久しぶりの通学路。止まらずに進む足。無意識にたどれる昇降口から教室までのルート。自分の机の場所はちゃんと覚えていた。
「夏休みはどうだった?」
荷物を鞄の横にかけていると、納倉が声をかけてきた。
「つい先日会ったばかりだろ?」
そう返しながら机の中に教科書をしまう。移動教室の分は鞄に入れたままだ。
「そうだったか?そうだったな」
遊園地の話を思い出したらしい。本当に納倉は忘れていたのだろうか。まあでも制服の納倉に会うのは久しぶりだな。そういう意味ではちょっと懐かしい。
「ま、でまた楽しい学校生活だね」
「塾とか通っていると学校が息抜きになりかねないかもな……」
そう言って納倉はため息を吐く。
「そういえば聞いたことなかったっけ、納倉は塾とか行ってるの?」
「ウチは基本自習」
「すごい」
自習はそう難しいことじゃないことを知っている。毎日スケジュールを管理できて、辛いときでも取り組めればまあなんとかなるというやつだ。特に納倉なら高校レベルの問題なら解説があれば理解できるだろうし、わかる人が隣りにいたりしなくてもいいのは納得だ。
「そうか?」
「納倉の雰囲気からして、正直もっとだらだらしているかと」
「……ウチだって、それなりに頑張るってことは知ってるよ」
「そういう努力を続けるなにかいい方法、ある?」
「悠には無意味なアドバイスになるが」
「それは僕には努力が続けられないって意味?」
「端的に言えばそう」
「ほう」
「悠は努力を意識しないほうがいいよ。日常の行動とか、普段からの習慣にしておけばそういうのは強いから」
「そうかな……」
言われてみれば宿題は嫌いだけど、一応終わらせなかったことはないんだよな。これは小学校の頃からの習慣みたいなものなのだ。小さな自慢ではあるが、だからといって真面目にやっている全教科が伸びているわけではない。
「とはいえ、これは壊れるリスクも抱えるわけで」
「そう?」
「日常的にやっていることを辞めるのって、相当勇気がいるんだよ。だから習慣にするってことは、それを一生……とまでとは行かないけど、それなりに長い間一緒に過ごすことを覚悟した上でやる必要はある」
「納倉もそうしてるの?」
「いや、ウチは天才だからどうにかなる。解けるものを解いて、解けないものは解けるようにしておかないと気持ち悪い」
「そこで気持ち悪いってなるの、やっぱり習慣になってない?」
「かもな。……言われれば辞めるのも難しくなっているな」
警告していた本人がもうダメなの、受験勉強というのはもしかしたら相当やばいものなのかもしれない。とはいえ今どきの大人の少なくない割合がこういう試練を乗り越えているのだ。僕が乗り越えられない理由はない。
「……辛くならない?」
「ウチが?」
「そう」
「ま、もちろん勉強ばかりしていると精神とか肉体の調子は悪くなるけどさ、ある程度楽しんでやれば問題ないし」
「問題ないんだ」
「悠は……息抜きのゲームとかやらないか」
あまり僕はそういうことしないな。最近は守森先生と話すのが一番の楽しみになっている。
「最近は守森先生との遊ぶやつぐらいかな。納倉は?」
「たまにやるな。とはいえあれはゲームと言っていいのか微妙だが……」
「どういうの?」
「VRもの。インタラクティブ体験重視の、体験を体験するみたいなやつで……」
なんとなくイメージはつくが、どういう感じかはわからないな。本当は体験してみたほうがいいのかもしれない。
「面白い?」
「人を選ぶ」
「わかった。僕に合うと思う?」
「あまり。遊びたかったら言って」
「ありがとう。たぶんやらない」
納倉はこういうふうにちゃんと一線を引いてくれる。無理に推奨したりはしないんだよな。守森先生はもう少し距離を詰めている感じがする。それは多分、僕のことをもっと知りたいってことなんだろうから嫌とは思わないけど。
「さて、そろそろ楽しい新学期のありがたいお話だ」
そう言って納倉は自分の椅子に戻っていく。
「特に面白い話がない方に賭ける」
今日は一時間目が潰れて、それ以降は普通の授業だ。一時間目の先生は一体どうやってこの削れた分を補填しているのだろう。たぶんどこかで現れる変な授業とかはここの分のものなのだろうが、僕たちにはそういうことを覚えておくほどの記憶容量はない。
「賭けにならないでしょ」
小さな声が帰ってきた。チャイムが鳴る。今日は一旦教室で話聞いてから体育館行って全校集会やって、その後帰ってきて学年集会かな?まったく、どうせ同じような話を三回聞かされるのならまとめて欲しいものだ。予習とか復習とかと違って理解が深まるとかは特にないし。
担任の先生が来て、相変わらずあまり面白くない話をする。はいはい、受験が近いってことを理解できるほど僕は真剣でも本気でもないですよ。心の中ではどこかなんとかなるという気がしている。
あくびを一つ。今日は綺麗な九月らしい秋晴れだ。なお数日後には台風がやってくるようで。なんていうか、人間の心みたいな空模様だな。