感情シンタイプ   作:小沼高希

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8月下旬、守森先生の家、二人で

「こんにちは」

 

馴染んだ守森先生の部屋に入る。

 

「入って入って」

 

「失礼します」

 

少し前にちょっとしたすれ違いが起こったのを忘れているのか、気にしないようにしているのか、あるいは隠しているのか。そこらへんはわからない。まあ先生が言い出さなければ僕から言うこともないだろう。

 

「じゃあ、ゲームしようか。ちょっと準備するから待ってね」

 

そう言って先生はディスプレイを切り替えてゲーム機の画面をつける。

 

「……その」

 

「なに?」

 

「いえ、やりましょう。前回は先生の勝ち越しでしたからね」

 

そう言って僕はコントローラーを受け取る。やるのは古典的な落ちものパズルというやつ。上からブロックが落ちてきて、並べると消えて相手に送ることができる。速度は設定でゆっくりにしてあるので、アクション性はそこまで求められてはいない。

 

「……私とこうやって過ごすの、辛くない?」

 

「いえ」

 

「……嫌になるときって、ある?」

 

そう言って先生はブロックを消す。おかげで邪魔なブロックが僕の方に現れるのだ。

 

「ないとは言いません。でも、僕は納倉とでもそう思う時があります」

 

「納倉さんとは仲いいの?」

 

「学校で唯一の親友ですからね。最近話していませんけど」

 

お返しにこっちもブロックを消せた。先生がちょっと素早くコントローラーのボタンを押す。

 

「……こう言うと許してもらえるとかそういうこと前提に聞こえるかもしれないけど、私のことは気にしないでいいからね。嫌なら、来ないで」

 

「先生みたいなこと言いますね」

 

そう言ってから守森先生が先生だったってことを思い出す。

 

「こういうことを言う先生にはなるものかって思ったんだけどなぁ」

 

互いに少しずつ余裕がなくなってくる。まだなんとかなるうちに、しっかりと息をしよう。

 

「確かに、そういう先生は嫌ですよね」

 

「大抵はそれで来なかったら怒るんだよね、理不尽っ!」

 

先生が連鎖を決めた。一気に僕が不利になる。

 

「そうですよねっ」

 

話していて集中を切らしてしまっただろうか。急いで邪魔なブロックを除去するためのルートを頭の中で練る。行ける、はず。

 

右に三つ、そこで一気に降ろしてその次は左壁にくっつける。落ちる瞬間に回して食い込ませるようにして、消す。よし、いい感じだ。少しだけ状況が改善する。

 

「もし嫌なら、ちゃんと言ってってお願いするのは負担になる?」

 

「自分の中で溜め込んでしまったほうが楽ですからね、よくないってわかっているんですが」

 

「難儀な性格だね」

 

「先生もそういうところあるでしょう?」

 

「否定はしないよ、だから君が好きなんだけど」

 

初めてそういう呼び方されたんじゃないか、と気がついた時には僕は負けていた。ずるい。こんな攻撃ありかよ。

 

そう思って守森先生を見ると、目を見開いて口をどうしていいかわからないようにしている。

 

「……先生?」

 

「……いや、ごめん、もし嫌だったら、忘れて、その、そういう意味じゃないから」

 

「そんなに僕の呼び方を変えたくないんですか?」

 

「えっ」

 

「え?」

 

ちょっと何かが混乱しているようだ。

 

「一旦落ち着きません?」

 

「……うん。そうする」

 

そう言って先生はゆっくりと腕を開いて呼吸をした。そうして少し落ち着いたように見える状態になって、先生は話し始める。

 

「守森先生は、大抵僕のことを鹿染さんって呼びますよね」

 

「……うん」

 

「一瞬だけ鹿染くんって呼んでくれた時もありましたけど」

 

「……一瞬だけ、ね」

 

「でも、先生は僕のことを……なんていうか、名前以外では呼ばなかったんです。二人きりのときでも」

 

「わざわざ呼ばなくてもよかったし……それに、鹿染さんだって私のことを先生としか呼ばないよね」

 

「そうですけど」

 

「……で、さっきの私の言葉だけど」

 

「はい」

 

「……その、嫌じゃない?」

 

「何がです?」

 

「……言わないと、わからない?」

 

「わからないです」

 

「……好きって言ったんだよ、私は、君のこと」

 

「……あっ」

 

なんというか、守森先生が僕のことを好きでいるのはある程度は当然だと思っていたので気が付かなかった。いやだって嫌いな人を家に呼ばないでしょ。

 

「……どう受け取れば、いいですか?」

 

「……鹿染さんの好きなようにして、いいよ」

 

「先生は、そうやって判断を僕に投げますよね」

 

「ひっ」

 

あっ口調が強くなってしまった。落ち着こう。

 

「……それなら、僕がしたいことしますよ」

 

椅子から立ち上がって、先生の方に進む。少しだけ緊張を解いた先生に腕を回す。左腕を先生の右側の腋の下に入れて、右腕を先生の首の隣に回して。

 

「……嫌ですか?嫌だったら、言ってください」

 

「……好き。私はこうやって、鹿染さんの、君の体温を感じるのが好き。これで、私の好きって言葉の意味は伝わった?」

 

僕も守森先生も、直接言葉にするのを嫌うくせに相手にちゃんと言われないと行動しない人だ。そういうのは、何回も会ってよくわかった。だから、時にはこういうふうに僕からアプローチしてあげたほうがいい。たぶん。

 

「わかりましたから、次は先生の方からしてくださいね」

 

「めんどうくさい……」

 

そう言って、先生は僕をぎゅっと抱きしめる。

 

「わかりますけど、だからこそお願いします」

 

「わかった、わかったから」

 

そう言って先生は、離してほしそうに僕の背中をとんとんと叩いた。

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