感情シンタイプ   作:小沼高希

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11月中旬、守森先生の家、二人で

「なんで納倉さんも鹿染さんも私に投げるかねぇ」

 

そう言って先生は溜息を付いて僕たちの理科の解答が映し出されたパソコンの画面を見る。

 

「すみません……」

 

先生の隣に座って頭を下げる僕。

 

「いや慣れてるからいいけどね?納倉さんには今度ご飯奢ってって言っておいて」

 

そう言って先生は採点を確認していく。筆記式なので僕たちが残したメモから逆算していかなくちゃいけないのは大変だ。僕はちゃんとそれ前提にやっていたけど、納倉はけっこう苦労していた。

 

「んー、問題はないように見える」

 

「よかった」

 

「自己採点自体はちゃんとできてそうに見えるし、合格点までは後もう少しでしょう?まあ今の段階でこれならある程度は行けると思うよ」

 

「間違った場所についてはどう思いますか?」

 

「計算ミスはまあいいとして、ここらへんは……ちょっと発想が難しいからね。まあ難問って言っていいと思うよ」

 

「ありがとうございます」

 

「いいよー。でも英語とか数学は無理だからね」

 

「数学も無理なんですか?」

 

「私はもう微積分を手を動かしてできないから……」

 

確かに、何を微分したらどうなるとかうまい具合に変数分離形のカンとかは解かなくなったらすぐに失われてしまう気がする。

 

「……無意味だと思いますか?」

 

「何が?」

 

「こういう計算問題みたいなもの」

 

「んー」

 

先生は唸るような声を上げて背を伸ばす。

 

「試験に出すほど意味があるか、というと難しいところだね。確かに基礎を押さえて欲しいっていう出題者の意図はわかるよ?」

 

「はい」

 

「だけどね、今どきはこれぐらいは専用システムに突っ込んじゃったほうが速いし」

 

「大抵の問題はそうですもんね」

 

「それでも……なんか話が二転三転するようだけれども、解きたい問題があった時にその背景にある理論とか、それが解かれるまでに試みられてきたアプローチとか、そういうのを知っておくと役に立つ時はあるよ」

 

「その言い方だと役に立たないときもあるみたいですが」

 

「実際そうだよ。というかコンピュータを見なよ。この後ろには量子力学とブール代数と暗号理論とみたいな色々なものがあるけど、それを意識していないでしょう?」

 

「……確かに、そうですね」

 

「それに全部を追っかけていたら、時代の先端に行き着くまでにすごい時間がかかるよ。数学とかはかなりそうなっていて、今ではコンピュータの援助が相当一般的になっていると聞いているし」

 

「生物は、どうなんでしょうか」

 

「鹿染さんの進むような分野だとね……一応専門じゃないって断りは入れておくけど、遺伝子触るなら大きめのデータ処理には慣れておいたほうがいいかな。分類ならなおさら」

 

「……そんなに僕って、分類とかの方面に進みそうに見えますか?」

 

前に納倉にも似たようなことを言われたのを思い出す。

 

「好きなんでしょう?」

 

「好きですけど」

 

「ならいいよ。大学入る前からなんとなくでも分野が決まっているのは相当恵まれているよ」

 

「そういうものですかね?」

 

「私の頃でもそうだったもの。今では私の時代以上にみんな大学行くでしょう?」

 

「……そうですね」

 

「こういう言い方は問題あるのはわかっているけどね、本当に大学に合っている人なんてあまりいないよ。私だって学ぶのはともかく研究にそこまで向いてたかは怪しいし」

 

「それなのに、みんな大学に行くんですよね」

 

「行かないと社会で面倒だからねぇ。今じゃ院卒も珍しくないし」

 

「大学院とかを考えるとしっかり自分のやりたい分野を大学の時点で選べ、なんて話もありますが」

 

「無理無理。だって六年もあったら人間はかなり変わるよ?だから、いっそのこと外れじゃない分野を選んで、あとは入った後の雰囲気でなんとなく好きな方向に行けばいいよ」

 

「……はい」

 

となると、生物学系のところに進んで、となるのか。バイオ系はバブルが弾けたみたいな話があるけど今でもちゃんと市場はあるそうだし。

 

「もし怖くなっても、私が今こうやって色々出来てるってこと考えたら気楽にならない?」

 

「いえ、僕にとって守森先生はかなりすごい人なので……」

 

僕はそう呟いて、先生の方を見る。

 

「ならいいけど。けど、過剰評価のリスクは常に考えておいてね?後から失望されても保証はできないから」

 

「……はい」

 

高校の教師辞めてなおこのレベルの受験問題をすらすらと理解できるのはやっぱり相当なものだと思うのだが、あまり褒めすぎるのも先生の気分を害しそうな気がする。面倒だ。

 

「とはいえ、褒めてもらうのは好きだよ。欲を言えばもっとおだてて欲しいし、無条件に愛してほしいし、何も考えずに肯定して欲しい」

 

「強欲ですね」

 

「そうでもないと心が折れるからさ。もちろん言われなくとも私は天才だし愛されてるし肯定できるけど」

 

案外、先生は折れない方法を知っているだけなのかもしれない。あるいは大人と呼ばれるような人たちはそういうものなのかもしれない。あまり考えても仕方がないな。まずは今は自分の弱点をちゃんと把握して、あと少しを乗り切ろう。

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