感情シンタイプ   作:小沼高希

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8月下旬、守森先生の家、二人で、つづき

「……鹿染さんに渡したいものがあるんだけど、いい?」

 

「いいですけど」

 

抱きしめていた腕をほどいてそう返すと、先生は机の引き出しを開けてごそごそと漁った。

 

「ええと、たしかここらへんに……」

 

「見つかります?」

 

あまり良くないとはわかっているが、先生の机の中がちらりと見えてしまう。電子辞書。なにかの封筒。セロハンテープ。あれはCDってやつだっけ。あとはよくわからないケーブルの伸びる装置とか、箱に入った何かとか。お世辞にも整理整頓されているとは言えない。まあ僕も先生になにか言えるほどそういうのをやっているわけじゃないけど。

 

「あった、これこれ」

 

守森先生が僕に渡すのはチャックのついた小さくて透明なビニールの袋。中には頭が青い鍵が入っている。

 

「……あの、もしかしなくても」

 

「ここの鍵」

 

「ですよね」

 

いや待ってくれませんかね?さすがに僕だって社会人がハグするような関係の相手に合鍵を渡す意味ぐらいは理解できているつもりだけど。

 

「……受け取りたくない?」

 

「いえ、もらったところで……と思って」

 

だって僕が来る時、たいてい守森先生がいるときだし。そもそも先生に会いに行くんだから先生がいないと入れないというのは特に問題にはならないわけで。

 

「毎回面倒なんだよ」

 

「えっ」

 

「下でインターホン鳴るとあそこまで行かないといけないし」

 

そう言って先生は壁にある画面付きの端末を指差す。

 

「……はい」

 

素直にここはもらっておこう。

 

「あとはまあ、忙しい時に買い物とかお願いするかもしれないし」

 

「確かにそれなら鍵があったほうがいいかもしれませんが」

 

「あとほら、首都圏でなにかあったときにここに泊まりに来れるでしょ?」

 

「……家まで帰れますよ、大抵の場合は」

 

「……そうかも、しれないけどさ」

 

先生はしゅんと肩を落とす。

 

「……私がいなくても、ここに来ていいから。居場所は多いほうがいいでしょう?」

 

「いつでも行ける居場所は多くてもいいですけど、いなくちゃいけない場所はあまり多くないほうがいいと思うんです。今でも家と学校と塾があるんですから」

 

「……重いって、思う?」

 

「……否定はしません」

 

だってこういう鍵を渡すってことは、相手の住んでいる場所とか食べているものとか暮らしている空間そのものを共有したり、場合によっては支配できるってことなわけで。そこまで信頼されているのか、あるいは僕がそういう事をしないと思っているのかはわからないけれど。どっちでも嬉しいからいいか。

 

「……正直、君が来てくれなくなる日が怖い。週末に君と無駄な話をする時間がほしい。そういう下心があって、君に圧力をかけたくて、この鍵を渡している」

 

先生は卑怯だなぁと思う。僕だって同じぐらい逃げたいのに。支えたくない。面倒だなって思う。だけれど、きっと守森先生も面倒で、責任を持ちたくなくて、支えたくなくて、それでも色々とやってくれたのだ。高校一年生の時だけじゃなくて、もちろん再会してから、今までも。

 

「僕も先生にそういう圧力かけるかもしれませんけど、いいですか?」

 

「……例えば?」

 

「先生の作った料理が食べたいって言うかもしれません。奢ってもらうこと前提で、外食に誘うかもしれません」

 

「ごはんばっかり」

 

先生は小さく笑う。

 

「いいよ、たまになら作ってあげるし、奢ってあげる。だから、時々でいいから私にも作って。できたら頻繁にここに来て」

 

「……交通費とか、予定とか、宿題とかありますけど、頑張ります」

 

「優先順位は高くしなくていいからね。あとまだ鹿染さんは未成年だから色々と……」

 

「そろそろ、僕も十八になりますけど」

 

「……ああ、そっか。もう大人なんだ。誕生日いつだっけ」

 

「十月です」

 

「再来月……何か欲しいもの、ある?」

 

「そう言われると、ないですね……」

 

はっきりとした趣味みたいなものがあるわけではないし、お小遣いは親からもらえている。

 

「先生は、いつなんですか?」

 

「ええと、十二月。だから鹿染さんのほうが早くなるのかな」

 

「ですね。……何か欲しい物ってありますか?僕が用意できるものは限られますけど」

 

「んー、いや基本自分で買えばいいな……」

 

「結構そうなりますよね。先生ってサプライズとか好きですか?」

 

「嫌いじゃないけど、反応を返さなくちゃいけないのが面倒で辛い」

 

「面倒くさがりですね。僕もですけど」

 

「……まあ、ケーキとかなら食べたいな」

 

「十二月ですよ?難しくないですか?」

 

「上旬だから大丈夫だよ、その頃にはあまり混まないし」

 

「なるほど」

 

ちゃんと伝えたかったことが伝わる。本当に手間を減らしたいなら最初からクリスマスの話をするべきだったんだろうけど。

 

「苦手なものってあります?」

 

「あまりないよ。鹿染さんは?」

 

「……酸っぱい果物が、ちょっと苦手です」

 

「意外。とは言っても、私は鹿染さんのこと何にも知らないんだよね。どういうふうに育ったのかとか、いま学校で何をしているのかとか」

 

「夏休みです」

 

「そういえばそうだったね……」

 

先生はそう言って腕を広げた。僕は息を吐いてポケットに鍵をしまう。

 

「先生の方から来てくださいよ」

 

「……わかったよ」

 

守森先生は椅子から立ち上がって、僕の方にかなり強めに飛びついてきた。

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