感情シンタイプ   作:小沼高希

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2月上旬、喫茶店、三人で

この喫茶店に来たのは守森先生と会ってすぐだから、七月だっけな。記憶が曖昧だ。昨日過去問を解き終わった後の記憶がない。

 

「……来ないな」

 

納倉がタブレット端末を見て言う。先生が来るまで待つぐらいの社会性というのをちゃんと僕らは持ち合わせているのだ。

 

「何かあったんじゃないの?」

 

「ならメッセージぐらい来るだろ」

 

「そうかな……」

 

守森先生の正確を完全にトレースできるわけではないが、あの人はかなり面倒なことが嫌いなところがある。僕もそういうところがあるけどさ。

 

「じゃあ悠はどう思うのさ」

 

「まだ寝ているとか」

 

「ありうるな……」

 

そういう話をしていると僕のスマホと納倉のタブレットから同時に音がする。

 

「普通に電車に乗り遅れたって」

 

「もう少し早く言えないものかなぁ」

 

「納倉ってこう、守森先生に辛辣なところがない?」

 

「人間としてはなんていうか怠惰で無気力で本当に大人としての自覚があるのか怪しいところがないわけじゃないけど……」

 

「かなりキツイことを言っている……」

 

「いやなんていうか、ウチから見るとどうしても、ね」

 

「納倉ってさ、大人だよね」

 

「十八になったからな」

 

「そういう意味ではない」

 

「小粋なウチのジョークだよ、別に流してくれてもいいのに……」

 

「何か特別な経験とか、あったの?」

 

「んー」

 

納倉はそう言って僕と目線を合わせ、息を吐く。

 

「ま、一応心当たりはあるが」

 

「どんなこと?」

 

「……悠、人間が変わるというか成長する時って、新しい視点を手に入れたり、あるいは今までとは違った考え方ができるようになったときだというのはわかるか?」

 

「人間にそんな相転移みたいなものがあるの?」

 

「少なくともウチにとって、あの経験は思い返せば自分を変えたもんだと思うけどね」

 

「そうなんだ」

 

どういう経験なんだろう。ただ、声色からあまりいいものじゃなかったようなことは伝わってくる。

 

「でもさ、その経験の過程でウチはかなり苦しんで、吐いたこともあって、何もかもが嫌になった事もあったんだよ」

 

「そこまで?」

 

「……そうだよ。あまり他の人には気が付かれなかったらしいけど、ウチはウチなりにかなり苦しんだんだよ」

 

「そう、なんだ」

 

「だから具体的なことについてはあまり話したくない。これでいい?」

 

なにかと思えば僕の質問に対しての長い解答だったわけだ。

 

「……ありがと」

 

「遅れた」

 

ちょうどいいタイミングで息を切らせた守森先生がやってくる。

 

「待ったよね、ごめんね」

 

「いやそんなに待ってませんよ」

 

「ウチの体感時間はそれなりに長かったんだけど」

 

そんな会話をしながら喫茶店に入り、注文を取って、みんなで机の上に昨日と一昨日挑んだ過去問を広げる。

 

「いやぁ、結構久しぶりに頭を働かせたよ」

 

そう言って先生が出す点数一覧。

 

「あれ、詩明せんせ物理と生物両方解いたの?」

 

「一応ね」

 

さらっと言っているが、そう簡単なもんでもないと思うんですが。それに生物の点数は僕より低いけれども十分高い。化学については僕が今まで取ったことのないぐらいの高得点だった。

 

「悠の点数の方は?」

 

「はい。今朝急いで採点したから間違っているかもしれないけど」

 

英語と生物で稼いで、数学と化学を落とさないようにするような戦略。けっこううまく行って、この過去問が行われた年の志望学部の合格点を超えることができた。

 

「んー、面白くない」

 

「鹿染さんは安定しているからね」

 

納倉と先生から褒められているのか良くわからない評価をもらう。

 

「納倉さんは?」

 

「はいこれウチの。やっぱ英語がキツい……」

 

とは言いながらも総合点では僕より上だ。配点の割合が高い数学ができるからだな。

 

「結局、私は二人に負けちゃったか」

 

「総合点ではそうだけど、理科科目だけならウチらより上なんだよな……」

 

ちなみに守森先生の点数は合格する学部と落ちる学部があるぐらいのライン。まあ僕の点数も人気高い所だと入れない点数だから比較的狭い範囲に入っているわけだけど。

 

「一応これでもBachelor of Scienceだよ」

 

「独身男性?」

 

「Bachelor違いだよ。学士のほう」

 

僕の話にちゃんと乗ってくれる。ありがたい。

 

「一応は四年間、教員になることも考えて一通りの分野をやったからね。一応研究テーマ的には化学メインでちょっと量子物理学と生化学触ったけど」

 

「結局全部やってたんですね」

 

「……まあ、その時の経験は色々役立っているよ」

 

少し哀しそうに言う先生。さっきから納倉に対してもそうだけど、どこか危ない所を踏んでしまっている気がする。

 

これじゃ僕が疲れているのか、それとも納倉や守森先生の回避能力が落ちているのか。いやだからと言って僕が無遠慮で良い理由には一切ならないけどさ。

 

「ま、というわけで解説も読んだしアドバイスできるところはするよ」

 

「お願いします」

 

正直解説とかを読んでも理解しにくいものはあるのだ。特に化学については僕よりわかっている人がいると助かる。

 

「あとできたら数学と英語の解説お願いしていい?理解になるっていうのもあるけど、正直君たちに負けたのが悔しくて」

 

本当に悔しいのかわからないぐらいいい笑顔で、守森先生は言った。

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