感情シンタイプ   作:小沼高希

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7月下旬、守森先生の家、二人で

少しだけ僕の住んでいる街と雰囲気が違う。チェーン店が駅前に多めにあったり、ビルの壁面に巨大な画面があったり。なんとなく、都会感がある。

 

「ここ、だよね」

 

駅から先生の家まではそう時間がかからなかった。スマホの地図と確認しても問題なし。建てられてから長そうなマンション。入り口で確認されるタイプなので、部屋番号をぽちぽちと入れる。

 

「……守森先生?」

 

「鹿染さんだね、今開けるよ」

 

先生の声が聞こえると扉が空いた。あとはエレベーターに乗って目的の階まで行く。

 

「まあ入って入って、あまり綺麗じゃないけど」

 

そう言って珍しくスーツ姿ではない灰色のワンピースを着た先生は一人暮らしらしい部屋の奥に僕を招いてくれる。右にはキッチン、左にはお風呂とトイレらしい扉。

 

「そんなことないですよ」

 

一応そう返すが、多分僕が来るということで急いで片付けたんだろうなという気配を感じる。さもなければキッチンの棚にほこりが積もっている理由の説明がつかない。なんか嫌な姑みたいな事を考えてしまっているな。

 

「ここが私の家。狭いけど、過ごす分には快適だよ」

 

奥の方、右側に僕の背よりも高いぐらいのベッド。左側には書類とか本とかが積まれた作業用らしい机。大きめディスプレイが三つ。業務用かな。あとは座り心地の良さそうな椅子もある。

 

「大学生が一人暮らしするならもう一回り小さい部屋になるかもしれないけれども、参考になるといいな」

 

「本の量とかですか?」

 

そう言って僕はベッドの下を見る。まるごと本棚になっているのだが、ベッドの下の空間全部に本がぎっしりと詰まっている。

 

「それは参考にならないかな」

 

「ちょっと見ていいですか?」

 

「いいよ、電気つけるね」

 

そう言って先生はベッドの脚についているスイッチを入れる。照らされるLEDの下にあるのは科学系のいろいろな本。専門書っぽいものもあれば、中学校の理科の参考書もある。あ、古塞出版の本だ。

 

「色々ありますね……」

 

「必要があれば貸してあげるよ」

 

「いいんですか?」

 

「中にはあまり図書館にはないような本もあるから」

 

確かに学校の図書館にはあまり専門的な本がない気がする。文庫とかは多少はあるけど。

 

「……必要になったら、お願いします」

 

「いいよー」

 

他の人の家というのは、特に一人暮らしだったりするとその人の生き方みたいなものが現れる気がする。

 

「先生は、普段どう暇な時間を過ごしているんですか?」

 

「そんなものはないよ」

 

「えっ」

 

「あるのは締切に追われているのに何もできない無駄な時間だけ」

 

「そういうのを暇と言うのでは……」

 

「言わないよ、本当の暇というのは心がすっきりとしていて、将来のことみたいな余計なことを考えずにのんびりできる時間」

 

「大変ですね……」

 

一応僕も受験生なので、将来のこととか考えなくちゃいけないんだけれども。守森先生は就職できているけど、それでも安泰というほどではないんだな。

 

「私はそういうの、気にしがちだからさ。ほら座って……って言いたいけど、椅子がないな。これでいい?」

 

そう言って先生は机に向かっていたクッションがしっかりしている椅子をくるりと回して僕に向ける。

 

「先生は?」

 

「私はこれでいいよ」

 

先生はベッドの下の本棚の隣の空間から折りたたみ椅子を取り出して座る。見たところちゃぶ台みたいなものもあるし、最低限の来客セットはあるのかな。

 

「……失礼します」

 

腰を下ろすと、背中全体がふわっとした感覚に包まれる。お尻が痛くない。体重が分散しているから、負担が少ないのだろうか。それでいて背中が曲がったりとかはしない。

 

「いい椅子でしょ?」

 

「はい……」

 

このまま目を閉じたら眠ってしまいそうなぐらいに快適だ。

 

「椅子にはお金をかけないと、作業効率がかなり変わる」

 

「すごいですね……」

 

「ごめんね、なんか自慢みたいになって」

 

「いえ、この空間は自慢していいと思いますよ」

 

守森先生が自分のために作った感じがして、少しだけ疎外感があるけれどもこれはこれでいいものだ。というか僕は部外者だからな。下手に居心地良く感じてしまうのもあれだし。何があれなんだろう。

 

「よかった。いつもはもう少し散らかっているんだけどね」

 

「……どれぐらいですか?」

 

先生は立ち上がって、僕の耳に口を近づける。

 

「あそこの本とか紙とかが、もっと積み上がってたまに雪崩が起きる」

 

小さな声で囁かれる嫌な真実。

 

「掃除しましょうね」

 

「鹿染さんはそういうこと、ちゃんとしてるの?」

 

「たぶん守森先生よりは……」

 

「えらいなぁ……」

 

正直僕も本棚に本を戻さずにベッドサイドとかに積んでしまっているのであまり大きな声で言えないが。

 

「ところで、あそこのベッドって起き上がる時に頭ぶつけたりしないですか?」

 

「試してみる?慣れれば大丈夫だよ」

 

「いいんですか?」

 

「いいよ」

 

はしごみたいなもので上の方に行くと、少し圧迫感のある空間になる。掛け布団が雑なところを見ると、綺麗にするのを忘れたのだろうか。これを僕に見せていいと考えているのは警戒心がないのか、それとも別にそういうことを気にするような人じゃないと思われているのか、どっちだろう。後者だとちょっと嬉しいな。

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