感情シンタイプ   作:小沼高希

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8月下旬、遊園地、納倉と

「自由落下の際に、かかる力は重力だけになるわけだよ」

 

隣から納倉の声が聞こえる。

 

「それ、今言う必要ある?」

 

安全バーを握る手に力が入ってしまう。ゆっくりと離れていく地面。

 

「実際のところは完全な自由落下にはならないはずだけど、今までかかっていた重力がなくなる分内臓が上の方に行くわけ」

 

「あの、考えたくないんだけど」

 

「どうせもう逃げられないんだから、楽しまないと」

 

「怖い……」

 

そういうことを言った瞬間、僕を支えていた抗力が消える。文字通りのフリーフォール(自由落下)が始まる。背中が冷めるようになって、今まで脚に回っていたはずの血液が過剰な筋肉の力で頭に回る。少しだけちかちかする視界。

 

「やっぱりこういうのはいいねぇ!」

 

「元気なやつめ……」

 

わかっていればマシなんだが、やっぱり心臓に悪いな。僕はそもそもあまりこういうのが好きではない。まあ納倉が楽しそうなのを見るのは嫌じゃないけど。

 

「また乗る?」

 

納倉が僕の手を引いて椅子から立ち上がらせてくれる。

 

「いや、しばらくはいい」

 

「そっか」

 

心臓は落ち着いてきたが、まだお腹の中がぎゅっとなったようなあの感覚は残っている。もちろん楽しくないわけじゃないけど、一回でいいや。

 

「……もう一回、乗ってきていい?」

 

「それなりに並ぶだろ?別にいいけど」

 

「よかった」

 

そう言って僕をベンチに置いて納倉はまた行列に向かう。さっき僕たちが待ったときよりも列は短くなっているからそこまで時間はかからないだろうけど。

 

「……いや、一緒に行こう」

 

「いいの?」

 

「ただ待つのもあれだから」

 

どうせならしっかり楽しまないと。フリーパスなので好きに乗れるし、ならいっぱい楽しんだほうがいいだろ。きっと。

 

「……ごめんね、悠」

 

「いいよ、別に」

 

「ウチと違ってさ、悠はけっこう人のことを思いやるよね」

 

「……それは納倉がそういう事を気にしないだけでは?」

 

「そうかもしれない」

 

納得された。反論ぐらいしてくれよ。

 

「ただ、それは悠がそういう細かい機微を感じられるってのとは別になるんじゃない?」

 

「……言うほど、僕も人のことをわかってないけど」

 

守森先生と話している時に、時々先生が機嫌が悪い感じになったり、あるいは自分の感情をすぐさま出してしまったり、そういう事がうまくできていない感じがする。

 

「ま、慣れだな。詩明せんせとはそういうの起こるか?」

 

「……けっこう」

 

「詩明せんせも結構失敗していると思っているらしいけど、どうもウチからすると両方とも自罰的に見えるんだよなぁ。まあ悪い組合せじゃないけど」

 

「客観的に見て、どう思う?」

 

「ウチはそんな客観視してるわけじゃないって。ただ単に横からちょっかいを出す程度の存在だよ」

 

「それでも、僕も守森先生もある程度本心を打ち明けられる人なんだけど?」

 

「そいつは光栄だけど、買いかぶり過ぎってやつだよ」

 

「……納倉も、僕とか守森先生みたいなところ、あるよね」

 

「違うと思うけど。もしそうなら……色々と、うまく行ってたかもしれないけど」

 

「少なくとも僕は助かっているよ、ありがとう」

 

「そいつはどうも」

 

並んでいる人たちが何歩かずつ進む。このまま行くと次の次のグループになるのかな。

 

「悠は、怖いのが好きなの?」

 

「……終わった後に、自分が存在するって実感できない?」

 

「それ、ちょっと危ないやつだよ」

 

もしこれが痛みとかになると、それが自傷行為に繋がるみたいな話をどこかで読んだことがある。

 

「誰だって何かを得たいから自分が傷つくことを厭わないってことはあるし、時には傷つくために傷つくってあるだろ?」

 

「そう?」

 

「恋っていうのは、他人をかなり傷つけるものだろうに」

 

吐き捨てるよう、とまでは行かないけれども少しだけ不満そうな感じを滲ませて納倉は言う。

 

「……わかってはいる、けどさ」

 

できるだけ気をつけるようにしている。相手に受け入れてもらえなくても大丈夫だと思って行動している。それでも互いにすれ違うときはあるし、不満に思うことはあるし、引っかかるものはある。それでも僕は守森先生と一緒の時間を過ごすことが好きだ。

 

「それを選ぶって言うんなら、止めはしないが覚悟はしておけよ」

 

「……うん」

 

「ま、世間にある恋愛的なものとはそれなりに違うだろうが、標準的な愛とか平均的な恋っていうのは存在しないからな」

 

「本当にそうか?」

 

納倉にツッコミを入れたくなってしまうのは悪い癖だ。

 

「好意の定量的評価基準があればいいか?統計的に十分多数の恋愛手続きがあれば満足か?」

 

「感情をデータにするの、今どきなら脳波とかでいけない?そういうゲーム機あるよね」

 

「ああいうのは補正かなり強いし、思い通り動かせるっていう感覚が先行して動いた結果を自分がこう動きたかったって思い込むなんて話があるから」

 

「なるほど難しいな……。統計のほうも、どんなふうに進展するかなんて人それぞれだろうし」

 

そう考えると、僕と守森先生の関係は特別だろう。ここ半月で一気に近づいた気がするが。

 

「ま、難しいことを考えずに生きていることを感じようか」

 

思ったより一度に乗れる人数が多いらしく、いつの間にか行列が終わっていた。身体が少しこわばっていた。

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