感情シンタイプ   作:小沼高希

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9月下旬、守森先生の家、二人で

受験勉強とか将来とかそういうのを忘れて、僕は守森先生に喉を触られている。

 

「何が楽しいんですか?」

 

床に座った状態で、同じく後ろに座った守森先生に抱きしめられているような形。動こうと思えば動けるけど、そうするつもりはない。

 

「私は好きな人の身体に触れていると多幸感を感じる性格だから」

 

「触り方がちょっとこうもぞもぞするんですが」

 

一応喉には気管とか頸動脈とかあって、先生の気分で僕は命が奪われたりする。

 

「我慢して」

 

「……はい」

 

確かにちょっと嫌な感じではあるが、後ろから先生の熱を感じられて先生が幸せそうなので一応まあ、許容範囲ではある。なお僕は先生を触れるほど勇気がない。この手の経験がほとんどないのもその理由だろうな。

 

「ちょっと声出してみてよ」

 

「どうしてですか?」

 

僕はそう言って理由に気がつく。声帯の上辺りに当てられている手。

 

「震えてます?」

 

自分の喉に意識を集中させるけど正直振動を感じない。

 

「え、震えてるけど」

 

「そうですか」

 

案外話している側は気がつかないんだな。覚えておこう。何の役に立つかは知らない。

 

「……先生って、いい匂いしますよね」

 

「……汗の匂いではなく?」

 

先生が怪訝そうな声を出して僕を触っていた指を止める。

 

「んー、違うと思います」

 

ここで先生の香りを吸えるほど僕はこう、先生との距離感を近く感じていない。

 

「鹿染さんは……シャンプーかな、これは」

 

「先生はどういうの使っているんですか?」

 

「お手頃価格のブランドものだよ、なんなら浴室に行けば確認できるけど」

 

「帰る時に見てきますね」

 

「いいよ」

 

そうしてまた僕の喉に触れるのが始まる。

 

「なんでこんなのが楽しいのかな」

 

「普通は誰かにこういうことできないからではないですか?」

 

「いや、私は誰かを蹴りたいと思うことがあるし君なら蹴っても許してくれるかなとは思うけど蹴るつもりはないから、そういうのではないと思う」

 

「なんで蹴るっていうのがそんなにすぐ出てくるんですか」

 

「なんでだろうね……」

 

先生が触っていた部分がゆっくりと下にずれていく。鎖骨のあたりをさわさわされるの、やっぱりくすぐったいな。

 

「……守森先生」

 

「なあに」

 

「胸ぐらいなら、触ってもいいですからね」

 

「……私は男子高校生の胸を触って心拍数を上げるような人間ではない、はず」

 

「本当ですか?」

 

僕は少し身体を下にずらして先生の胸に耳を当てる。触れる柔らかさとかシャツの下の厚めの生地とかそういうものはもう気にしないことにする。

 

「……少し早いですよ」

 

一秒より少し早い周期で、奥の方からドクドクという音が聞こえる。先生が横隔膜を下げて息を吸う音も。

 

「……君の方はどうかな」

 

先生はシャツの襟から入れていた指を抜いて僕の頸動脈に当てる。

 

「感じられます?」

 

「もうちょっと待って」

 

少し場所を調整した所、ちゃんと脈を取れる場所を探せたようだ。

 

「鹿染さんだって、あまり低くはないと思うけど」

 

少し意識して、交感神経を優位にしてみる。闘争逃走(Fight-or-Flight)反応を引き起こすような怖い記憶を思い出す。幸いにもこれは家庭環境から来るトラウマとかじゃなくて映画のワンシーン。

 

「あ、上がった。なにかに興奮でもしたの?」

 

「秘密です」

 

ここはちょっと言葉にしてしまうとあの怖いシーンと先生の熱をオペラント条件付けしてしまう。これはよくないやつだ。別のことに思考を飛ばそう。

 

「……あれ、もしかしてもう9月って終わる?」

 

「そうだね……えっ?」

 

先生のほうが驚いたように声を上げて、僕を放す。

 

「待って待って、そんなはずないよね。まさか。ついさっき鹿染さんが夏休みに入ったばっかりで」

 

「もう秋学期に入ってますよ」

 

「嫌だ……」

 

普通は受験という明らかなタイムリミットのある僕のほうがここらへんは驚いたり緊張感を持ったりするべきではないだろうか。

 

「先生にはやらなくちゃいけないものとかあるんですか?」

 

「いや、あまりないな……」

 

「ないんですね」

 

ちょっと変な不快感というかイラッとした感じが来る。理由はわからない。言語化していこう。

 

「どうしたの?」

 

僕の微妙な反応の違いに気がついたのか、先生が声をかけてくる。落ち着け。ええと結局先生が忙しくもないのに忙しそうな素振りをして、本来は心配されるべき僕について意識が回っていないのがなんとなく癪だ、と。

 

「いえ、自分のちょっと幼稚な考え方が嫌になっただけです」

 

「……そう、でもそれに気がつけるのはいいことだよ」

 

先生が嬉しそうな声とともに言う。

 

「それでも、それすらないほうがもっといいわけですよね」

 

「んー、難しい所。気がつけるだけでかなり上の方に来るし、私はそれで十分満足だよ」

 

もっと上を私は選べるのに、君で我慢してあげているんだよ、みたいな存在しない裏の意味を読み取ってしまう。なんだろう。僕は先生を嫌いになりたいのかな。

 

「……すみません、今日は帰っていいですか?」

 

一旦距離を取ろう。先生と嫌な考えを結び付けないようにしよう。落ち着いて、もっと他のことを考えよう。たぶん、それができるぐらいの信頼関係はできているよね。

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