「で、受験勉強はどうだい?」
一週間ぶりの守森先生の家で、僕は宿題に追われている。低めのテーブルに積み上げられたプリントと教科書。学校の方ではそれなりにデジタル化がされているが
「まずいですね。間に合わない感じです」
朝から夕方まで塾に行って、帰ったら晩ご飯食べて風呂入って寝て、みたいな生活をしていると宿題が溜まっていく。そして休日に一気に押し寄せてきたそれらを抱えて先生の家に来ているわけで。
「……わざわざここに来る必要、あった?」
「いえ、来たかったので……」
交通費はお小遣いで出るぐらいなので問題ないし、詳しい話ができる人に勉強を監視してもらうのは効率がいいのでおかしいことではありません。
「……ならいいけど。終わりそう?」
「考えないことにしています」
「どうして?」
「あとどれぐらいで終わるって考えてしまうと解く速度が落ちるので」
「わかる……」
納得されてしまった。今日の先生の格好は水色のワンピース。先週のと色違いな感じなので、おそらく同じブランドとかそういうものなのだろう。
「……先生はスーツとワンピース以外に服があるんですか?」
「あるよ、ジーンズとTシャツがある」
「……もっとこう、おしゃれみたいな」
「鹿染さんはある?」
「ないです」
「似たようなものだね」
「……まあ、先生は何着てもいいですけど」
「そいつはどうも」
ちょっと嬉しそうに脚をばたつかせる先生。さて、心が少し回復したので問題に挑もう。数学。いやだ。僕は計算ミスが多いから基本的に手を動かして練習しないといけないのだが、練習は面倒なのだ。
「うげ、微積分」
「できますか?」
「物理にかかわるぐらいなら……」
「これ終わったら、その話ししてもらっていいです?」
「いいけど、どうして?」
「前に納倉からそういうこと聞いたんですが、あまりわからなかったので」
「教えるのってコツや経験が必要だからねぇ、納倉さんはそこらへんあまり気にしなさそうだし」
「先生には向いていない、っていうことですか?」
「今はまだ、ね。ここらへんは慣れれば結構できるようになる……こともあるから」
少し言いよどむ守森先生。
「……ならないことも、ある、と」
「ならなくても教員免許は取れるからね」
つまりはそうではない先生もいる、と。
「守森先生はそうではありませんでしたよ」
「そういうこと言っても宿題は終わってくれないよ」
「はい……」
次数を間違えないように書いて行って、代入していく。これでいい、かな。
「終わった?」
「今採点中です」
あー、最後の問題はやけに面倒だなと思ったらまるごと因数分解した状態で置換すればよかったのか。
「……ええい、面倒だ」
最終的な形と自分の計算があってるかどうかわからないのでスマホを取り出してさくっとスキャンして答え合わせ。よし、あってる。よかったよかった。無駄に計算をしてしまったのでそこは反省しつつも結果としてちゃんと計算はできたのでそこは自分を褒めよう。
「で、微積分と物理の話だったね」
「ええ」
「ここらへんは納倉さんのほうが今では多分詳しいけど」
そう言って先生は引き出しからお風呂に浮かべるような黄色いアヒルを浮かべる。潰すとかわいい音がするやつ。
「これを投げると、どういう曲線になる?」
先生がひょいとアヒルを僕に向かって投げるが、少しそれる。
「放物線、ですよね」
僕はそう言いながらバウンドして逃げていったアヒルを捕まえる。どっちも運動神経がないな。
「そう。まあ空気抵抗とか回転とか面倒なことは考えないよ」
「無視する、ということですよね」
「だね。で、このアヒルさんが空中にいる時にかかっている力は?」
先生は空中で僕から受け取ったアヒルを止めるように持つ。
「……重力、だけ」
「その通り。ちゃんと覚えていたようでなにより」
昔先生に出されたクイズみたいな話を思い出す。ものが受け取っているのは重力だけで、動いている方向とかは関係ない。
「では、力は何に影響を与える?」
「……動き、ですか?」
「もう少し、物理っぽい言葉で」
「……運動」
「それでもいいんだけれども、数値化できるものにしよう」
「速さと速度って、どっちが向きがあるんでしたっけ」
「速度のほう」
「外から加わる力は、速度を変化させる」
「そうだね。で、速度は位置を変化させていく。自動車だとわかりやすいかな。移動する場所と場所があって、車の走る速度があって、アクセルの踏み具合で決まる加速度がある」
「……はい、なんとかなります」
「そこの関係同士が、積分になっている。加速度が定数なら、速度は一次関数。場所が二次関数」
「あ、だから放物線」
二次関数の描く曲線は、放物線と呼ばれる。
「そういうこと」
「なら、もし加速度がどんどん変化していったら三次関数を描くんですか?」
「そうだね。ちなみに加速度の変化率は
「そうすると更にその変化する度合いは加加加速度ですか?」
「そうなるね」
もう一度投げられたアヒルは、ちゃんと僕の構えていた手の中に入った。