感情シンタイプ   作:小沼高希

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8月中旬、自宅、一人で

熱と重さが胸の上にある。

 

柔らかい感覚が手に触れる。

 

聞き馴染んだ呼吸音が聞こえる。

 

僕の名前を呼ぶ声がする。

 

ふわりとした抱きしめる感覚がある。

 

濡れるような音が響く。

 

いや待て。違和感を覚えた瞬間、意識が一気に引き戻される。目覚ましが鳴り始めようとする音と、反射的に動いてスヌーズを解除する手。自分以外の熱がないベッド。見慣れた色のシーツ。少し重い頭。寝れたのは七時間ぐらいか。ちょっと本調子は出ないぐらいだ。

 

かといってここで二度寝とかすると、色々と大変なことになるのは身に沁みてわかっているので無理矢理に頭を持ち上げる。あまり高くない血圧は脳に必要な分の酸素を送ってくれないので目が痛み、チカチカとする。久しぶりの、悪い寝覚めだ。

 

「……あれは、守森先生だったよな」

 

呟いてみる。いや、うん。もちろん夢で見たみたいなことはしてみたいよ。けれども、それが相手の同意とか今後の関係とかを考えた上でないとやっちゃいけない事だってことぐらい理解していますとも。

 

脳のどこかで回っているそういうことを頼んだらさせてくれるのかなという気持ち悪い計算を頭の隅に追いやって、昨日の晩ごはんをレンジで温める。

 

「いただきます」

 

誰もいない家で一人手を合わせる。守森先生もそういうふうにしていたな。なんとか起きたので時間に余裕はある。とは言っても電車の間隔一つ分だけだ。ちょっと急いで、いつもより早い電車に乗ろう。

 

洋服タンスを開いて、適当な服を選ぶ。最近塾が忙しくて、それに休日は守森先生のところに行ったりするのもあってあまり家事ができていない。溜まっていく洗濯物をどうにかできるほどの余裕は、時間的にも精神的にも今はあまりない。受験生だから大目に見てもらっているのもある。プレッシャーかといえばそうだけど、もっと他に気にするべきことがあるよな。

 

参考書とノートの詰まった重めの鞄を背負って、すこしふらつきながら駅まで向かう。そうして塾まで電車で向かうのだ。

 

駅のホームで待ちながら、少しだけ回るようになった頭を動かして考えをまとめていく。自動で回っていた多分行けるみたいな考えはちゃんとゴミ箱に入れておこう。もしそうだとしても、それをやる理由にはならない。少し前は死にたくなる時期があったけど、今思えば別にそんな必要もなかったなと思うぐらいに落ち着くことがある。ああいうものだ、きっと。

 

とはいえ守森先生の熱は好きだ。そういうのは否定しないほうがいい。もちろんそれ以上にもっと他のところが好きだけど。やっぱり頭の回転が速いし、引き出しが多い。あと、僕が作ったものを食べて喜んでくれた。あれは嬉しかった。

 

断片的になってしまった夢を思い出していく。あの狭さは、先生の部屋のベッドだよな。もちろん僕はそういう経験がないので、頭の中で生まれたなんとなくの気持ちよさとかは全部幻覚だ。わかってはいるけど、あの夢は特別だった。あれを実際に体験できるとしたら、と思ってしまう。

 

それが手の届くところにあるかもしれないのはわかっているが、それにしてはやる気が出ない。体調が悪いとか、睡眠時間があまり取れなかったとか、そういうのではないな。欲求がないわけではない。強いて言うなら、面倒なんだろうか。

 

とはいえそれが本当に面倒なのかは疑問が残る。臆病なのかもしれないし、好意的に捉えれば先生との関係が好きで変えたくないのかもしれないし。

 

高校生ならこういう想いを持つことぐらいはあるのは、知識としてはある。とはいえ、僕にはそれを共有できる人がいない。納倉は違うし、守森先生に直接言うのはまずいでしょう。それぐらいはわかる。で、結局僕一人で抱え込まなくちゃいけなくなるんだ。

 

同級生が誰かと付き合っている、みたいな話は聞く。中には大学生になった先輩と、なんてこともあったはず。けれども、僕と守森先生はそういうものでは、ない、はず。別にそういう関係を阻むものがあるわけじゃないけど。歳だってなんとかなるぐらいしか離れていないけど。

 

対等な目線に立ちたくないとかかな、と自分の心の奥底をほじくりながら思う。僕が先生のことを先生と呼び続けるのも、先生が僕を学生として扱いたがるのも、対等な関係になって、互いの嫌なところを受け入れて、みたいなことをしたくないから距離を取ろうとしているんだろうか。こういうのは直接相手には言えないから、いい具合に距離感をはかるしかない。そんなことが完璧にできたら、きっと僕には友達が今より多くいるだろう。

 

というところで電車が来た。また今日も、理科と数学と英語を詰め込んで受験対策をするのだ。志望校とか、もう決めないといけないんだよな。何も考えていないし、どこかでなんとかなるだろうと楽観視している自分もいる。けれども、これは誰も責任を取ってはくれない問題で、守森先生のと一緒に僕が背負っていかなくちゃいけないものなのだ。幸いにも、受験の方はあと半年程度で終わるけど。

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