感情シンタイプ   作:小沼高希

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9月上旬、守森先生の家、二人で

ご飯を食べ終わって眠くなった頭で、少し湿った空気の街を歩く。何回も通った道なのに、隣に守森先生がいるとなんか雰囲気が違う。

 

「もし嫌なことがあったら、言っていいからね」

 

「わかってますって」

 

「……あとまあ、これはアドバイスではあるけど後悔しそうならしないほうがいいよ」

 

さっきから先生が意味深なことを言っている。その意味を理解しないように脳を誘導しながら、オートロックををくぐる。ピピッと鳴るのは多分非接触で鍵に入ったチップか何かを読み取っているのだろう。

 

「……ただいま」

 

先生は部屋の扉を開けた。先生はこういうところでちゃんと誰もいない部屋に向かって声をかける人なんだな。何か機械音がする。

 

「何の音ですか?」

 

「たぶん除湿機」

 

「ああ、そういう季節ですものね」

 

台風がやってきたり、白い空模様だったり、まあなんというか少し面倒な時期だ。いや夏も暑いし辛いのは変わらないけど。温度が低いだけマシなんだろうか。

 

「昔はもう少し涼しかったとかいう話を聞きますけど、実際の所どうなんですか?」

 

「実際上がっているよ、まだ温暖化は収まらないし」

 

そう言いながら先生は手早くジャケットのボタンを外し、ズボンを脱ぐ。灰色のショーツが見えてしまったので目をそらす。

 

「湿度高いと、やっぱりこういう服は面倒だよね」

 

ワイシャツを丸めて、靴下を脱いで、丸めて洗濯機に放り込む先生。あまり見ないようにしているが、これってなんなんだろう。色気とかそういうものは思っていた以上にない。いや先生の肌は綺麗なんだけどさ、そういう意味ではなくて。

 

「……鹿染さんも、上着ぐらい脱いだら?」

 

「シャツだけになりますけど」

 

「……外の服でベッドに入って欲しくないから」

 

「ベッド、って」

 

「眠くないの?」

 

そういえば血糖値とか昼寝とかの話をしていたな。ああ、そういうこと、ね。

 

「……寝るん、ですか?」

 

「私は文字通りに寝たい。ただ本当に疲れているから、あまりべたべたしないで。湿度的にあれだし」

 

「……わかりました」

 

守森先生はこういうふうにある程度わかった上で自分のわがままを僕に押しつけてくる。で、僕はそれに逆らうというか別に断るつもりもないので流されるままというわけだ。で、先生はどういう魔法を使ったのかなにやらごそごそやってタンクトップを脱がずにブラジャーを外していた。

 

「よっ、と」

 

先生はブラジャーを適当にそこらへんにあったS字フックに引っ掛けて、ベッドに登るはしごに足をかける。こういう視線だと細めのお腹から腰にかけてのラインとか思ったより筋肉がついているように見えるふくらはぎとかが目に入る。

 

「ほら、来なよ」

 

頭の中に色々と湧いてきた面倒な感情を首を振って捨てて、眠気を優先順位の上の方に持っていく。

 

「……はい」

 

先生が伸ばしてくれた手を掴んで、僕も狭い天井寄りの空間に入る。

 

「んー、やっぱ二人でいるにはちょっと圧迫感があるな。こうやって手を動かすだけで鹿染さんに当たるし」

 

そう言って僕の半袖シャツの胸の部分に手の甲をくっつける先生。

 

「寝てしまえばあまり気にならなそうですが」

 

一応手すりというか落ちないようにするやつがあるので守森先生の寝相が悪くても下まで真っ逆さま、ということはないはずだけど下の方を見るとちょっとだけ背筋がぞっとする。

 

「壁側、行っていいですか?」

 

「怖いの?」

 

「……まあ」

 

別にひどい高所恐怖症ってほどではない。そうだったら納倉との遊園地は楽しめないし。今になって何を僕は考えているんだか。

 

「なら、どうぞ」

 

先生がささっと横になる。上を行けということだろう。先生を押し倒しているような感じの姿勢に一瞬だけなって、次の瞬間には僕は先生の隣で平行に横になる。

 

「タオルケットかけるね」

 

そう言って先生は脚のほうにぐちゃりとなっていた薄い布を足の指で器用につまんで引き寄せて、僕と自分の上にかける。

 

「それじゃ、おやすみ」

 

先生は目を閉じて、ゆったりとしたペースで呼吸を始めた。

 

「……おやすみなさい」

 

さすがにこの一瞬で意識がなくなったということはないだろう。僕も息を吐いて、身体から力を抜く。

 

真っ暗な中で、隣から熱を感じる。先生が寝返りをうつ。いや、多分起きているから姿勢を変えたって言うほうがいいのかな。

 

外に比べて空気が多少乾いているとはいえ、そこまで快適というわけではない。しかしお昼ごはんの後の眠気となんとなくの落ち着く匂いのせいで意識がゆっくりと落ちていく。なんだろうこの香り。

 

柔軟剤とかっていうのは、そこまで匂いが長続きしない気がするし。なんかそういう方法でもあるんだろうか。部屋自体の匂いではないはず。除湿機の唸るような音。

 

耳が慣れてくる。先生の息の音が聞こえる。なんとなく、自分も呼吸のペースを合わせていく。頭の中のとりとめもない考えができなくなっていく。眼の前に黒いものが広がっていく感じ。落ちていくとか、そういう何か。言葉にするのも疲れてきた。息を吐いて、全部を手放して身体を布団に委ねた。

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