感情シンタイプ   作:小沼高希

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9月上旬、守森先生の家、二人で、つづき

夢を見ずに、すっと意識が上がる。誰かの体温がある。近い天井。記憶を戻してく。

 

「っ……」

 

僕を抱きしめている先生の腕。熱。落ち着いた呼吸音。

 

「……先生、か」

 

夢じゃない。ちゃんと意識がある。眠気がない、すっきりとした目覚め。少し珍しいぐらいだ。

 

先生は寝相が悪いのかな。あるいは途中で一度起きて、僕を抱きしめたのだろうか。いや、そこらへんはいい。

 

汗が乾いたのか、あまり肌はぺたぺたしていない。先生の顔を間近で見る機会が実はあまりなかったのでちゃんと確認しておこう。軽く化粧されているのかな。最近は男性でもするけど僕は経験がない。それなのに面接ではしていないと落とされるなんて話を聞くので恐ろしい時代になってしまったものだ。

 

僕の心臓の音が聞けるような位置の耳。僕のお腹のあたりに当たっている柔らかい胸。ああ、そういえばこの下はシャツ一枚だけなんだよな。変な考えが出てきて生理現象が起きそうなので身体を回してなんとか回避する。ちょっと場所的にも危ないしね。

 

「……起きた、の?」

 

そうすると声が後ろからした。

 

「寝ていてもいいですよ」

 

「今何時だか、わかる?」

 

「待って下さいね」

 

もぞもぞと起きて、壁にかけられている時計を見る。

 

「四時ちょっとすぎです」

 

「んー、もうちょい寝たい……」

 

そう言って、先生は腕の力を強くする。

 

「鹿染さんはいいよね……あったかいし、人間だし……」

 

「僕でなくてもいいのでは?」

 

「ぎゅってさせてくれるの、鹿染さんぐらいだし……」

 

「……守森先生なら、他の人でもお願いすれば抱きしめさせてくれると思いますが」

 

「勘違いされたくない……」

 

「僕だったら手を出さないから大丈夫、みたいな意味ですか?」

 

「否定はしないけど、むしろ手を出されても許せるから、かなぁ」

 

先生は頭を僕の背中にぐりぐりとしながら言う。

 

「出しませんからね」

 

「そういう時はシャワー浴びさせてね……」

 

「……シャワー浴びたら、そういう意味だって思っていいですか?」

 

「だめ」

 

「はい」

 

「そこらへんは、できるだけ、ちゃんと、私から言うから……」

 

こう言うのはなんだけれども、守森先生がこうやって自分から何かをするってちゃんと言うのは珍しい。

 

「いいんですか?」

 

「……私のほうが年上で、私のほうが経験があるから」

 

「そう、ですか」

 

その言葉の意味を考えないようにしながら先生の熱を感じる。

 

「まあ、本当に嫌な時は殴ってでも止めるので、殴られたら止めてね」

 

「……はい」

 

でも、やろうと思えばできるんだろうなと考えてしまう。もしここで僕が後ろを向いて、先生の腕を押さえて、体重をかければ、先生に言う事を聞かせられるんだろうなって考えてしまう。

 

「先生は、そういう経験があるんですか?」

 

「……ノーコメント」

 

声色からは本当かどうか読み取れない。

 

「そうですか」

 

いや当然先生は社会人で、誰かと付き合った経験があるのかもしれないし、そうでなくとも身体の関係とかそういうのは誰にだってあるものだし、けれどもやっぱり特別でいてほしいみたいなことを考えてしまう。

 

ええ、どうせ未経験な人物の独りよがりですよ、と思ってもやっぱり心のなかでぐるぐるするものは消えてくれない。辛い。いやこれは自分の問題だから先生には言えないし、納倉には言いたくないし。

 

「……ねえ」

 

「……なんですか」

 

「こっち向いてよ、背中抱きしめるのもいいけど」

 

「……はい」

 

膝を曲げて身体の下の方に多少スペースを作るようにして先生と向き合う。ちょっと目線がずれているのであわせるためにもぞもぞと動く。

 

「ほら」

 

僕の方を向く先生が身体の下になっている腕を持ち上げて隙間を作ってくれる。ここに腕を入れろ、ということですね。

 

「これで、いいですか?」

 

多分先生が望んでいるように抱きしめる。二の腕の部分に先生の胸の脇が当たって柔らかい。

 

「とても、いいよ」

 

先生が僕の背中を撫でるように手を動かす。

 

「ふふ、幸せだなぁ」

 

脚をかるくばたつかせる先生。

 

「うまく言葉に出来ないけれども、僕もそうです」

 

「それをちゃんと言えるようになってくれたら、私は嬉しいな」

 

「……善処します」

 

そりゃあそうでしょうね。僕だって先生に僕のどこが好きなのかとか特別に思っているとかそういう話を聞きたいですよ。まあ僕がうまく言えないからこうやってごまかしているのであまり強くは言えないけど。

 

「もちろん難しいのは知ってる。そういうふうに説明できるようにするには理解が必要だし、感情を理解するのは難しいから」

 

「……ええ」

 

僕も先生に向ける感情をちゃんとわかってはいない。多分直視したくないあまり良くないものが少なくない割合を占めているんだろうな、とは思う。

 

「こうやって抱きしめるのは、もう少し気軽にしていいからね」

 

「……いいんですか?」

 

「私からしてっていうの、正直恥ずかしいから」

 

「わかりました。僕を抱きしめるのも断らずにやっていいですからね」

 

「……頑張って、君にくっつくよ」

 

頑張るほどのものなんだろうな。僕だって怖いし。ただ、ちゃんと関係を築くにはここらへんで手を抜いてはいけないんだろうけど。

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