感情シンタイプ   作:小沼高希

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10月下旬、守森先生の家、二人で

「納倉が変な問題があるって言っているんですが」

 

僕は納倉からやってきたメッセージを見ながら言う。

 

「見ていい?」

 

「どうぞ。というか転送しますよ」

 

腰を折って送られてきたものをパソコンで見ながら、先生は顎を撫でている。そういえば先生の腰ってすらっとしているんだよな。どうでもいいや。

 

「んー、たしかに変なテーマだけど……これは……ちょっと待ってね」

 

守森先生は僕の脇を通って本棚の本を探す。

 

「これだったかな、確か」

 

先生が取り出したのは宇宙プラズマとか書かれた本。

 

「……なんで?」

 

「いや、この手のやつってこういう分野とあとは核融合のあたりが強いからさ。もちろん加工もあるけど」

 

「加工ですか?」

 

「あまり詳しくはないんだけどね。というかプラズマってわかる?」

 

「……固体でも液体でも気体でもないもの、ぐらいですね」

 

「そう。あれ、教科書にあるっけ?」

 

「物理基礎でもコラムとかにあったはずです」

 

「……ああ、なるほどね。この問題の出題意図がわかった」

 

「説明お願いできますか?解答には計算過程しかなかったらしいので」

 

「ふっふー、いいとも。この守森先生に任せなさい」

 

ちょっと調子に乗っている気がするが、こういう分野は先生の本領である。なのでここは素直に教えを請うことにしよう。

 

「答えは出ているの?」

 

「計算が正しいかどうかはわかりませんが」

 

そう言って僕が渡したスマホを見ながら、先生は左手でフレミングの法則を確認しつつ読み進めていく。

 

「最初に説明してしまうと、この問題の重要な点は最終的に荷電粒子・・って言ってわかる?」

 

「帯電したやつですよね」

 

「そそ。その帯電した粒子の電荷の正負によらずに一か所に集まるってところにある」

 

「……はい」

 

なるほど、なんとなく言いたいことは伝わった。

 

「で、荷電粒子を一か所に集めるメリットは?」

 

「……わからないです」

 

「核融合」

 

「じゃあこれって核融合炉の話なんですか?」

 

「多分そう。この問題出した大学にプラズマ物理とかやってる先生がいて、それを前提に作ったんじゃないかな」

 

「そういうところまでわかるんですね……」

 

「文系のやつだともっとわかりやすいって話を聞くね。大学の先生の教えている分野ど真ん中が来ることがあるらしい」

 

「解けるんですかそれ?」

 

「解ける範囲にあるように作る……のが理想なんだけどね、いい大学ってきちんとみんな余裕しちゃうから先生が暴走しがちになって。教育としてはあまり良くないんだけどね」

 

どうやら大学というのは相当恐ろしいところらしい。まあ大学で勉強するために受験しているのだが、この先もずっと勉強しなくてはならないのかと思うと受験勉強ってなんだろうなという気分に一瞬なってしまう。

 

「改めてプラズマについて説明するよ。これはボーアの原子模型よりラザフォードのやつのほうが理解しやすいかな」

 

そう言って先生は適当なボールを机から二つ取り出す。何でそんなものがあるんですかね?

 

「分子とか原子とか、あるいはもっと小さい世界では熱っていうのは運動エネルギーと関係があってね、大雑把に言うと熱いほど速いわけ」

 

先生が左手に持つ赤くて相対的に大きいボールの周りを巡るように動かされる青くて相対的に小さいボール。

 

「それって電子と原子核のつもりですか?」

 

「そう。あーでも物理やってないから円運動は使えないから説明端折らないとな……。こうやってぐるぐると回っている時に一定の速度を超えると電子は原子核に束縛されなくなって、バラバラに動く。この状態がプラズマ」

 

「つまり、とても熱いってことですか?」

 

「物理で言う温度は高いけど、触っても火傷するとは限らないよ」

 

「そうなんですか?」

 

「プラズマがもし薄かったら、高い温度を持っていても全体のエネルギーはそこまででもなくなるから。サウナにしばらく入っていてもあまり問題ないけど、沸騰したお湯に手を突っ込んだら水ぶくれできるような火傷になるでしょ?」

 

「……ええと、ケルビンが高くともジュールが大きくない、と」

 

「本当は単位じゃなくてそれが表す物理量である熱力学的温度とエネルギーって言うべきだけどあまり野暮なツッコミをするものじゃないか。で、このとき電子と原子核は帯電しているよね?」

 

「はい。電子は負に、原子核は陽に……あれ、これってえっと……荷電粒子、なんですか?」

 

「というか本来荷電粒子について解く問題っていうのは電子とか陽子とか対象だよ。一般化するためにぼやかしてるけど」

 

「よくあるやつですね」

 

「で、こういうふうに大きな運動エネルギーを持った原子核はそれ同士で衝突できる」

 

「大きな運動エネルギーがないとだめなんですか?」

 

「両方とも正に帯電しているから普通は反発する」

 

「そういえばそうだ」

 

「で、くっついた原子核は少しだけ軽くなる代わりにエネルギーを放出する」

 

「安定になる、って考えればいいですか?」

 

「そうだね、ギブスエネルギーみたいなものだ。そこから出てきたものを熱とかに変えてお湯を沸かしてタービンを回すのが核融合炉」

 

「……わかりました」

 

「それにしても納倉さんはベクトルで解くんだ……まあ採点はされるだろうけど」

 

「どういうことです?」

 

「ずるいやり方してるってこと」

 

多分それは不正とかの意味じゃなくて、高校の範囲外ということだろう。というかそれでもいいんだ。

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