感情シンタイプ   作:小沼高希

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10月上旬、保健室、一人で

「……ん」

 

意識を取り戻すと、全然知らない場所にいた。薄い掛け布団と少し硬めのマットレス。制服のまま寝ていたのか。上半身を持ち上げて、自分の周りのカーテンを見渡して、少しづつ記憶を取り戻していく。

 

「えっと、今は」

 

思わずポケットに手を入れるがスマホはない。体重がかかって割れたりすると問題だからと納倉が回収したのだろうか。勝手に覗き見たりとかするなよ。

 

まだ外は明るい感じがする。壁の向こうから運動部がなにかやっているらしい声が聞こえる。つまりは、まだ少しは休めるのだろう。息を吐いて、天井を見上げる。あのカーテンって上の方にあんな形のレールがあってそれにそって動くんだな。

 

眠気が少しまだ残っているので、微睡みにもう一回落ちるとしよう。

 

納倉に相当心配されていたような気がする。ぼんやりしているけど、あの本格的に心配してくれる声は助けになった。何の?他人に頼れる時は素直に頼ろうという意見と、他人にあまり迷惑をかけるなという意見がぐるぐると頭の中を回る。

 

多少無茶をしていた。多少じゃないな。睡眠時間がここしばらく無茶だった。だって土日は遊びたいし、そのためには終わらせられるだけ終わらせないと。確かに翌日起きていられるように寝てはいたが、それは仮眠とかと呼ぶべきレベルだった。

 

意識して身体を落ち着けることができるのは、実は結構久しぶりなのではないだろうか。早く寝ないといけないと急かされるように意識が切れるのも、ギリギリの時間の目覚ましで身体を無理やり起こすのも、絶対に良くないとはわかってはいる。

 

理解できたからって実行できれば苦労はないのだ。誰もがやっているからお前もやれとか言われることもあるが、じゃあなんで僕だけこんな苦しいんだよ、みんな苦しんでいるなら辞めてしまえ、それに他人の苦しみで僕の行動をどうにかしようとするなみたいな存在しない誰かへの恨み言が頭の中をぐるぐるしている。

 

ちょっとだけ、そういうことが考えられるだけの余裕をありがたいと思う。

 

息を深く吸って、吐く。色々ある面倒なことを今は忘れてしまおう。思考がこの後どうしようかとかどれぐらい寝れたんだろうかとかどうでもいい方向に走るので、どうにか逸らそうと別のテーマを考える。何がいいかな。

 

「かみもり、せんせい……」

 

ああ、ちょうどいい人がいたじゃないか。僕が勝手に想いを寄せていて、僕に変な好意を寄せてくる人。自分の何も隠せていない直接的な言葉にちょっとだけ自嘲してしまう。もう少し言い方ってものはなかったのかな。

 

守森先生と僕の関係は、まあいわゆる恋人とかに近いものだろう。でもやっていることはあまりそうではない気がするな。特別な場所に行ったりとか、していないし。本屋ぐらいかな。そういう基準では、よっぽど納倉とのほうが恋人っぽい。そんなわけあってたまるか。

 

正直下心がありますとも、先生の熱が好きですとも。あの互いに相手にあまり期待していないで熱を交換するような関係が好きですとも。

 

それと同じぐらい……ではないな。もう少し小さいけれども僕は守森先生が嫌いだ。勝手に人に触ってきたり、お金を出してくれなかったり、あとは遠いんだよ、もっと近い所に住んで。なおこれらの意見が全部非合理的なことだってのはわかっている。でも感情とかってそういうものでしょう。

 

で、そういうふうに考えてしまう僕が嫌で、多分それも小さいながらも僕を色々とむしばんでいるんだろうな。知らないけど。

 

そんなことを考えていて、思考が一旦途切れたような気がして、足音がした。今までほどけていた意識がすっと再構築されていく。

 

「そろそろ最終下校だから、起きてる?」

 

「納倉……」

 

無遠慮に開けられたカーテンの先に見えたのは見慣れた顔。

 

「お目覚めはいかが?」

 

「そこそこ」

 

そう言って、ベッドに腰掛けるような姿勢にする。まだ立ち上がるほど元気がない。

 

「ならよかった。飲む?」

 

そう言って納倉は僕にスポーツドリンクのペットボトルを差し出す。

 

「……うん」

 

素直に受け取ろうとすると、ペキリと蓋を開けてくれた。

 

「ありがとう」

 

「いいって、これくらいは奢ってやるよ。早めの誕生日プレゼントってやつだ」

 

「……ありがとう。味わって飲むよ」

 

半分皮肉、半分本心。喉に染みる甘さと酸味。

 

「っはぁ」

 

「よく飲むね。脱水もあったのでは?」

 

「かも」

 

確認すると、中に入っていた液体が六割ほどになっていた。

 

「自分が無茶してたってこと、理解できた?」

 

「……うん」

 

「色々と抱えているもんが多すぎなんだよ、悠は。どうせ手放してもあまり困る人はいないんだ」

 

「……そう、かな」

 

「どうせ今受験しても滑り止めぐらいには受かれるだろ。塾を休んだところで費用が無駄になるかもしれないが医療費よりは安いし、それは君のご両親の問題だ。聞く限り、そこまで無理解ではないはずだよ」

 

「……うん」

 

「で、詩明せんせはいい大人だ。君みたいな子供一人いようがいまいが日常を続けなくちゃいけない」

 

「……僕もそろそろ、そのいい大人ってやつになるんだけど」

 

「ならなおさらだな。ウチがいないと壊れるまで動き続けるのか?」

 

僕が首を振ると、納倉は満足したような顔をした。

 

「さて、帰るぞ。鍵の管理を保健の先生から投げられたんだ」

 

「信用されてるの?」

 

「さあな」

 

そう言って、納倉は立ち上がろうとする僕の手を取った。

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