僕が自分の分のピタカを作った時には、先生の皿の上の鶏肉は半分ぐらい食べられていた。
「衣って言えばいいのかな、この部分がちゃんと味がついていておいしい」
「そうですか」
「レモンにも合うね。スライスレモンとかを使ってもいいかも」
「使い切るの難しいので……」
「それは確かにそうだね」
そんな話をしながら、僕はピタカを食べていく。ちゃんといい味だ。チーズの風味とレモンの酸味が、ちょっと多めに使った油を消して鶏肉の旨味を支えてくれる。
「……ちょっと悩んでいることがあって」
先生の食事が終盤に差し掛かったころ、僕は口を開いた。
「なに?」
「来月、先生の誕生日ですよね」
「そうだね」
「……何か欲しい物って、ありますか?」
「んー、本を買いたいのはあるよな……」
「本屋に行きますか?」
「それも悪くないけど、多分……結構な額を買っちゃうよ?」
「それ自体は別にいいんですが」
財布の中にはまだ余裕がある。お年玉を取り崩せばまだある程度はどうにかなる。
「ん?」
不思議そうな先生。僕の中にある言いたいことをちゃんと口にしていいか悩んでいる間にも先生は食事を進めている。
「先生が何をすれば喜ぶか、僕にはよくわからなくて」
「こういうふうにお昼作ってもらえると、その間調べ物ができる。悩みがあったりしても私は鹿染さんがいるから少し気が楽になってる。そういうので、私は悪くないと思うんだけど」
「……そういうので、いいんだ」
「ん?」
「いえ、なんていうか……僕は先生の嫌いなところを探そうとしていたなって思いまして」
「……そこまでいい相手だとは思わないけどね」
「それでも、僕はここに来ているんですよ」
「習慣とかじゃないの?ただ単に考えていないで先週までの行動を繰り返しているとかじゃなくて?」
「……あの、守森先生」
「……多分こういうこと言うべきじゃなかったね」
「そうなんですけど、ええと、守森先生は僕がいて助かることをさっき言葉にしてくれましたよね」
「かなり即物的なやつだよ?それでいいの?」
確かに先生の言ったことは、別に恋愛みたいな関係がなくとも成り立ちそうなものだ。何なら友達という関係でもそういう頼り方をしているようなことがあるかもしれない。
「先生がそれでいいなら、僕もそれでいいのかなって」
「具体的には?」
「お昼代を浮かせられる」
「うわぁ……っは、はは」
先生が一瞬だけちょっと本気で予想外だったみたいな評定をした後、吹き出すように笑う。
「鹿染さんはそれでいいの?」
「お金の関係とまでは言いませんけど……そういう部分にちゃんと目を向けておかないとなって思いまして」
先生から色々なアドバイスを貰っている。話すのは楽しい。熱が好き。そういうものをちゃんと評価しないと、僕は先生の嫌なところしか見れなくなってしまう。
「……よかった。思ったより、君は私のこと好きみたいで」
「そうじゃなかったからこんな事してませんよ」
「そう?私は働くことがそこまで好きじゃないけど、働いているよ」
「そうなんですか?」
「仕事の中に好きな要素はあるけど、それはそれとして昼間で寝たいし夜更かししてゲームしたい」
「……なるほど」
「だからさ、私に嫌われるんじゃないかとかっていう理由で私を避けてもいいからね。どうせ縁を切ろうと思えば切れるわけだから」
「そうですか?」
「私は鹿染さんの住んでいる場所を知らないし、メッセージのやり取りはブロックすればいいでしょう?」
「いやそうですけど……」
そこまで聞いて、そう言えば僕は守森先生の住所を知っているということを思い出す。
「……守森先生は、僕と関係を切りたくなるってことはあると思いますか?」
「どうだろうね。私はもう恋人みたいな相手を作るのが面倒だから、鹿染さんを離したくないけど」
「……はい」
どんな表情をすればいいんだろう。多分耳とかが赤くなっているんじゃないだろうか。
「もちろん、私だって人間だし、心変わりすることもあれば許容限界もあるよ?それでもある程度信じているし、何かあったら自己責任だって思えるように鍵とか渡しているから」
「それは、僕に責任を取る能力がないっていうことですか?」
「違う……って言いたいけど、覆せない事実として今の鹿染さんはそれだけの力がないでしょう?」
「……はい」
まだ働いてお金を稼いでいない。契約ができると言っても高校生を相手にしてくれる人は少ない。大学に入れるかすらまだわからないのだ。
「そういう点で、子供扱いしているのはあるかな。年下だし。可愛がりたいし、頼ってほしいし、正直なところ依存させたいぐらいまでは思っていないと言えば嘘になるし……」
思ったより、先生の僕に向ける感情は危ない気がする。まあ僕だって加害とまでは行かないけど劣情はあるわけで、それを表にある程度までは出せるだろうけどやっちゃいけないラインとかはある。
「……私は待つからさ、ゆっくりでいいよ」
「いいんですか?」
「もし駄目でも諦める準備はできてるからさ。その時は友人として愚痴を聞いてくれればいいよ」
「……保証はできません。できたら納倉に頼んでください」
「正直なのはいいけど、できたら肯定してほしかったな」
そう言って守森先生はちょっとだけ悲しそうな微笑みを浮かべた。