感情シンタイプ   作:小沼高希

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10月下旬、教室、納倉と

「楽しそうで何より」

 

いつもの教室で納倉が声をかけてきた。

 

「そう?」

 

「いつもノートをあまり取らない悠がウキウキしたような顔で見慣れない新品の万年筆を走らせていればそれはな」

 

「そこまでわかりやすい様子だった?」

 

贈り物は嬉しかったのがあるが、正直他人から見てわかるぐらい浮かれるとは思っていなかった。

 

「ああ」

 

「……ありがとね、納倉」

 

「は?」

 

「万年筆がいいって言ってくれたの、納倉でしょ?」

 

「……そういやそうだった」

 

「だからさ、僕が楽しそうなら納倉のおかげでもあるわけで」

 

「それはちゃんと詩明せんせに言ってあげなよ?」

 

「……後でもう一度ちゃんと言うよ」

 

「それがいい」

 

改めて納倉を見る。僕の方に椅子を持ってきて、楽しそうに脚を揺らしている。

 

「……納倉もなんか、いいね」

 

「いい?」

 

「楽しそうだなって」

 

「ウチが?……そうかも。悠のおかげ」

 

「そう?」

 

「そう」

 

ここまで強く断言されてしまったらまあ、そうだと考えるしかないか。

 

「ところでその万年筆、見せてもらっていい?」

 

「いいけど、先の方触らないようにね?インクが垂れると面倒になった」

 

「やらかしたのか」

 

「やらかしたんだよ」

 

そう言って注意深く万年筆を納倉に手渡す。

 

「んー、こういう構造なんだ」

 

「知らなかったの?」

 

「ウチ個人はあまりこの手の知識がないから」

 

「あれ、そうなんだ」

 

勝手にそういう方面の知識があると思っていた。何でだろう。しげしげとペン先を眺める納倉を見ながら、少し記憶を遡る。

 

「あ、知り合いがいるって話か」

 

「そうそう。ま、ネット上の人なんだけどね」

 

確かにそれなら色々と説明がつくな。学校で僕意外と話しているところをまず見かけない納倉でもそういう方面なら知り合いができるのか。僕?納倉と守森先生がいれば高校生活には十分じゃないですかね?謙虚なのであまり多くを望まないようにしている。

 

「どんな人?」

 

「さあ……」

 

「知らないの?」

 

「ウチは古いタイプの人間だからさ、ネット上の繋がりは不明瞭なままにすべきって考えなのよ」

 

「そういうものなのか」

 

僕はいわゆるSNSみたいなものをほとんどやらないせいでわからない。たまに動画とか見るけど、それは交流のためじゃないし。

 

「納倉はネットでどういう繋がりがあるの?」

 

「なんで話さなくちゃいけないの?」

 

ちょっとだけ、納倉の語気が荒くなった。

 

「……その、ごめん」

 

「あっちょっと乱暴な言い方だった」

 

そう言って納倉は蓋を閉めた万年筆を僕に戻す。

 

「……けどさ、これは悠を信頼してないわけじゃないってことはわかって」

 

「まあ、わかるけどさ」

 

僕だって納倉にも守森先生にも隠しているというか言いたくないことはあるし、それについて教えろとか言われたらちょっと興奮してしまうかもしれない。

 

「XR技術系の集まりなんだけどさ」

 

「言うんだ」

 

「いや、思い返したらそこまで隠すほどでもないかなって」

 

なんか肩透かしを食らった気分である。

 

「どういうことをするの?」

 

「新しいソフトの開発とか、新製品のレビューとかしてる人もいるね。ウチはそういう知識とか技術とかほとんどないから感想言うだけだけど」

 

「感想言うって難しいし大切なことでしょ?」

 

「そうだといいけど。なんでそう思う?」

 

「守森先生が言ってた」

 

「ああ、確かに出版やっているならわかるか」

 

「あまり詳しいことは仕事の話だからって教えてくれなかったけど、本の作者にやってくる感想とかを読ませてもらうことがあるらしい」

 

「あるんだねぇ、そういうこと」

 

「話している時楽しそうだったからさ、人を楽しくさせることができるっていうのはいいものでしょ?」

 

「……だろうね」

 

というわけで、今日も楽しい一日が進んでいくのである。いや楽しくないな。受験が迫っている。

 

「もう十月が終わる……」

 

「なんだいきなり」

 

「いや、こういう日常も終わるのかなって」

 

「日常なんてないって意見と、常に日常があるから終わりはないって意見と、どっちが好き?」

 

「どっちも極論でしょ」

 

「そうだけどさ、選ぶとしたら、よ」

 

「……受験生だってこと考えたら、日常なんてないってほうがいいのかな」

 

「どうして?」

 

「毎日毎日をこう、特別なものとして過ごしたほうが限りある時間を楽しく過ごせるかと思って」

 

「なるほどね。ウチは逆かな。そういう変化に追いつける気がしない」

 

「そういう考え方もあるよね」

 

「実際のところはその間だろうけど」

 

あと百日しないで共通テストで、そこから少ししたら試験だ。やらなくちゃいけないことは多い。大学が求めている実力をちゃんと示せるかどうかはわからない。正直怖い。

 

「……やっぱり、信頼できる人がいると受験で助けになるのかな」

 

「カンニングの話か」

 

「違うが?」

 

一応僕は今までそういう事をやったことがないのが小さな誇りだったりするんだよ。小さいけれどもそういうのをちゃんと持っているって悪いことじゃないでしょ。

 

「冗談だよ。ウチの意見だけど、助けになる。何かあっても気軽に話したりできる相手は、それだけで気を楽にしてくれるから」

 

多分実体験なんだろうな。僕はあまり納倉からそういう話を聞いた記憶が無いので、多分ネット上の知り合いなんだろうけど。

 

 

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