感情シンタイプ   作:小沼高希

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7月下旬、守森先生の家、二人で、つづき

思いっきり起き上がるとぶつけそうなぐらいの高さ。なんか不思議な匂い。狭い空間。

 

「実際に寝たほうがわかると思うよ」

 

「いいんですか?」

 

今は夏で、少し前まで歩いていたのでちょっと服が湿っているのだが。

 

「私は気にしないよ」

 

ここで僕が気にするかどうかなんていうのは野暮な話だろう。まあいい。一応掛け布団を脇に畳んでおいて、ゆっくりと横になる。

 

「ちょっと狭くありませんか?」

 

「慣れれば大丈夫だよ」

 

天井を見ないほうがいいな。寝返りをうつと結構天井とその下の何もない空間が見える。ああそうか、部屋の空間の上半分って基本的には使われていないんだよな。

 

「あの部屋の隅のフックってなんですか?」

 

「服を干すためのやつ。乾燥機だとシワができるからちゃんとハンガーにかけておきたい」

 

「なるほど」

 

となると一人暮らしではそういうものも必要になるのか。いや、一人暮らしするかどうかは全く考えてないけれども。

 

「あ、充電器もあるんですね」

 

「そうそう、寝る前に動画見たりするし」

 

そんな話を聞きながら、僕は上体を起こす。天井に擦れる髪。僕の背だと厳しいな。

 

「守森先生は起きる時にぶつけないんですか?」

 

「私は大丈夫かな。慣れてるし」

 

「いいですね」

 

僕がもしこういうベッドを使うとしたら、もう少し脚の部分を短くしよう。

 

狭い空間でもぞもぞと身体を動かし、おそるおそる昇ってきた時の記憶を頼りにはしごに足をかける。

 

「大丈夫?」

 

そういう声が後ろから聞こえて、腰のあたりが支えられる。一瞬遅れて、それが先生の手だということに気がつく。

 

「危ないから、ゆっくり降りてね」

 

「……ありがとうございます」

 

僕が降りるのに合わせて、守森先生が支えてくれる場所が上の方になっていく。僕の足が床について振り返ると、先生は自分の手をにぎって開いてとしていた。

 

「何してるんですか?」

 

「いや、案外しっかり体重あるんだなって」

 

「不摂生なだけですよ」

 

僕は特に部活とか入っていないし、そんな派手な運動をしているわけではない。体重は普通の範囲内だけど。

 

「先生は……って、失礼ですか」

 

「いやいいよ。持って見る?」

 

「……守森先生を、ですか?」

 

「そう」

 

僕は息を吐いて、少ししゃがんで腕を広げた守森先生の腋の下に腕を回して、持ち上げる。先生も安全のために僕の首を抱きしめるようにする。

 

「……重い」

 

持ち上げ続けるのがちょっと厳しいぐらいの重量。これは先生が重いというよりも僕の腕の力とか体幹がないせいだな。ゆっくりと膝を曲げながら先生を下ろす。

 

「どうだった?」

 

「どうって……暖かかったですね」

 

「そうかな、特に体温が高いとかそういうのはないはずだけど。あ、熱中症かな?」

 

「今の時期危ないですからね、そういうつもりで言ったわけではないですけど」

 

「そう。まあ、鹿染さんもしっかり熱があるよね」

 

「脱水ですかね」

 

「違うよ?」

 

そういえば人の体温なんて感じたのはいつぶりだろう。家族とはそういうことしないし。一番最近のだと、体育の時に納倉と一緒にストレッチした時ぐらいか?

 

「……それにしても、鹿染さんって呼ばれるのはあまり慣れませんね」

 

「私はずっとさん付けで呼んでいたしなぁ」

 

先生が折りたたみの椅子に座ったので、僕も柔らかい椅子に座る。

 

「高さ、調整していいですか?」

 

「いいよ、左手を下に回したところにあるところを押せばいいから」

 

手探りで言われた通りにすると、なにか空気が抜けるよな音がして座面が下がる。守森先生と目を合わせる形だ。

 

「なら、なんて呼んだらいい?悠さん?」

 

「納倉に呼ばれているみたいですね」

 

「そういえば納倉さんはかなりフランクに人の名前を呼ぶよね」

 

「詩明先生、って呼んでますね」

 

こう呼んで、なんか違和感が出て僕は口の端をうにょうにょとさせてしまう。

 

「もっとこう、せんせ、みたいじゃなかった?」

 

「そうかも……」

 

そう僕が言うと、先生は少しだけ座っていた椅子を前に出した。

 

「……私がさ、相手にさんってつけて呼ぶ理由、話したことあったっけ」

 

「……いいえ」

 

男女問わず呼ぶから、って言ったのは覚えているが、理由までは言っていなかったはず。

 

「学生を平等に扱うため、とかですか?」

 

「ま、そういうのもあるけど……一番は、あまり距離を近づけたくないから」

 

「そうですか?」

 

「教員ってさ、思春期の影響を受けやすい時期の生徒を教えるわけでしょ?」

 

「そうですね」

 

「だから、もし何か変なことをしてしまったら、相手の人生を丸ごと変えてしまいかねない」

 

「……いい方向に働くことも、あるんじゃないでしょうか?」

 

何か憧れの職業があるとか、呼んだ本に感銘を受けたとか、そういう話はたまに聞く。ただし大学の面接の練習みたいな文脈で、だけれども。

 

「さあね。それが良いか悪いかはわからない。私は高校時代に理科の先生から影響を受けて教職を取ったけど、結局そのせいで心を病んでしまったし」

 

「……今は、大丈夫なんですか?」

 

「多少はマシ、ってぐらいかな。たまに病院に行くよ」

 

精神科というところに、僕は今まで行ったことがない。だからそこで何をするのかとか、どういう人が行くのかとか、そういう事についての知識が全くと言っていいほどない。

 

「でも最初から逃げていたのかな。私は」

 

「学生から逃げている先生が、手伝いをその学生に頼んだりしますか?」

 

「……逃げ切れなかっただけだよ、私は」

 

先生は呟いて、下の方を見た。

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