「なにもわからない……」
「そう言いながら、なんだかんだで文意取れてるように見えるんだよな」
机に突っ伏す納倉を横目に僕は解答を採点する。自分で採点するとそれはそれで意味があるけど、辛い時は任せてくれてもいいと思う。なおこの解答は授業中に解かれたやつ。
「長文もちゃんと読めてるし、点数としては平均点超えてるよ」
「合格者平均点を超えたいんだよ……」
「全教科で合格者平均点取れたら間違いなく合格できているはずなんだよな」
「……本当か?」
納倉が怪訝そうな顔を向ける。
「……証明はしていない」
「ええと合格者だけの集合を作って、その合計点は合格点と合格者の積より上。一方で各教科の合格者平均点の和に合格者数を掛けたものは全合格者の合計点に等しいから、成り立ちそうだな」
「説明お願いできる?」
納倉はこういう方面に頭がよく働く。僕は慣れたタイプの問題じゃないとどうしてもシャーペンが止まってしまうタイプだ。
「まず合格者だけを考えるぞ、不合格者がどれだけいて、どんな点数を取っていようが今回は関係がない」
「うん」
「仮に100点満点のテスト4つ、合格点を合計で200点だとしよう」
「半分取ればいいわけだね」
「逆に言えば二教科で満点取れば残り二つは落としてもいいってことだ。合格者が10人だとする。このとき、10人が受けた計40個のテストの合計点はわかるか?」
「わからない」
「情報が少ないからな。ただ、下限はわかる。全員合格しているってことは、少なくともそれぞれの合格者は200点を手に入れていたわけだ」
「なら40個のテストの合計点は2000点を下回ることはない、と」
「そうだ。で、それぞれの科目の合格者平均点の方からこの合計点を考えてみる。各教科の合格者平均点に人数を掛けて、教科分足し合わせればその値が出るのはいいか?」
「いいよ」
「で、これはさっき求めた2000点より上の点数になっているわけだ。仮に3000点としよう」
「ここまではわかる」
「で、この3000を教科ごとに割り振ってから10で割れば教科ごとの合格者平均点が出る」
「なんとなくわかった。それぞれの合格者の点数を書いた表を縦に足し合わせてから横に足すか、その逆かみたいな感じか」
「……ウチ、あまりいい説明したつもりがないんだけどなぁ」
「ところでこれって各教科の点数違ったらどうなるの?」
僕と納倉の志望校は二日間に渡って四教科の試験が行われる。一教科につき、だいたい二時間。知力よりも体力のほうがものを言いそうな気がする。なお僕はそんなに体力が持たないので、一時間で解いて三十分ほどだらだらしたいがあまりそう上手くは行かない。
で、科目ごとに細かい時間とか点数とかが変わってくるのだ。これもあるからどの教科に力を入れるべきかの戦略みたいなものもあったりする。納倉はそんなもん知らんと全部全力で挑むらしいが。僕?どうせ全力で挑まないと勝てない。
「多分問題なく同様の証明が使えそうな気がする。配点の情報は今回の解法に入っていないでしょ?」
「どういうこと?」
「もし割合とかで合否が決定するならともかく、今回見ているのは点数だけだから」
「……確かに。ええと、合格者平均点は合格点を超えた人の情報だけを集めているわけだから、その平均は合格点を超えるのはそりゃ当然といえばそうか……」
「言語化が上手だなぁ」
「とはいえまだ不安だから実際にやってみる」
とはいえこの手の問題は発想さえ生まれてしまえばいいし、実際に例をやれば解けるタイプの問題に思える。添字の管理とか、$\Sigma$ の扱いがちょっと厄介そうな気がするが数列の練習だと思えばいいか。
「ただまあ、この手のやつは注意しないと非直感的な結果が出ることも多いからな」
「どういうこと?」
「シンプソンのパラドックス、というのがある」
納倉は手元のタブレットを見ながら言う。
「全回答に対する正解の割合で合否が決定するタイプの試験があったとする。試験は二時間にわたって行われて、前半と後半で別教科をやる」
「うん」
「で、教科は自由に選べるとするよ。教科によって問題数は異なる」
「ってことは、10問中5問の正解と100問中50問の正解は同じ価値があるってこと?」
「いや、全体の合計問題と全体の正解問題で判定するから、後者のほうが与える影響は大きい」
「……なんとなく見えてきた」
「ウチと悠で話をしようか。ウチは最初の一時間で10000問中5000問正解。一方で悠は10問解いて10問正解だった」
「別教科だから比較しにくいけど、まあ僕の勝ちでいいのかなこれ」
「次の一時間でウチは10問解いて1問正解。悠は10000問解いて2000問正解だった」
「納倉が1割、僕が2割……でも合計だと変わってるよね」
「そ。合計は10010問とどっちも同じだけれども、ウチのスコアは5001問正解で悠のほうは2010問。倍近くウチの方が上回っている」
「簡単な問題の時に多く正解数稼げた納倉のほうがよかったってことか」
「そうなるね。まあ本当はここで因果関係とかの話をするのがいいんだけど……」
納倉がそう言うとチャイムが鳴った。残念、話はここまでのようだ、