感情シンタイプ   作:小沼高希

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9月中旬、教室、納倉と

「なあ悠」

 

休み時間、僕が生物の教科書から目を上げると正面に納倉がいた。

 

「なんだ?」

 

「そろそろ誕生日だったな、と思って」

 

「そろそろと言ってもちょうど一月後ぐらいだが」

 

十八になって、選挙権とか色々手に入る時期だ。

 

「……詩明せんせから、ちょいと頼まれごとをしていて」

 

「納倉に?」

 

「誕生日に何かできることはないか、聞いてほしいそうで」

 

プレゼントとかかな。正直なところ、僕はそういうものを受け取った記憶がないし今特に欲しいものもないので難しいところだ。

 

「……というより、そういうのは本来こっそり聞くものでは?」

 

「詩明せんせもそう思ってるようだけど、ウチが思うにどうせ悠なら変なものもらうよりも相談した方がいいかなと言ったら納得してもらえた」

 

「まあ、多分正しいけどさ」

 

もし守森先生が僕の欲しいものをちゃんと理解したり、あるいは僕が何をもらってもちゃんと素直に喜べるような人間なら問題はないのだがそうではない。多分言葉とかは嬉しいけど、何か物とかを貰ってもちょっと面倒だなぁと思ってしまう自分がいそうだ。正直そういう自分が嫌だけど。

 

「ウチだってこれが最善じゃないってことは理解してるっていうのは悪しからず」

 

「わかってるよ。それに守森先生が僕のことをちゃんと考えているのも知っているし」

 

もちろん互いに自分の事を優先するだろうけど、ある程度は融通を利かせたいと考えている。もちろんある程度は言葉にしているし、ある程度は納倉経由でやりとりしてうまくやっているのだが。

 

「で、何がいい?ああ言っておくが身体は無しとのことだ」

 

「それを言い出したのは納倉?それとも守森先生?」

 

少しだけ怒気を込めた声を僕は納倉にかける。

 

「ウチだよ。却下された」

 

「……まあ、いいや」

 

あっさり認められたのでうまく言語化できないもやもやは脇に置いておくとしよう。

 

「で、後は何がいいかなとウチも考えたんだけどあまりいいものがなくてさ、できるだけ日常的に使うもので、そこまで消耗しない物で、邪魔にならないものがいいかと思ったんだけど」

 

「そんな都合のいいもの、ある?」

 

「ええと、ウチが挙げたものでは筆記用具とかスマホのケース。詩明先生が言うには鞄とか本とか」

 

「本はいいかもしれないけど……でもいい本あったかな」

 

「悠が読みたいようなものは、結構大学の図書館にもあるだろうしあまり受験勉強の邪魔をするべきじゃない、みたいな話はしたな。あとは……お金の問題もあるし」

 

「それはまあ、仕方がないけど」

 

守森先生は決してお金に余裕があるわけではない。もちろん自分のためのお金をケチるような人じゃないけど、それだって金遣いが荒いってほどではない。特に編集というインプットがないと意味がない仕事の場合、本は必要な出費だろう。

 

たとえ僕のことを大切に思っているとしても、それが生活の方法とか将来とかを全て投げ打ってまで優先すべきことじゃないことぐらいはわかる。もちろん僕だってできれば何から何まで奢って欲しいし、高い本とか美味しいご飯とか、先生のおかげで手に入れたい。

 

でもそれは、多分だけど僕と守森先生の微妙な関係を崩してしまいそうな気がする。例えば僕が先生に対して関係の継続のためにそういう条件をつけることはできる。けれども、それで僕が手に入れられるものは、多分失うものに比べて一回り小さくなってしまうだろう。

 

「ウチからのおすすめは万年筆かな」

 

そんなことを悩んでいると納倉が口を開く。

 

「……古い筆記用具だよね」

 

「いや今でも現役だよ?たまにメンテナンスする程度で普段使いになるようなやつはそう高くないし、インクの色も選べるし」

 

「インクの色って黒と赤と……あとせいぜい青では?」

 

「……今度、詩明せんせとでもインクの専門店に行ってみるといいよ」

 

「……なるほど。納倉はそういうところ、行くの?」

 

「知り合いがね」

 

ちょっと意外だ。納倉には僕以外の知り合いがいるのか。しかし考えれば人間関係というのは学校以外でも存在するし、納倉はネット上の関係とかは色々あるらしいしな。僕に語ろうとはしないけど。

 

「わかった。……僕は、どれでもいいよ」

 

「そう。ならまああとは詩明せんせに考えてもらうか。あと悠も準備はしておけよ」

 

「準備?」

 

「詩明せんせいに渡すもの。どうせ受験で忙しくなってそういうこと考える暇がなくなるから、時間に余裕のあるうちからやっといたほうがいいよ」

 

「……ありがとう」

 

納倉はこういう細かい所を気遣ってくれる得難い友人である。まあ、だからといって全部この調子だと辛いのもあるのだが。

 

「納倉の誕生日って?」

 

「ウチはもうとっくに終わってるよ」

 

「あまり知らないなって思って」

 

「教えてないからな。特に何か渡したり貰ったりみたいな関係でもないだろ」

 

「……それはまあ、そうかもしれないけどさ」

 

確かに僕だって納倉に何渡したら喜ぶかはあまり想像できない。図書カードとかは金額分は喜んでくれそうだけどな。ただ、これはちょっと違う気がする。

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