試験の内容の写真は撮って、守森先生に送る準備はできている。けれども、納倉に言われた言葉のせいで送信のボタンを押せずにいる。
前に守森先生とスマホ越しに話した時のように、ベッドに倒れ込んで、両腕を広げて、天井を見る。
守森先生は、僕に対して恋みたいな感情を持っているのだろうか。
一旦頭の中の今まで入れていた安全システムを切っていく。最悪、守森先生との直接の連絡を絶って納倉経由で話をすればいいだけだ。第三者として挟むなら、おそらく適切な人物だろう。
僕は思春期の少年なので、誰かを好きになることぐらいある。それが恋と呼ばれるものだってことも知っている。声をかけられた程度で好意があるんじゃないかと思ってしまう自分がいる。けれども、大抵の場合は友情でもない、ただ通りすがっただけの関係に過ぎないってこともよく理解している。
守森先生との関係は、友人、でいいのだろうか。どうしても昔教えてもらったという関係がそれを複雑にしてしまっている。今はもう守森先生にとって僕は教え子ではない。僕にとって、守森先生は先生……と呼んでしまっているし、やっぱり先生として見てしまうのは消えない。
そもそも年上とかの頼れるというか安心して敬語とかを使って丁寧に接することのできる人と一緒にいるほうが僕にとっては楽なのだ。納倉は逆に誰であってもあんな軽い調子で話す。いや、もちろん場合によっては丁寧にするけれども、できるだけ対等な関係を持とうとしている。
なら、守森先生の話し方とか口調とかから、僕をどう見ているかを少しは推察できないだろうか。先生との会話を思い出していく。
守森先生は、僕のことを「鹿染さん」と呼ぶ。さんで呼ぶのは男女を意識したくないから、というのを昔、まだ守森先生が高校の先生だった頃に聞いた。でも、あの人が他の先生とかを呼ぶ時もたぶんさん付けだったし。
もし先生に名前とか、あるいはさん付けでないだけでもいいんだけど、そういう特別な呼び方をしてもらえたらきっと嬉しい。そういえば、守森先生を先生と呼ばなかったらどうなるんだろう。詩明さん?
「しあき、さん」
呟いてみて、なんとも変な気分になったので思考のリミッターを少し入れていく。
「……確かに危ない人、か」
もし守森先生が僕に特別な好意を持っているなら、それは嬉しいことだ。けれども、そこからどういう関係に発展しうるかがあまり想像できない。恋人みたいなこととは何か、みたいな最低限の知識はあるがそういうことを守森先生と一緒にできるとは思えない。というか今まで会った守森先生は全部スーツ姿だった。
私服を持ってない、なんてことはさすがにないはず。どんな服を着るんだろう。想像したいが、そもそもファッションに関する知識がない。守森先生も持っていなさそうなので、多分着やすい服を着ているのだろう。ジャージとか。嫌だな。体育のときの服を着ている守森先生を想像する。似合わなくはないな。
それとは別に、もし守森先生が友人として僕が好きなら?それはそれでいいことだし、僕はそれでもいい。それでもってい言い方でいいのかな。僕は満足だ。欲を言えばもっとこう、精神的にも物理的にも距離を縮めたいけど難しいものがあるし。
依存先、なら?……支えられる範囲で、そばにいてあげたい。誰だって辛い時はあるし、そういう時に相手が欲しいって時がある。たぶん、これから僕も受験が迫るにつれて色々と思い悩む事が増えるだろう。そういう時に守森先生と話せれば、少しは楽になるはず。
結局は、守森先生が僕のことをどう思っているかわからないと何も判断できない。けれども、納倉が言うにはそう簡単に先生は自分の感情を話してはくれないらしい。僕だって、守森先生に本心を伝えたくはない。
だって、僕は先生に抱きつきたいとか、色々囁いてほしいとか、熱を感じたいとか、そういう劣情を持ってしまっているし、それをもう自覚してしまった。もちろんこれを隠して付き合うことはいつものことだから問題ないけれども、そういうのは言ってしまったら色々と関係がまずいことになるのは知っている。だから意識したくなかったのに、こういうふうに思考をとりとめもなく回しているとたまにたどり着いてしまう。
もしそういう話を守森先生にしたら、どうなるだろう。笑って受け入れるとか、黙って立ち去るとか、色々と考えられるな。でも、もし僕と同じなら?ああやめやめ。こういう妄想は実在の人物でやっていいものじゃない。守森先生に失礼だし。
ともかく、今の時点では元教師、今は友人として接すればいいか。友人って言葉に含まれるのかな、こういう関係。
「……まあ、いいや。別に守森先生相手なら、大抵のことは受け入れられるし」
久しぶりに、メッセージを送る。直前のメッセージはあの書店に行った日に送ったものだった。
アップロードに時間がかかって、そうして送信済みになる。
確認するから、ちょっと待って
先生からの返信が返ってくるまでは、そう時間はかからなかった。