」

 

先生の雰囲気がいつもの少し軽いけれども加速のかかった感じに戻る。

 

「本っていうのは、その人の考え方とか趣味とかをかなり直接表すものでしょ?」

 

「……ええ」

 

「だから見せたくないし、例えば図書館とかならそういうものはできるだけ秘密にしようって流れがある。まあここは賛否両論ある面倒なジャンルだけどさ」

 

確かに僕だって何が好きでどういう趣味があるかの詰まった閲覧履歴を他人に見せたくはない。心のなかでどういう事を思おうが、それを表に出さなければいいというのは大切だ。

 

「なら、教えられないのはわかります。むしろ身近な人にほどそういうのって共有しにくいものもありますからね」

 

「そう。……なに、鹿染さんもそういうのがあるの?」

 

「内緒です」

 

「そっか。なら私はこれ以上聞かないことにしよう」

 

そんな話をしながら僕たちはこの階を回っていく。賞を取った小説とか、先生が昔読んでいたライトノベルとか。先生がこういう本を読んでいたというのは意外だったが、僕に教えてくれたということは、それは見せてもいい、あるいは僕と共有したい一面だったのだろう。

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