感情シンタイプ   作:小沼高希

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12月中旬、守森先生の家、二人で

「……守森先生」

 

「なに?」

 

「抱きしめていいですか?」

 

僕の言葉に先生は椅子を立って、正面に立つ。僕の目より少しだけ下にある目からわずかに上向きの角度の視線が飛ぶ。

 

「いいよ」

 

腕を広げた先生の腋の下に手を回す。暖かい。冬になって、暖房を入れないと辛くなってきた。たまに指がかじかむ日がある。雪も少しだけ夜中に降ったらしい。そういう季節だ。

 

「辛いことでもあった?……って聞くのはよくないよね。ごめん」

 

先生は少し気まずそうに言って、僕を抱きしめ返す。

 

「……ちょっと、怖くなって」

 

「何が?」

 

「自分を信じられないんじゃないかって」

 

基本的に、僕は僕をあまり信用していない。信用しなければ裏切られることはない、みたいな話ではないけどちょっとだけ似たところはあるかもしれない。

 

「そう。……信じないと力を出せない?」

 

先生はこういう時に、僕の意図をちゃんと読んでくれる。信じなくてもいいとか、信じれば叶うとかは言わない。そういう僕の苦手というかどこか引っ掛かる表現を使わないのだ。少なくとも最近は。

 

僕もこういうことができているのかな、と思うことがある。あまりできていない気がする。先生がちゃんと正直に色々言ってくれればいいのかもしれないが、これは先生の僕の心を察してくれることの裏返しであるわけで。

 

「……たぶん」

 

人並みの社会性はまだ残っている。本当に面倒になりかねない感情はまだ制御できている。たぶん。本当に自分がわからなくなる。どうせならわからなくなってることすらわからなくなればいいのに。

 

「そっか。何か私から形になるものでもあげたほうがいいかな」

 

「形、って……」

 

「鍵はもうあげちゃったしな」

 

ポケットの中にある守森先生の部屋にいつでも入れるという意味のある合鍵は、僕について相当信じているからこそもらったものだし、先生がそういうふうに思っていると信じて僕も受け取った。

 

「……今のままでもいいです」

 

「欲しいのは否定しないんだ」

 

否定しないけど、具体的に何かとかいう考えはぼんやりして浮かばない。先生の呼吸音に抱きしめられている。心臓の音が聞こえる。ちょっと身体から力を抜きたくなって、先生に体重をかけてしまう。

 

「……ちょっと重い」

 

「ごめんなさい」

 

重心を後ろに倒そうとして、先生がかなりがっちりと腕に力を入れているせいで動きにくいことに気がつく。

 

「ベッドの方が、楽じゃない?」

 

その意味を深読みしないように深呼吸をする。落ち着け。シャワーを浴びていない。守森先生はハグについての話しかしていない。

 

純粋に、ゆっくり私を感じて欲しいと言っているだけだ。いやそれはそれで思春期の精神にはそれなり以上に刺激的なんですけれどもね。

 

「……はい」

 

「よろしい」

 

先生が手から力を抜く。少し後ろに倒れそうになるが、足を引いて耐える。

 

「ほら、先登って」

 

そう言って先生は僕の腰に手を置いて回すようにする。

 

「……いいんですか?」

 

「後から鹿染さんが入るよりはなんとなく、ね」

 

直感的に、なんとなく以上のものではないけれども、先生に閉じ込められてしまうような気がしてしまう。逃げ道を塞がれて、選択を迫られるような。

 

「……わかりました」

 

もしそうなったら、それはそれでいい。僕が想像できる可能性がありそうな中でも一番酷いものでも、まあ家には帰れるだろう。もしかしたら数日勉強に身が入らなくなるかもしれないけど、まあその程度だ。

 

先に狭いベッドの上の空間に入って、先生の手を引く。ここに来る時に着ていた上着は脱いである。

 

「こうやって横向きで視線合わせるの、久しぶりだね」

 

先生と前にこういうふうに向き合ったのはいつだったかな。具体的な日付は思い出せないけど、それは安心して、それでもどこかドキドキする体験だったのを覚えている。

 

「……そう、ですね」

 

「ほら、さっきみたいに抱きしめていいよ」

 

先生が手を広げる。どこに腕を入れるべきか考えてしまう。上側の方はいい。下側をどうするか。首の下でもいいけど、そうすると先生の腕の方が僕の身体の下になって負荷が大きくなるはず。

 

「……先生は香水とかつけているんですか?」

 

どこか落ち着く香りがする。どうせシャンプーとか柔軟剤とか、そういうものが出すやつだろう。

 

「いいやつは知ってるけど、とっておきのだから普段は使ってない」

 

「……はい」

 

先生の匂いの記憶は上書きできるのかな、とか考えてしまう。ただの化学物質を検知するセンサーからの信号なのに。まあそれを言ったら腕から伝わるものだって圧力と痛みと温度に過ぎない。目の前の存在はただの原子の塊にすぎない。

 

疲れているな。こういう科学的真実には目を瞑って、感覚的なものだけに集中する。先生はけっこう無防備だ。薄手とは言えないけど、長袖のワンピース一枚。下着はつけているだろうけど、まあ、その。もし服の裾から手を入れたらとか考えてしまう。

 

先生の腹部とか、触ったことがあったっけな。基本的に先生はワンピースなので、機会がないはず。触らせてもらうにはどうしたらいいかな、とか考えながら今までの悩みとかを忘れて僕は意識を手放した。

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