感情シンタイプ   作:小沼高希

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1月下旬、守森先生の家、二人で

「……終わった?」

 

僕が筆箱からボールペンを出したのを確認して守森先生が言う。

 

「はい。今から採点です」

 

「……いや別に来ちゃいけないとは言わないけどさ」

 

先生は僕に視線を合わせて少し呆れたような声を出す。

 

「試験前の一番集中しなくちゃいけない時期では?」

 

「塾の自習室の雰囲気が嫌なんですよ」

 

「家でいいのでは?」

 

「誘惑が多いのと、どうしても慣れている空間だと気合が入らなくて」

 

「……まあ、いいけど。あまり根を詰めすぎないようにね」

 

「一日に三教科までにしているので大丈夫ですよ」

 

僕が使うのは英語、数学、化学、生物。生物はかなりいい点数を取れる自信がある。もちろん一位とかは無理だろうけれども、かなりの点数をここで稼いで数学と物理の分をカバーできる。というわけで毎日数学と物理をやり、日替わりで英語と生物をやるというローテンションを取っている。

 

「採点終わったらでいいから、解答見せてもらっていい?」

 

「いいですよ」

 

といっても解いたのは英語なんですが。

 

「先生って英語どれぐらいできるんですか?」

 

「大学時代がちゃんとやったのは最後かな。英語の試験とかやったけど点数忘れちゃったし」

 

「ああいえ、英語の文献とか見るんじゃないかと思って」

 

「今どきはどうせ翻訳しちゃうからな……専門用語の登録とかも簡単だし。ああでも最低限の文法わかってないと誤訳を見つけられないし、不自然な文章を直せないから」

 

「そういうものですか」

 

「でもまあ、多分今の鹿染さんには負けるよ」

 

「……ありがとうございます」

 

正直ここで勝てるのは慣れの成分が大きいだろうしな。

 

「とはいえちゃんとやって、ワンアクション置かないで英語を英語のまま読めるってことができればそれはそれで強いツールになるし」

 

「そんなに翻訳って精度低いんですか?」

 

昔からちょくちょく使っているが、たまに自動で翻訳されていて元が英語だったと気が付かないこともあるぐらいだ。

 

「原文のニュアンスとかあるからね。まあツール無しでそういうのやるのはやっぱり時間かかるけど」

 

「……この話を続けると、なんかやる気なくしそうなのでほどほどにします」

 

「それがいいよ、確か配点あまり高くないでしょう?」

 

「数学が高すぎるだけですよ」

 

「まああの大学はね……。でもまあ鹿染さんはかなり英語読めるでしょう?」

 

「単語がわかることと文章の意味を理解して読めるのとは別ですよ。納倉とかは知っている分野ならほぼ完璧に意味を読み取りますが」

 

「まあ確かに専門性の高い文章多いよね、単語とかも知らないとわからないし」

 

「例えばこれとかは先生の得意な分野なのでは?」

 

僕は鹿染先生に採点の終わった前半部分の問題文を渡す。

 

「目が滑るよな……。翻訳させていい?」

 

「僕が頑張ったので先生も頑張ってください」

 

「しょうがないなぁ」

 

そう言って先生は足を組んで問題の長文をじっと見る。

 

「合成燃料……Fischer(フィッシャー)-Tropsch(トロプシュ)か。同じ研究室で似たようたテーマやってた人を見たことがある。……宇宙開発?」

 

「読んでいてSFみたいで面白いですよね」

 

水と二酸化炭素から炭化水素を合成するときの手法の話だ。これは実際に火星で燃料を作るために使われているのだとか。とはいえ問題も多いらしい。

 

「確かにね。和訳は……多分なんとかなるな。文法が難しいけど答えがわかっていればどこにthatがかかるかはわかるし」

 

「そこ僕間違えたんですが」

 

「解答見せて……いやこれ読み直した?」

 

「読み直しておかしいなって思いましたが、書いている時はその余裕がなかったですね」

 

「意味というか論理が逆になってるよ……。まあこれほぼ同値のものだから実際には問題ないけど問われている内容的にはよくないよね」

 

「はい」

 

「でもそれ以外はちゃんとできていると思うよ。点数は?」

 

「合格者平均点をちょっと下回ってました」

 

「いつもは超えてるの?」

 

「……たまに超えます」

 

「で、数学と物理はそれ以上に芳しくないんだっけ」

 

「……はい」

 

「実際のところ、生物でカバーできそうなの?」

 

「……頑張ればなんとか」

 

「なら頑張ればいけるんだ。いいじゃん」

 

「後一ヶ月でどこまで伸びるか……」

 

「人間って努力できれば伸びるものだよ。私はできなかったけどさ」

 

そう言って守森先生は深いため息を吐いた。

 

「……先生の受験の話、聞いてもいいですか?」

 

「って言っても面白いものじゃないよ?第一志望に全賭けして落ちて教職方面に進んだってだけ。もし志望校行けてたら研究系に行こうかと思ったんだけどさ」

 

「そうなんですね」

 

気にしていないように話しているが、口調があまり良くない。まだどこか引きずっているところがあるのだろう。

 

「まあ別に落ちたってどうにかなるからさ、どうせだし一ヶ月頑張ろうよ。私が支えられるところは支えるから」

 

「具体的には?」

 

「ハグぐらいならいくらでもしてあげるよ」

 

男子高校生にとって、こういうことを言ってくれる年上の存在はとても助けになるのだ。それを先生はちゃんとわかっているらしい。ちょっと嫌だけど。まあでもこういうところでは頼らせてもらおう。

 

 

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