感情シンタイプ   作:小沼高希

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9月上旬、レストラン、二人で

明日は仕事があるので朝から出て昼過ぎに帰るから、一緒にお昼食べない?

 

行きます

 

昨日送られた先生からのメッセージを確認しているうちに駅に到着した。久しぶりの一緒のご飯である。

 

いつごろ着きそうです?

 

待ち合わせ場所にしている駅ビルの入り口に立ってメッセージを送るが、返信はやってこない。忙しいのかな。ちょっと早く来てしまったのもあるし、ここは単語帳でも読んでおこう。

 

柱に背をつけて英単語を見ていくが、どうしてもそわそわして目が滑ってしまう。こういう緊張は珍しい気がする。いつもはもう少し落ち着いている自覚があるんだけれども。

 

集中できないので、目線を上げて行き交う人の流れを見る。僕と同年代ぐらいらしいジャージを着ている人たちは試合かなにかだろうか。家族連れもいる。休日だからね。あとは楽しそうに話している女性二人とか。手を繋いでいるっていうのはそういうことかな。

 

そういえば、僕はあまり守森先生と手を繋いでいない。ハグとかはたまにするけど、肌を触れ合わせたり握ったりってことはあったっけ。どうだろ。記憶がちょっと怪しい。

 

こういうとりとめもないことをぼんやりと考えて貴重な勉強時間を浪費しながら自分の手を見ていると、スマホから音がした。

 

「今」

 

 

声とメッセージが重なる。目を上げるとスーツ姿の守森先生。

 

「待たせてごめんね」

 

「そんな待ってませんよ」

 

「んー、そう言ってもらうのは嬉しいんだけどやっぱり十五分は短くない時間だよ」

 

「十五分?」

 

そう言って僕はさっきの僕からのメッセージの送信時間を見る。ここについてすぐ送ったはずなので、確かに十五分ほど突っ立っていたことになる。本当?そんな時間が経ったようには思わなかったが。

 

「何か考え事でもしてたの?」

 

「……ええ、まあ」

 

「聞いてもいい?」

 

「守森先生についてのことですよ」

 

「……へぇ、そうなんだ」

 

明らかに嬉しいのを隠そうとしているのがわかる。こういう所を見ると、僕の中の先生への好意が上がっていくのだ。

 

「で、お昼どうする?」

 

「先生が決めていいですよ」

 

「鹿染さんの好きなところでいいよ?」

 

そう言って僕たちが笑顔を向け合う。これはもう少しわかりやすく言うと面倒だお前が決めろと互いに押し付けあっているということである。

 

「……本当だったら、ちゃんと自分から考えるべきなんでしょうけどね」

 

「難しいよ。本当は私が年上だからリードすべき、とか言われたら反論できないし」

 

互いに面倒だってわかった上で、やりたくないって言った上で、どうしようか話し合う。多分僕と守森先生みたいな関係じゃないとやった時点で幻滅されるようなことだけど僕はいいし、守森先生もいいと言ってくれている。

 

「んー、お肉食べます?」

 

「そうだね、今日は疲れたしいっぱい食べて寝たい」

 

「食べてすぐ寝るの、あまり良くないって聞きましたけど」

 

「血糖値が乱高下するから、身体には良くないね」

 

そんな話をしながら、結局は駅ビルの中のステーキ屋さんにすることになった。先生は今日頑張った自分へのご褒美ということでちょっと高いものを選ぶので僕の分はあまり出さないとのこと。とは言っても半分以上出してくれるし、いい人だ。

 

「先生、手を見せてもらっていいですか?」

 

注文を終えて水を飲んでいる先生に僕は声をかける。

 

「いいよ」

 

先生の手は柔らかくてもちもちしていて、僕の手よりも小さい。実際に手のひら同士を合わせてみると。僕の指の第一関節ぐらいのところに先生の指先が当たる感じだ。

 

「……楽しいの?」

 

「そう見えます?」

 

「口元が緩んでいたから」

 

そう言って先生は少しだけ手首をひねるように手をずらして、指を握り込む。一瞬で僕の手は先生に掴まれてしまう。

 

「……やっぱり、触られるよりも触るほうが私は楽しいな」

 

そう言いながら先生は指に力を入れたり抜いたりする。それだけで、先生の熱と圧力で僕の頭は真っ白になって何も考えられなくなってしまう。

 

「……せん、せい」

 

「なぁに?」

 

手の指が順番に入れ替えられていく。さっきまで端にあった小指が、僕の薬指と小指の谷間に入るように。ゆっくりと動く先生の指はくすぐったくて、背筋がなんか変な感じになるようだけど、手からは振りほどくための力が抜けていく。

 

「……かわいいね、鹿染さんは」

 

「……はい」

 

否定しようとか、何か言い返そうとか考える事もできずに、僕はただ守森先生の言葉を肯定してしまう。

 

「はい、一旦おしまい」

 

そう言って先生は手を引いた。僕の垂れる指から抜かれる先生の細い指。擦れていくのがまたもどかしい。

 

「……鹿染さんは、こういうのに弱いの?」

 

「そういうつもりは、ないんですけど……」

 

知らない感覚だった。なんとなく想像で思っていたものよりも、もっとなんていうか直接的で、熱を感じて、勝てないって思い知らされるような感じがした。いやもちろんこれは幻覚だと終わった今になったからわかるけどさ。

 

「……私も、鹿染さんみたいに感じたいな」

 

そう先生が呟くと、店員さんがやってきて日替わりランチプレートと分厚い特製ステーキを机に置いた。逆だったので、店員さんが去った後に僕たちは無言で交換した。

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