感情シンタイプ   作:小沼高希

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6月下旬、教室、一人で

授業中にスマホをしまわなければならない古い学校もあるようだが、我が校は違う。おそらくいちいち指示するのが面倒なのと比較的みんな真面目なので授業中に関数電卓がわりに使う生徒が得る利益のほうが大きいと考えたのだろう。

 

数学の先生はチャイムの音から少し遅れてやってくるので、それまでに送られてきたメッセージを読んでおこう。

 

先程は連絡先をいただきありがとうございます。

あれ本当に鹿染さんが書いたの?

 

なんというかバレていそうだな。ここで下手に嘘をつくと良くないということぐらいは僕にも察しがつく。

 

いえ、納倉が作らせたものです

 

納倉さんか!

 

どうやら守森先生は納得したようだ。

 

納倉を覚えていますか?

 

もちろん。

元気している?

 

相変わらず授業中にタブレットいじってますよ

 

僕の左前に納倉の席があるのだが、今は堂々となんかソースコードっぽいのを書いている。具体的に何をやっているかは知らない。おそらく僕には理解できないなにか高度なものなのだろう。

 

鹿染さんが授業中にメッセージをやり取りするような悪い生徒になっているのは気にしない方がいい?

 

ぐっ、痛いところを突いてくる。

 

数学は苦手じゃないからいいんです

 

そう。

あ、ちょっと聞きたいことがあるんだけれども、夜中に送るね

 

今でもいいですよ

 

ちゃんと授業を受けましょう

 

はい

 

反論はないのでスマホの電源を切り、問題に向き合う。ちなみに授業である数学Cの内容はベクトルだ。これぐらいならわかるので適当に章末問題を解いていく。いちおう黒板の様子は確認していますとも。

 

基本的にベクトルは矢印だ。納倉が言うには本質は数の束を扱う手法であって矢印というのは幾何的な意味をもたせただけに過ぎないらしいが出てくる問題が幾何的な図形問題だからいいんだよ。

 

というわけで一問目の答えを出す。基本を押さえた簡単な問題だ。答えがちょっと約分しきれない数だったのでスマホを起動。アプリを開いてカメラで撮って、あとは入力を微調整すれば自動で答えが出てくる。よし。正解だ。

 

こういう便利なものが色々ある時代で、わざわざ手計算をする必要がどこまであるのかというのは正直わからない。ただまあ、僕にとっては大学受験の時にスマホを持ち込めないので手計算をちゃんとやっておく必要があるという理由で真面目に勉強するには十分だ。

 

なんとなくアプリを切り替えて、守森先生のメッセージを見てしまう。それにしても聞きたいことというのはなんだろう。学校の話かな。

 

とはいって、守森先生がこの高校の教師を辞めてからあまり大きなことが起こった印象はない。相変わらず理科準備室の割れた窓はプラダンとガムテープで応急補修されているし、埃を被った昭和時代の標本とか実験道具はおそらく今まで過ごしたのと同じぐらいの時間、今後も誰にも触られずに過ごしていくだろう。

 

なんだかんだいって、人間は変わるのが怖いのだ、とそれらしいことを考えて窓の外を見る。少し曇り空。

 

守森先生との記憶を、少しだけ辿ってみる。

 

この高校は一年生から理系と文系に分かれる。より正確に言えば、希望者は一年生の時点で完全に理系特化のカリキュラムや文系特化のカリキュラムを選択できる。もちろんそうではないいろいろふわふわした人たちもいて、そういう人は二年生で選択をするのだ。

 

理系特化になると、一年生のうちに物理基礎と化学基礎と生物基礎をやる。週に六時間だ。毎日理科である。で、その全ての授業を持ってくれたのが守森先生だった。

 

守森先生の授業はあまり教科書とかに囚われなかった。一応該当する章の内容について扱うのだが、教科書から外れたり別の教科の話をしたりとかなり暴走気味のような気が最初はしていた。そういう愚痴を当時からずっと同級生の納倉に話したら、呆れられたような顔を向けられたのを覚えている。

 

「詩明せんせはヤバいよ?あれだけの内容をちゃんと授業時間内に収めて、教科書を読み直せばちゃんと理解できて、それでいてちゃんとその先も見据えた授業をしているんだよ?」

 

ちなみに納倉と僕が仲良くなったのはなんとなく同じような空気がしたからだ。休み時間には静かに本を読んだりスマホを触っているような、高校最初の交友関係構築に失敗したような二人。あとは両方とも理科が好きだったという共通点もある。

 

ああ、で守森先生の話。実験とか映像教材とかも色々と使う授業だったので、時折僕と納倉が呼ばれて授業の準備を手伝った。それ以外の生徒はあまりこういう事に興味がなかったらしく、頼まれたら手を挙げるようにしていたらいつのまにか常連になっていた感じだ。

 

どこかで糸状菌がコロニーを作っていそうな部屋で、守森先生は色々なことを教えてくれた。理科準備室にあるものだけで作れる爆薬とか。似たような物質は薬品をきちんと管理していないと生まれてしまうらしいので、そういうところに注意しようねという内容だったが僕からすれば生徒になんてこと話しているんだという印象のほうが強かった。

 

チャイムが鳴った。守森先生がメッセージを送ってくるのは放課後になるか。なら今日はちゃんと授業を受けよう。

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