感情シンタイプ   作:小沼高希

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10月上旬、帰り道、二人で

「ほい、スマホ」

 

「……どうも」

 

忘れていたのか、駅に向かう道の途中で納倉は僕にスマホを返した。

 

「触ってないよ、言うまでもないだろうけど」

 

「言わなきゃもう少し信頼していたんだが」

 

そう言って僕は指紋認証でスマホを起動して使用状況の確認をするべく設定画面を開く。よし、昼以降使われていないな。

 

「……ウチ、そんな信用されてない?」

 

少ししゅんとした納倉の声。

 

「念のためだよ、念のため」

 

正直数割ぐらいは開いていると思っていましたとも。寝ている間に手をスマホに当てられても気が付かないからね。

 

「で、明日はどうするのさ」

 

「どうする、って……」

 

「たかだか数時間の仮眠じゃ体力は回復させられないよ。金土日と家に引きこもるぐらいじゃなきゃ」

 

「……色々と、投げ捨てるべきかな」

 

「具体的には?」

 

「塾の宿題とか、守森先生との約束とか……」

 

そこまで言って、口が止まる。あとは?案外数え上げてみると僕が抱えているものは少ない。何かやらなきゃやらなきゃというふうに追い立てられているけれども、多少寝て頭がすっきりしたのもあってか今の僕はかなり気楽になっていた。

 

「むしろ健康第一だ。実は人間って死んだら何もできないんだぞ?」

 

「なんてことだ知らなかった、ありがとう納倉、君は僕に大切なことを教えてくれた」

 

当たり前のことを言われたので、仰々しく返事をしておく。

 

「……いや本当にそうだな。ありがとう、納倉」

 

「二度言うのはずるいだろ」

 

ちょっと焦るというか照れるというか、そんな感じの返事が来た。

 

「そう?」

 

「まあいい。で、塾の方はサボるとなにか問題が起こるか?」

 

「……重大なものは、ないはず」

 

「詩明せんせのほうは……まあ、ウチからも言っておくか」

 

「ところでさ」

 

「ん?」

 

「なんで守森先生は、納倉にそういう話をできるの?」

 

「友達少ないからだろ」

 

なるほど、非常に説得力のある答えである。

 

「……いや、さすがにあの守森先生でももっと他に適切な相談すべき相手が」

 

「いないって言われたんだよ。……まあ、リップサービスだとしても悪い気はしないがこれはあくまでウチの話だし」

 

そう言って納倉は声を小さくする。確かに誰かから頼られるというのはいいものだろう。これは守森先生にとって恋人みたいな関係の僕にはできないことなので別に嫉妬とかしてませんとも。ええ。

 

「まあもし本当だとしたら、詩明せんせは大変だなぁとは思うけどね」

 

「……探せば、もっといい人がいるだろうに」

 

「探すのが面倒なんだよ。だから近くにいる人で満足しようとするし、かといってその人を繋ぎ止めるほどのやる気もない」

 

「確かに守森先生はそういうところあるけどさ」

 

そこについては、僕は好きとも嫌いとも言えない。だって自分にも似たような点はあるし。

 

「元教え子に手を出す……いや、まだ手は出されてないんだったか?そういうのはそもそも恋なんて(いびつ)だって分を差し引いても、ちょっとおかしいとは思うね」

 

「おかしい、かな」

 

「あー、確かにこういう言い方は良くないな。珍しい、とか難しい、とかのほうがいいか?」

 

「それなら、まあ」

 

「だからその分、注意と配慮は欠かせないからな。もし詩明せんせが大切なら、面倒くさがるのも程々にしろ。っていうのはむしろ詩明せんせに言わなくちゃいけないんだよな……」

 

「……納倉って、大人だよね」

 

「そうだが?」

 

「えっ」

 

「ウチの誕生日は五月で、とっくのとうに成人だ」

 

「知らなかった」

 

「言ってないからな」

 

「……そういう意味じゃなくて、もっとこう」

 

「判断力があるとか、ジリツできているとか、か?」

 

「ここでのジリツってどっち?」

 

自立(Stand)のほうでも、自律(Control)のほうでも、お好きな方で」

 

「なら、どっちでも」

 

「……色々あったからな。気持ちは相手に言わないと全然伝わらないし、望んでいるだけでは何も起こらないし、動いたところで報われる保証はどこにもない」

 

納倉の声には、少しだけ哀しさみたいなものが混じっている。僕の知らないところでそういう経験があったんだろう。ここはあまり追求したくない。こういうところが臆病だとか怠惰だとか言われるところなんだろうな。

 

「けど、ウチはそういう経験に満足してる。ただそれなりに精神とか肉体にはダメージ来るから、受験期にはそういうことがないように調整しておけよ」

 

「調整、って」

 

「あとほぼ三ヶ月で共テが来る。その後の試験も考えれば、今なにか起こると後々まで引きずりかねない」

 

「……うん」

 

改めてスケジュールを突きつけられると、本当に今まで何もせずに無為に時間を過ごしていたような気分になってしまう。

 

「だから、もし起こすんなら今月中が限度だ。受験も、詩明せんせとの話も、あるいはそれ以外も」

 

「それ以外って?」

 

「さあな、ウチは悠の全部を知っているわけじゃないし」

 

そう言って、納倉は上の方を見た。空はいつの間にか真っ暗になっていて、街灯で多少明るくなっているもののいくつかの星が弱く輝いていた。

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