感情シンタイプ   作:小沼高希

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8月上旬、守森先生の家、二人で、つづき

「冷蔵庫の中、比較的きれいですね」

 

「野菜室の方には色々詰まってるよ」

 

宿題が終わったときにはちょっとお昼には遅めの時間になっていた。毎回外食できるほど僕の方には余裕はないし、守森先生もちょっと言葉を濁していたがそこまで大盤振る舞いできるほどではないらしいのでなんだかんだで僕が作ることになった。

 

「……キャベツ、多くないですか?」

 

「安かったので……」

 

「それでも一人暮らしで二玉まるごとというのはちょっと多すぎではないですか?」

 

冷蔵庫は普通に大きめのものだ。僕の家で使っているものと同じぐらいのサイズ。冷凍室と野菜室つき。冷凍室にはちょっと高めのアイスがストックしてあった。大人とはきっとそういうことなのだろう。

 

「わかってないねぇ、鹿染さん」

 

「そんなに食べる方法があるんですか?」

 

「煮てよし焼いてよし蒸してよし。ああ確か豚肉があったんじゃないかな?」

 

「ベーコンですが」

 

「ならお好み焼きができるんじゃない?」

 

「ソースは……中濃だけどある。マヨネーズもあって……鰹節とかあります?」

 

「鹿染さんが立っている場所から右手を上げたところにある棚の上から二段目に小さなパック入りのが」

 

言う通りに手を動かして棚を開けて背伸びをして指を伸ばす。

 

「守森先生の身長だとちょっと辛くないですか?」

 

「折りたたみの椅子を足場に使ったりする」

 

「危ない……」

 

まあそういう話を左側から聞きながら僕は調理の準備をする。幸い大きいフライパンがあったのでこれを使おう。残っていた卵を全部、たっぷりとある小麦粉と片栗粉をそれぞれ適量。

 

「どうせ粉はどれも似たようなものだから大丈夫」

 

「グルテンの存在を忘れていない?」

 

「なんですか、それ」

 

「やってない……か。確かに範囲外だし」

 

そう言う守森先生を横にまな板の上にキャベツを置く。

 

「ちゃんと研いでいるんですね」

 

シンクの下の棚には包丁と一緒に砥石もあった。

 

「軽くだけどね」

 

そう言って先生が椅子を立った音がする。キャベツはまず半分にして、使わない分はラップに包んで野菜室に戻して、芯を取って、ザクザクと切っていく。

 

「少し太めでいいよ、そっちのほうが食べでがあるから」

 

「あまり細かく切れませんから大丈夫ですよ」

 

千切りというほどにはできない。僕の人差し指の半分ぐらいの幅が限界。

 

「お店とかだと専用の機械使っちゃうけど、手作りはそれはそれでいいものがあるし」

 

僕の手元を見ながら先生は言う。あとはこれをボウルに入れて、色々とさっくりと混ぜていく。

 

「ところで、さっき言っていたグルテン、でしたっけ。あれはなんです?」

 

キャベツの緑に水と卵と粉の混ざったとろりとした液体が絡んでいく。

 

「小麦に含まれるタンパク質だね。デンプンよりも水に溶けにくいから、小麦粉を水を変えながら洗っていくと最終的に残るのはこれ。焼くと麩になる」

 

「あの吸い物に入っている謎の物体、小麦だったんですか」

 

「そう。あとはタンパク質同士でジスルフィド結合を作るから生地の強度が上げるためにも必要。はい問題。ジスルフィド結合はどの元素が起こす?その元素を含むアミノ酸は?ジスルフィド結合を利用した現象を一つ挙げて」

 

「硫黄、メチオニンとシステイン、パーマ」

 

「パーマの語源は?」

 

「……知らない、です」

 

permanent(永久)。結合が比較的安定なので、熱とかで結合を作る髪のうねりと比べて長持ちするからこの名前があるよ」

 

そんな会話をしながら僕はベーコンをたっぷりとフライパンに並べて弱火でじわじわと炙っていく。自らの出した脂で揚がっていくベーコン。おいしいけど、あまりカリカリにしすぎてもよくないのでほどほどに脂が出てフライパンに馴染んだら生地を流し込む。

 

「なのでグルテン量によって焼き上がった時のもっちりさが変わる。もちろんどれぐらい時間を置くかとか、酸や塩基みたいなものの影響とかもあるけどね」

 

「あれ、じゃあもしかしてパンでは強力粉使うとかってグルテン量なんですか?」

 

「よく知ってるね。だいたいそうだよ。品種によってグルテンの割合が違うからそこで調整できる」

 

「なるほど……」

 

湯気が出てきたので微妙にサイズが合っていない蓋をする。これで全体が蒸されるまで待つのだ。

 

「料理、かなり得意みたいだね」

 

「後片付けとか、そういうのの手際はあまり良くないですよ」

 

ちょっと散らばってしまったキャベツとか、うまく割れなかった卵の殻とかを見て僕は言う。

 

「練習かな。……久しぶりの誰かの手料理、楽しみだな」

 

「そうなんですか?」

 

「私にご飯作ってくれるような相手、実家の親ぐらいしかいないから」

 

「なるほど……」

 

蓋のガラスの内側が曇っていく。音が少しずつパチパチという水が飛んだ音に変わっていく。

 

「……確かに、僕も実習とか家族以外で誰かのために料理作ること、まず無い気がします」

 

「なら楽しみだな」

 

わくわくしたような先生の声。

 

「問題は……ひっくり返せるかどうかですが」

 

「え、こういうのって一口大に切ってそれぞれをひっくり返せば簡単だよ?」

 

「おっきいまんま裏返したくないですか?」

 

「いや別に……」

 

ここらへんは守森先生とちょっと食い違うところがあるな。確かにフライパンの中で切ってしまえば作業は簡単か。今回はそれで行こう。

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