「幸せそうに食べるね」
衣がザクザクしたフライドチキンを食べながら言う僕を見て守森先生は言う。
「そうですか?」
書店の後に寄ったのはちょっと高級志向のファストフード店。興奮で忘れていたが、試験が午前中に終わってそこからここまで直行だったのでお腹が空いていたのだ。
「うん。なんか……いい」
「わからなくは、ないです」
人が幸せそうに何かをしているのを見るのは楽しい。それが読書だったり、会話だったり、授業だったり、食事だったり、それは様々だろうけれども。
「けれどもごめんね、あまり気の利いた場所を選べなくて」
「……気の利いた場所って、なにかあるんですか?」
「いや、それもそうか。でも本屋に寄った後に油ものっていうのは良くなかったなって今思った」
「そうかもしれませんけど」
もう一口かぶりつく。時間としてはおやつをちょっと過ぎたぐらいだが、これだけあれば晩ごはんまでは持つだろう。
「あまり気にしないでください。僕もそういうこと苦手なので」
「ならよかったんだけど」
先生もチキンを小さめの口でかじる。
「先生はお昼食べていたんですよね」
僕の質問に先生は少し待ってと手を出すジェスチャーをする。タイミングが悪かったな。
「……うん」
飲み込んだらしい先生は話し始める。
「動き回ることが多いから、それだけ熱量を取らないといけなくなって」
「……相手の体型について何か言うのはあまり良くないとは思うのですが」
「いいよ」
「痩せました?」
「たぶん。教員時代の食生活は危なかったし」
「一人暮らしでしたっけ」
「そうだね。カレー作って何日かそれを食べ続けたりしてた」
「飽きません?」
「その頃は、食事を楽しむ余裕もなかったからな……」
「……大変、でしたね」
「仕事も新人に振るようなものじゃないしさ、研修と並行して保護者対応とかするしさ、自分より年上の人に色々言われるのは心に来るし、守ってくれる人がいるわけじゃないし……」
こういう時にどう言えばいいのかわからないので、せめて話を聞いていると伝えるために姿勢を整える。
「本当はこういう子供に頼るべきではないとはわかってはいるけどさ、鹿染さんと納倉さんといた時間は救いになってたんだよ。ありがとうね、あの時は」
「それは……僕の方も、あれで理科について色々知れましたから」
「教員として当然……というには色々やったか。楽しかったからいい思い出だけど、場合によっては問題になることがあるし」
「そうなんですか?」
「本来教員がやるべき仕事を生徒に押し付けている、ってなりかねない」
「ああ……」
「そもそも教員がやるべき仕事に比べてやっている仕事が多すぎるし、そのせいで大事な教育とかに回せる時間はないし……」
教師という仕事が大変なのは知っている。それでも、学校で出会う先生はそれを隠しているのか、僕たちにはそういう話をしないし辛そうな姿を見せない。こういうふうに正面から弱音を吐く守森先生を見ると、同級生とかにあるある種の幼さというか、大人になりきれないところを感じる。
「……僕も、そういうところを残したまま大人になるんでしょうか」
「次の誕生日になれば、鹿染さんも大人だよ」
「法律的な意味じゃなくて」
「いや、それ以外に大人の定義はないよ。責任を持った行動をするとか、社会のルールを守るとか、そういう点では鹿染さんより酷い大人は山ほどいるよ」
「……ありがとうございます」
「んー、褒めているというよりそれ以外の人をけなしているつもりで言ったから感謝されると罪悪感みたいなものがあるな……」
面倒くさい人だ。まあ、僕も自分については同じぐらい面倒くさいから別にいいというか、むしろ気が合うところがあるが。
「それなら、守森先生は僕よりずっと大人ですよ」
「そうだったら、いいな」
「……一応、先生は僕にとってこうなりたいなって思える大人なんですから、もっと自信を持ってください」
「やめといたほうがいい……とは言わないほうがいいか。鹿染さんの目標を否定したいわけじゃないし」
こういう言葉をさらっと言える人はあまりいない。僕の考えをちゃんと理解して、尊重して、時には議論してくれる。納倉はもちろんそういう事ができるが、守森先生とはまた違うんだよな。何なんだろう。
「夏休みはたぶん受験勉強でいっぱいかな……」
「志望校、早く決めないとモチベーションが辛いよ」
「先生は受験、どうだったんですか?」
「滑り止めだよ。結局色々学ぶ余裕があったから第一志望じゃなくてよかったと思うところはあるけど」
「そうなんですね……」
また守森先生の話しにくそうなネタを踏んでしまった。
「その話も、また今度聞きたければするよ」
「いいんですか?」
「もう終わった話だしね。そういうのを笑い飛ばして前に進めるようになりたいし」
やっぱり守森先生は僕にとっては大人に見える。
「……がんばってください」
「わかった」
先生は笑って言う。こういう笑顔をそういえばあまり見た記憶がない。高校の時の守森先生は、もしかしたらこういうふうに笑わない人だったのかもしれない。