「うぅ……」
ベンチに座って、少し空を見ている。身体が浮く系のアトラクションをそれなりにやって、あとは迷路とかコーヒーカップとか。遠心力のせいで色々と平衡感覚が狂っている。
「ほい、食べるか?」
「……なんだっけ、これ」
細くて茶色くて長いちくわぶみたいな砂糖がまぶされた何か。
「チュロス」
「ああ、そんな名前だった」
かじるとシナモンの味がする。おもったよりもちもちしているもんなんだな。
「で、遊園地の感想は?」
「満足した。もうしばらくはいいかな」
「そいつは何より。これで受験終わりまではしばらくなんとかなるな」
「そうなんだよな……」
八月が終わる。つまりはあと四ヶ月で来年になって、受験がやってきて、気がついていたら大学生か、あるいは浪人生か、あるいは高卒社会人になるか、あるいは……まあ、そういう話はあまり考えたくないが考えないといけないんだよな。めんどくさい。
「受験終わったら、またウチと遊園地行く?」
「……他の所がいいな。浮くようなやつは嫌だ」
「はいはい。……今日はありがとうね」
「まだ時間はあるけど?」
迷路とかそういうのもあるし、それなら比較的落ち着いて回れる。
「回る?」
「……今はまだいいや。ちょっとのんびりしようか」
そう言って納倉は僕の隣に座って、チュロスを一口食べた。
「それにしても、悠が誰かと付き合えるとは思ってなかったよ」
「……僕と守森先生って、付き合っていると言っていいと思う?」
「言葉の定義は難しいから一概には言えない、というのはともかく、ウチはいいと思うが」
「そう?」
僕は聞き返してまた一口食べる。
「合鍵をもらって、週に一度でも家に訪れて、食事を作って、互いに気持ちを伝え合うような関係は、まあ十分そういう関係だと思うよ。もちろんこれらは必要条件でも十分条件でもないけど」
「……必要条件と十分条件って、どっちがどっちだっけ」
「おい、論理の結構基礎だぞ。今それはちょっとまずいのでは?」
ちょっと慌てたように言う納倉。
「ええと、例えば猫は動物であるために必要じゃないけど、猫だったら動物だから、動物であることをいうために猫であることが……十分条件、だっけ?」
「そうだな。で、逆に猫であることを言いたい場合、動物であることは前提の条件だ。こっちは必要条件」
「必要条件って、証明とかで使う?猫であることを証明したいのに、動物であるかどうかってそこまで重要ではないような」
「背理法」
「あーあったなそんなもの……」
前提条件を逆にして、そこから出てきた結論が矛盾することを持って最初の仮定を否定するという少しトリッキーなテクニック。
「ああでも、動物の分類みたいな話があればできることはあるか」
「何が?」
「分類の定義の話だよ。ウチはあまり詳しくないけど、悠はそこらへん得意だろ?」
「……何がネコであることを決めるのか、みたいな話?」
「そうそう」
一応分類学は好きだから多少知識はあるけど、読んだだけで誰かに話せるほど頭の中でまとめられていない。
「ネコは……たぶんリンネが最初に記載した種の一つだから、たぶんタイプ標本がないんじゃないかな」
「ええと、いくつか説明が必要な単語がある」
「うん」
「リンネ、記載、タイプ標本。リンネは確か学名ってのを作った人だったっけ?」
こういうな質問はありがたいな。幸い、全ての単語についてちゃんと説明することができそうだ。
「そう。二つか三つのラテン語の単語で種を分類するもの。記載っていうのは、論文とかの形でこの種が新種だって報告すること。タイプ標本が、これがその動物ですって論文とかにする時にもとにした標本とかのこと」
「なるほど。ええと、つまり最初にリンネが学名つけた時にはタイプ標本みたいな制度がなかった、と」
「そう。だから本当に今のネコがリンネが見たネコかはわからない。多分骨の形とか、あとは今なら遺伝子分析とかすればわかるだろうけど」
「後から違う種だったってなることがあるのか?」
「……ある。山ほどある。本当にたくさんある」
一応そういう方面が好きなので、たまに大学が出しているニュースとかを見るがかなりよくある印象だ。もちろんそれ以上に学名が付けられる生き物が圧倒的に多いというのは置いといて。
「大変だな」
「見た目だけじゃ本当に同じ種なのか別なのかってわからないから」
「……恋とかの話だと、タイプ標本になりそうなものはどこに行けば手に入るのやら」
「標本って名前がついてるように、ちゃんと後から参照できるようにしておかないといけないから……現象とかには難しいんじゃないかな」
「記録は?」
「確かに一部は実物がなくても記録だけで新種扱いって話を聞いたことがあるけど……あまり覚えてない、ごめん」
「いいって、変な話を振っちゃったのはウチの方だし」
「守森先生ならこういうの、もっと詳しいのかもしれないけど」
「……かもな」
納倉が呟いて、いつの間にか食べ進めていたチュロスの最後の部分を口に放り込んだ。