感情シンタイプ   作:小沼高希

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12月上旬、教室、納倉と

「納倉、助けてくれ」

 

「200円」

 

そういうわけで僕は納倉にあったかいミルクココアを奢ることになった。まあ納倉が満足そうだしこういう面倒な話をするならそれぐらいの対価は払うべきだろう。

 

「で?」

 

「週末が守森先生の誕生日です……どうかよい知恵をお貸しください……」

 

「はぁ」

 

納倉は溜息をつく。はい。他人の色恋沙汰に付き合わせてしまって申し訳ございません。

 

「詩明せんせからは何か言われなかったの?」

 

「本買いに行く話をされて……」

 

「はい、書店デート。おしまい。ココアごちそうさん」

 

「ちょっと待って」

 

「ん?」

 

「それでいいのかって、思ってしまって」

 

「面倒なやつ……」

 

「だよね……」

 

「ま、悠の気持ちも理解できないわけではないしな。確かに自分で何か考えた特別なことを誰かに褒めてもらいたいっていうのはよくある心情だ」

 

「……え?」

 

納倉の発言を頭の中で再構成する。

 

「もう少し短く言おうか。五文字以内で要約できる?」

 

十二月に入って、そろそろ共通テストを追い込む時期になる。僕や納倉が目指すような大学では一通り全教科やらなくちゃいけないのでとても大変である。どうしても国語とか地理とかは後回しになってしまうのだ。授業でやったのも去年とか一昨年だし、成績が生物や化学のように良かったとは言い難いし。

 

「……んーと、肯定欲求?」

 

「独り善がり、でいいんじゃないかな」

 

「……はい」

 

「いや別に何やったって詩明せんせは喜ぶと思うけどねぇ。やっぱり制服は今の時期にしか見れないし」

 

「ちょっと警察とかの厄介になりかねないので……」

 

いやね、十八ならいいって言っても制服着られたらわからないから身分証明書見せるよう言われるって話は聞きますとも。場合によっては学校にも連絡行くって言いますし。

 

「……へえ、悠はウチの発言をそういうふうに捉えたわけだ」

 

「他に意味があるか?」

 

「ちゃんと先生がいなくても高校生活をやっているよって伝えるのは、ウチらのことを見捨ててしまったんじゃないかと思っている詩明せんせにとっては小さくないと思うが?」

 

そう言われて、確かにかつてあの人はこの高校の先生だったんだなということを思い出す。逆に言えばここしばらくは忘れていたわけだが。

 

「……それは誕生日とは別件として伝えておく」

 

「で、週末は制服書店デートか」

 

「なんか形容詞が増えたぞ」

 

「行く書店によっては近くの休憩施設とか」

 

「今日は飛ばすね」

 

「辞めとくか?」

 

ニヤニヤと笑う納倉。呆れる僕。まあ、ココア代ぐらいの気晴らしにはなっているし改めて問題を直視できそうで何よりと言えばそうなのだけれども、なんか釈然としない。その顔で薄笑いを浮かべるな。

 

「ほどほどで頼む」

 

「へーい」

 

「でもまあ、先生の喜ぶことね……」

 

「手を繋ぐとか」

 

記憶の中で前に先生と手を合わせたときのことを考える。先生の指が僕の指の間を通る時のくすぐったさが思い起こされる。

 

「……あれ、もしかして実際の体験では悠って弱かったりする?」

 

「……秘密」

 

もにょもにょと動いてしまう口を袖で隠す。息の当たる手のひらにまた前の時の感覚が蘇る。

 

「ふうん、ならこっちはやめよう」

 

結構真剣な口調で納倉に言われてしまった。

 

「ま、でも一緒に外に行って、体験するっていうのはいいものだよ。でも新しい所なぁ……っと、待って」

 

「ん?」

 

「悠が詩明せんせと最初に出会った場所ってどこだっけ」

 

「博物館。近くの……っていってわかる?」

 

「ああはいあそこね。そこでいいのでは?」

 

「……あそこでいいかな」

 

「そろそろ半年ぐらい?ちょうどいい機会なんじゃないの?」

 

「そう……だね。それもいいな」

 

「なら早く伝えないと。先生だって週末に出かけるとなれば準備も必要だろうし」

 

そう言って納倉はタブレットを上着の裏から取り出す。えっジャケットのポケットってそんな大きかったの?

 

「……何を?」

 

「サイズ確認」

 

自分の上着の前ボタンを外して内ポケットを探っている僕に納倉は不審の目を向けている。なんだよ。

 

「まあともかく、ならウチから伝えようか?」

 

「何で」

 

「悠の場合このあと文面作成に悩んで今日一日悩んで結局明日になってずるずると週末になって結局何もできないままいつものように詩明せんせの部屋に」

 

「はい、書きます」

 

「いつまで?」

 

「休み時間のうちに」

 

僕はスマートフォンを取り出す。

 

「なら、明日送信されていなかったらウチが送るから」

 

「それはいいんだけど……ねえ、納倉」

 

「なんだよ」

 

名前を呼ばれたことに少し驚いたのか、納倉は背中をぴくりと跳ねさせてから僕の目をじっと見る。

 

「どうして、こんなに僕と守森先生の関係に気を使ってくれるの?」

 

「誠実な解答と非誠実な解答、どっちがいい?」

 

「……納倉が言いやすい方でいいよ」

 

「見てると楽しいからだし、すれ違いとかで破局してもあれだから定期的にイベント起こしてやったほうがいいだろうと思って」

 

「……ありがとうね」

 

「ココア奢ってもらっただろ、正当な仕事だ」

 

僕からすればもう少し価値が高いのだが、まあ納倉が満足しているなら今はそれでいいだろう。前の模試の時みたいに、本番が終わった時とかに何か一緒に食べに行こうかな。

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